第72話 要塞の主人
第72話 要塞の主人
グール軍団との激戦を終えたA級冒険者パーティー『蒼穹の旅団』は、森の奥へと進んでいた。
そして――
ついにその全貌を目の当たりにする。
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「……なんだよ、これ」
最初に呟いたのはシオンだった。
ハーフエルフ特有の優れた視力を持つ彼女でさえ、目の前の光景が信じられなかった。
巨大な外壁。
高くそびえる監視塔。
分厚い鉄門。
巡回するアンデッド兵士。
まるで王都の軍事施設だった。
いや。
それ以上かもしれない。
「王城より堅牢に見えるわね……」
エリスが乾いた笑いを漏らした。
王都で育った彼女だからこそ分かる。
目の前の要塞は異常だった。
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しかし。
本当に異常なのはそこではない。
巡回しているグール達だった。
全員が統一された軍服を着ている。
黒い装甲。
見慣れない装備。
そして森で彼女達を苦しめた未知の武器。
グール達は規則正しく移動し、監視塔では交代制で見張りを行っていた。
その動きは魔物ではない。
訓練された熟練兵そのものだった。
「あり得ない……」
ノーラが呟く。
さらに奥を見る。
畑。
作物。
井戸。
鍛冶場。
倉庫。
訓練場。
生活区画。
花畑。
子供が遊べそうな広場まである。
もはや要塞ですらない。
一つの国だった。
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「どういうこと?」
シオンが呆然とする。
「街?」
誰も答えられない。
「それとも幻覚?」
「幻覚ではありませんね」
ノーラが即答した。
神聖魔法で何度も確認している。
魔力反応。
生命反応。
物質反応。
全て本物だった。
「つまり……」
ガイアスが要塞を睨む。
「これだけの技術と軍事力を維持できる化物が住んでるってことか」
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「ふんっ」
エリスが鼻を鳴らした。
「ビビってるの?」
「狂戦士の名が泣くわよ?」
強がりだった。
だが。
その声には僅かな緊張が混じっている。
ガイアスは苦笑した。
「ハハッ」
「正直ビビってるぜ?」
「こんなん一国を相手に五人で戦争しろって言われてるのと同じだからな」
見た目とは裏腹に。
ガイアスは冷静だった。
狂戦士の力を持ちながらも、無謀な戦いを好まない。
だからこそ長年生き残ってきた。
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「どうする?」
カノンが尋ねた。
侵入するか。
撤退するか。
問いはそれだけだった。
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しばらく沈黙が続く。
そして。
ガイアスが口を開いた。
「……引き返そう」
誰も驚かない。
「屋敷の位置は特定した」
「戦力もある程度把握した」
「一度ギルドに戻って報告した方が良い」
極めて合理的な判断だった。
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「賛成ね」
エリスも頷く。
「ここで無理して死んだら意味ないし」
「異議なし」
カノンも同意した。
「対策を立ててから再攻略した方が安全」
「私も同じ意見です」
ノーラも賛成する。
「それじゃあ帰りましょうか」
シオンが肩を竦めた。
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そして。
踵を返そうとした瞬間だった。
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「あれ?」
「もう帰るんですか?」
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全員の動きが止まった。
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知らない声。
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カノンの瞳が見開かれる。
気配を感じなかった。
足音も。
呼吸も。
魔力も。
何も。
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だが。
そこにいた。
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六人目が。
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金髪の少年。
白い肌。
紅い瞳。
整った顔立ち。
年齢は十五歳ほどにしか見えない。
しかし。
その瞳だけは異様なほど老成していた。
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「誰だ」
ガイアスが低く唸る。
少年は優雅に微笑んだ。
「失礼しました」
「私はキールと申します」
軽く一礼する。
まるで貴族だった。
その立ち振る舞いには一切の隙が無い。
「この屋敷の主人です」
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空気が変わった。
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その瞬間だった。
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「ッ!!」
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ガイアスが動く。
轟音。
巨大な大剣が唸りを上げる。
警告も躊躇も無い。
A級冒険者としての本能。
気配を察知出来なかった。
背後を取られた。
危険。
ならば斬る。
それだけだった。
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ズガァァァァァン!!
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地面が砕ける。
衝撃波が吹き荒れる。
しかし。
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「危ないですね」
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キールは笑っていた。
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片手で。
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ガイアスの大剣を受け止めていた。
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「なっ……!?」
ガイアスの顔が引き攣る。
あり得ない。
よく見るとキールの右手は赤黒い結晶に覆われていた。
血液。
硬化した血液が宝石のような輝きを放ちながら、大剣を受け止めている。
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「離れて下さい!!」
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ノーラが叫んだ。
その顔色は真っ青だった。
「ノーラ?」
エリスが驚く。
だがノーラはキールから目を離さない。
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「吸血鬼です!!」
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空気が凍った。
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高位アンデッド。
災害級魔物。
都市を滅ぼす怪物。
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「はぁ……」
キールは困ったようにため息を吐く。
「いきなり斬りかかるなんて酷いですね」
「私は歓迎するつもりだったのですが」
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パキッ。
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嫌な音が響いた。
全員の視線が集まる。
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ガイアスの大剣。
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その刃に亀裂が走っていた。
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「……嘘だろ」
ガイアスの額を汗が流れる。
王国最高級の魔剣。
それを素手で受け止めた上に傷付けた。
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「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ」
キールは微笑む。
だが。
次の瞬間。
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ドクン――
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全員の心臓が強く脈打った。
圧倒的な魔力。
濃密な死の気配。
目の前の少年は人間ではない。
存在そのものが違う。
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「まさか……」
ノーラが震える声で呟く。
「この要塞の主……?」
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キールは少しだけ考える。
そして微笑んだ。
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「そうですね」
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「この屋敷の主人は私です」
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全員の緊張がさらに高まる。
やはり黒幕。
やはり支配者。
そう思った。
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しかし。
キールはふと庭園へ視線を向けた。
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「ですが」
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「本当に怒らせてはいけない人は別にいます」
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「……誰だ?」
ガイアスが問う。
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キールは色鮮やかな花畑を見つめる。
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「そうですね……この屋敷の同居人ってところですかね?」
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その声音はどこか優しかった。
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「彼女は気に入った物を壊されると怒りますから」
キールは、ユナがクロエが市場で買ったお気に入りに皿を割って、ほっぺをつねられている光景を思い出して、頬笑みを浮かべる。
しかし、冒険者達にとっては、それが邪悪で危険な笑みに映っていた。
五人は無意識に花畑を見る。
戦場の中に存在する小さな楽園。
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この吸血鬼ですら。
警戒する相手がいる。
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その事実が。
何よりも恐ろしかった。
――続く。




