第69話 空間を裂く剣
第69話 空間を裂く剣
「待ってたにゃ!」
ユナの全身に雷が奔った。
銀色の髪が逆立つ。
青白い電撃が四肢を包み込み、ウェアウルフ特有の身体能力がさらに強化される。
床を蹴る。
轟音。
その姿はもはや弾丸だった。
グランドブレイカーの頭部へ向かって一直線に突撃する。
「はあああああっ!!」
雷撃を纏った鉤爪が振り下ろされる。
ドガァァァン!!
激しい雷光が炸裂した。
周囲の岩盤が砕ける。
しかし。
巨兵の頭部装甲は健在だった。
僅かに黒く焦げた程度。
「嘘でしょ!?」
クロエが目を見開く。
雷撃は確かに効いている。
だが。
ダメージと呼べるほどではない。
ミスリル装甲の魔力耐性が高過ぎるのだ。
【敵性反応確認】
【排除開始】
グランドブレイカーの胸部が展開する。
真紅の光。
膨大な魔力が収束していく。
「レーザーにゃ!?」
ユナが飛び退く。
しかし、グランドブレイカーは止まらない。
胸部だけではない。
両肩。
両腕。
背部。
全ての砲門が開く。
「まずい!」
クロエが叫ぶ。
「一斉射撃よ!」
次の瞬間。
無数の光線が地下空洞を埋め尽くした。
轟音。
爆発。
崩落。
熱風。
地獄のような光景だった。
ユナは壁を蹴る。
柱を蹴る。
天井を蹴る。
獣の本能と身体能力だけで回避を続ける。
クロエも黄金の瞳で攻撃の軌道を見ながら回避する。
だが。
完全回避は不可能だった。
一本の光線がクロエへ向かう。
回避が間に合わない。
「っ!」
その瞬間。
「危ない」
ジンが前へ出た。
光線が曲がる。
空間そのものが捻じ曲げられたかのように。
レーザーは九十度近く軌道を変え、そのまま天井へ突き刺さった。
轟音。
巨大な岩盤が崩れ落ちる。
クロエは絶句した。
「今……何をしたの?」
「え?」
ジンが首を傾げる。
「何もしてませんよ?」
「嘘つきなさい!」
「本当なんですけど……」
本気で困惑している顔だった。
クロエは頭痛を覚えた。
(何なのよこの男……)
すると。
ユナが天井から降ってきた。
「クロエ!」
「分かってる!」
クロエは右手を掲げる。
魔力が奔る。
先程破壊したドローンゴーレムの残骸。
散乱した鋼鉄の矢。
全てが宙へ浮かび上がる。
金属操作。
「返してあげるわ!」
数百本の鋼鉄片がグランドブレイカーへ襲い掛かった。
ドガガガガガガガガガッ!!
暴風雨のような攻撃。
しかし。
結果は変わらない。
装甲表面へ無数の傷が付くだけ。
致命傷には程遠い。
「硬過ぎる……!」
クロエが歯噛みする。
その時だった。
グランドブレイカーの右腕が変形した。
巨大な杭。
対竜用貫通兵器。
【竜殺杭起動】
機械音声が響く。
「嫌な名前にゃ!」
ユナが叫ぶ。
次の瞬間。
爆発的な速度で杭が射出された。
空気が悲鳴を上げる。
音速を超えていた。
ユナは咄嗟に飛ぶ。
だが避け切れない。
「ユナ!」
クロエが叫ぶ。
その瞬間。
杭が消えた。
いや。
消えたように見えた。
数十メートル離れた場所へ突然出現する。
そして岩盤へ突き刺さった。
ジンが右手を下ろす。
「危なかったですね」
「今度は何したのよ!?」
「さぁ?」
本当に分かっていない顔だった。
クロエはもう突っ込む気力も無い。
そして気付く。
ジンだけが余裕だった。
汗一つかいていない。
巨大兵器を前にしているのに。
まるで散歩でもしているかのような雰囲気。
「……アンタ」
クロエが呟く。
「本気出してないでしょ?」
ジンは少し困ったように笑った。
「そんなことないですよ」
その答えを聞いて。
クロエは確信した。
(嘘ね)
だが。
追及する暇は無かった。
グランドブレイカーが再び砲門を開く。
地下空洞全体を吹き飛ばすつもりらしい。
ジンはその姿を見上げた。
そして。
少しだけ残念そうな顔をした。
「凄く格好良いんですけどね」
「?」
「こういうの好きなんです」
クロエとユナが顔を見合わせる。
何を言っているのか分からない。
ジンは静かに続けた。
「壊すのは勿体無いんですけど……」
そう言って。
何も無い空間へ手を伸ばした。
空間が裂ける。
黒い亀裂。
まるで世界そのものに傷が付いたかのようだった。
クロエの黄金の瞳が見開かれる。
「なっ――」
そこから。
一振りの刀が現れた。
漆黒の鞘。
静かな存在感。
ジンは刀を抜く。
「仕方ないですね」
そして。
たった一歩前へ出る。
巨大兵器を見上げる。
構える。
次の瞬間。
斬った。
ただそれだけだった。
速すぎて見えない。
音も無い。
衝撃も無い。
何も起きない。
そう見えた。
グランドブレイカーも止まらない。
砲門も展開したまま。
クロエが首を傾げる。
(外した?)
だが。
数秒後。
異変が起きた。
ズルリ。
巨大な巨体がずれた。
胸部。
胴体。
頭部。
全てが綺麗に分離している。
断面は鏡のように滑らかだった。
そして。
轟音。
グランドブレイカーが真っ二つになって崩れ落ちた。
クロエは息を呑む。
しかし。
驚くのはまだ早かった。
ゴーレムの後ろ。
岩盤が裂けている。
天井も。
壁も。
一直線に。
まるで世界そのものが切断されたかのように。
クロエの背筋に寒気が走った。
(ゴーレムを斬ったんじゃない)
(空間ごと……切った?)
そして。
燃え盛る恒星のような魂を持つ黒髪の青年は。
何事も無かったかのように刀を鞘へ戻した。
「終わりましたね」
穏やかな笑顔。
その姿が。
クロエには誰よりも恐ろしく見えた。
――続く。




