第73話 吸血鬼
第73話 吸血鬼
夜の森に緊張が張り詰めていた。
要塞を背に立つ金髪の少年。
吸血鬼キール。
対するは王国有数の実力者達であるA級冒険者パーティー『蒼穹の旅団』。
誰もが武器を構えている。
しかし先程までとは違う。
もう目の前の少年を人間だと思っている者は一人もいなかった。
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「全員戦闘体制」
最初に口を開いたのはカノンだった。
短い言葉。
だが、その声には迷いが無い。
「敵は単独のヴァンパイア」
「仲間がいない今が絶好のチャンス」
静かな声だった。
しかし、その言葉の意味は重い。
目の前の存在は危険だ。
だが、この要塞そのものと戦うよりは遥かにマシ。
ここで討伐できるなら、それが最善だった。
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「そうね」
エリスが杖を握る。
紅い瞳がキールを睨み付けた。
「ここで取り逃したらアンデッドを増やして、更に被害が増えるかもしれないし」
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「同感です」
ノーラが一歩前へ出た。
黄金の杖を掲げる。
次の瞬間。
膨大な神聖魔力が夜空へと放たれた。
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「聖域展開」
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眩い白光が広がる。
半球状の巨大な結界。
神々しい光が森全体を包み込んだ。
聖域。
高位神官のみが扱える対アンデッド殲滅結界。
外部から不浄な存在の侵入を防ぎ。
内部の存在を逃がさず。
さらに結界内のアンデッドへ継続的な弱体化を与える。
まさに吸血鬼殺しのための魔法だった。
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「これで逃げられません」
ノーラが静かに告げる。
その言葉には確信があった。
今この空間は神聖魔力で満たされている。
低級アンデッドなら近付くだけで浄化される濃度だ。
吸血鬼であっても無傷では済まない。
そのはずだった。
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しかし。
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「うわぁ……」
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キールは空を見上げた。
少し困ったような表情。
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「神官さんでしたか」
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頭を掻く。
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「面倒ですねぇ」
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それだけだった。
苦しむ様子は無い。
焦る様子も無い。
まるで急な雨に降られたかのような反応だった。
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「弱体化しているはずです!」
ノーラが叫ぶ。
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「そうなんですか?」
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キールは自分の手を見た。
握る。
開く。
首を傾げる。
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「うーん……」
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「よく分かりません」
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ノーラの背筋を冷たい汗が流れた。
馬鹿な。
聖域は発動している。
失敗など有り得ない。
それなのに。
この吸血鬼は本当に変化を感じていないように見えた。
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「シオン!」
カノンが叫ぶ。
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「任せて!」
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シオンが弓を引いた。
風の魔力が矢へと集まる。
一本。
二本。
三本。
五本。
十本。
魔力で形成された矢が夜空へ浮かび上がった。
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「穿て!!」
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放たれる。
矢は空中で軌道を変えた。
正面。
左右。
上空。
背後。
死角。
全ての方向から同時に襲い掛かる。
A級冒険者シオンの必殺技。
回避不能の包囲射撃だった。
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「終わりよ!」
エリスが叫ぶ。
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だが。
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シュゥゥゥゥ……
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キールの身体が霧へと変わった。
十本全ての矢が空を切る。
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「なっ!?」
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シオンが目を見開く。
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次の瞬間。
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「これは正当防衛って事で」
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耳元から声が聞こえた。
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シオンの全身が凍り付く。
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背後。
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いつの間に。
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気付かなかった。
彼女は風を読む。
空気の流れを読む。
音の振動を聞く。
それが彼女の最大の武器だった。
しかし。
何も感じなかった。
殺気も。
魔力も。
呼吸も。
心音すら。
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まるで最初からそこにいたかのように。
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「許してくれますよね?」
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優しい声だった。
だからこそ恐ろしい。
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その瞬間。
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ヒュンッ!!
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三本のナイフが闇を裂いた。
首。
心臓。
眉間。
全て急所。
カノンの投擲だった。
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「ちっ」
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キールが後方へ飛ぶ。
ナイフが僅かに頬を掠めた。
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「流石ですね」
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感心したような声。
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「シオン!」
カノンが叫ぶ。
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シオンが即座に距離を取る。
そして。
その瞬間を。
エリスは待っていた。
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「捕まえたわ」
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巨大な赤い魔法陣が夜空に浮かぶ。
膨大な熱量。
圧縮された魔力。
空気が震える。
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「爆裂魔法!!」
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ドォォォォォォォォォン!!
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夜が昼になった。
凄まじい爆炎が森を飲み込む。
木々が吹き飛ぶ。
地面が抉れる。
衝撃波が数百メートル先まで広がった。
A級冒険者エリス最大の攻撃魔法。
上級竜ですら無傷では済まない一撃だった。
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「やったか!?」
ガイアスが叫ぶ。
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煙が立ち込める。
誰もが息を呑む。
直撃だった。
避ける暇など無かったはずだ。
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そして。
煙の中から人影が現れる。
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「そんな……」
ノーラが息を呑む。
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キールだった。
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服の一部が焼け焦げている。
頬も焼け爛れていた。
確かにダメージは入っている。
だが。
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ジュゥゥゥゥ……
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焼けた皮膚が蠢く。
肉が盛り上がる。
裂けた部分が繋がる。
焦げた皮膚が剥がれ落ちる。
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ほんの数秒。
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傷は完全に消えた。
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最初から存在しなかったかのように。
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「嘘でしょ……」
エリスの顔から血の気が引いた。
全力だった。
手加減などしていない。
それなのに。
目の前の吸血鬼は立っている。
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「へぇ」
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キールが頬に触れる。
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「連携が良いですね」
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楽しそうに笑った。
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「今のは少し痛かったですよ」
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全員が絶句した。
爆裂魔法の直撃。
それが。
少し痛かっただけ。
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格が違う。
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圧倒的だった。
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そして。
キールの足元から黒い影が広がる。
ズルリ。
ズルリ。
生き物のように蠢く闇。
一本。
二本。
三本。
数十本。
影の触手が地面を這い始める。
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「さて」
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キールは穏やかに微笑んだ。
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「こちらも少し反撃しても良いですよね?」
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その言葉に。
A級冒険者達の背筋を冷たい汗が流れ落ちた。
――続く。




