第66話 黒髪の冒険者
第66話 黒髪の冒険者
数日後。
クロエとユナは久しぶりにイステリアの冒険者ギルドを訪れていた。
重厚な木製の扉を押し開けた瞬間、いつも以上の喧騒が二人を迎える。
酒場では冒険者達が酒を片手に声を張り上げ、受付前には長蛇の列が出来ていた。
何か大きな事件が起きた後特有の熱気。
ギルド全体が落ち着きを失っていた。
「凄い人ね……」
クロエが呟く。
「最近ずっとこんな感じらしいにゃ」
ユナが周囲を見渡しながら答えた。
「みんな怪異の噂で盛り上がってるにゃ」
クロエは嫌な予感を覚えながら掲示板へ向かう。
そして。
予想通りだった。
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【海の悪魔調査依頼】
危険度A
イステリア沖に出現した超巨大海獣の調査
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【所属不明艦隊調査】
危険度B
巨大海獣と交戦した戦艦群の情報収集
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【森から響く砲撃音の調査】
危険度B
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【迷いの森調査】
危険度A
濃霧による遭難者多数
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【廃鉱山アンデッド討伐】
危険度A
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【森に現れた巨大施設の調査】
危険度A
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【王都より逃走した魔王候補クロエの情報提供】
特別報酬あり
⸻
「……」
「……」
クロエとユナは無言になった。
「全部クロエ絡みにゃ」
「最後以外は偶然よ」
「最後もクロエにゃ」
即答だった。
クロエは聞こえないふりをする。
だが。
さらに掲示板を見ていたクロエは思わず足を止めた。
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【迷いの森A級ダンジョン調査】
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【廃鉱山A級ダンジョン調査】
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「ダンジョン?」
クロエは首を傾げる。
依頼内容を読む。
巨大施設。
アンデッド。
濃霧。
行方不明者。
完全に自分の拠点だった。
「いつの間に……」
「普通はそうなるにゃ」
ユナが呆れたように言った。
「巨大施設があってアンデッドがいて、入った人が帰って来ないにゃ」
「……」
「どう考えてもダンジョンにゃ」
クロエは腕を組んだ。
しばらく考える。
そして。
不意に口元が吊り上がった。
「なるほど」
「にゃ?」
「ダンジョンか……」
クロエは呟く。
「その手があったわね」
「何がにゃ?」
「最初から危険地帯として認識させれば良かったのよ」
ユナが嫌な予感を覚えた。
「また変な事考えてるにゃ」
「失礼ね」
クロエは肩を竦める。
「私はいつだって建設的よ」
「アンデッド要塞を作る人が言う台詞じゃないにゃ」
クロエは無視した。
そして別の依頼書へ目を向ける。
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【黒岩ダンジョン探索】
危険度B
未踏破区域の調査
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クロエは依頼書を手に取った。
添付されている地図を見る。
その瞬間。
瞳が輝く。
「これにするわ」
「なんで?」
ユナが首を傾げる。
クロエは地図を指差した。
「このダンジョン」
「うん」
「地下構造が鉱山の近くまで伸びてる」
ユナが固まった。
「まさか」
「攻略したら地下を掘って接続する」
「やっぱりにゃ!」
クロエは真面目な顔で続ける。
「本物のダンジョンに繋げれば、鉱山を隠せるでしょ?」
「普通は宝探しとか素材集めのために攻略するにゃ!」
「効率化は大事よ」
完全に領地開発の発想だった。
ユナは頭を抱える。
しかしクロエは満足そうに受付へ向かった。
その時だった。
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「その依頼を受けるんですか?」
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不意に声を掛けられた。
クロエは振り返る。
そこに立っていたのは一人の青年だった。
黒髪。
黒い瞳。
年齢は二十歳前後。
整った顔立ち。
一見するとどこにでもいる冒険者。
だが。
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「……っ」
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クロエの身体が僅かに強張った。
黄金の瞳が青年を映す。
魂が見えた。
その瞬間。
息を呑む。
巨大だった。
圧倒的だった。
ドラゴンとも違う。
悪魔とも違う。
魔女とも違う。
人間の魂。
それなのに。
まるで太陽だった。
膨大な生命力。
膨大な魔力。
膨大な意志。
燃え盛る恒星のような魂がそこにある。
(何よ……こいつ)
(人間……よね?)
クロエは戦慄した。
今まで見たどんな人間とも違う。
格が違う。
青年は穏やかに笑った。
「僕の名前はジン」
自然な笑みだった。
「ちょうど僕も黒岩ダンジョンへ行こうと思ってたんです」
そう言って依頼書を見る。
「良かったら一緒に行きませんか?」
悪意は無い。
敵意も無い。
だが。
クロエは本能的に理解した。
この男は異常だ。
そして。
とてつもなく強い。
「ジンって……まさか」
受付嬢が驚いた顔をする。
「Sランク冒険者のジンさんですか!?」
周囲の冒険者達がざわついた。
「おい、あのジンか?」
「半年でSランクになったっていう……」
「嘘だろ?」
クロエの眉が僅かに上がる。
Sランク。
それは王国最高峰の冒険者。
普通なら一生掛かっても辿り着けない領域だった。
ジンは苦笑した。
「有名になるのは苦手なんですけどね」
その余裕にクロエの興味はさらに強くなる。
「……良いわよ」
クロエは答えた。
「一緒に行きましょう」
ジンが笑う。
「ありがとうございます」
「ただし」
クロエは腕を組む。
「足を引っ張らないでね?」
「努力します」
二人は握手を交わした。
こうして。
奇妙なパーティーが結成された。
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一方その頃。
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魔界。
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七枚の黒い鏡が円を描くように浮かんでいた。
鏡の向こうには七人の悪魔達が映っている。
色欲のアスモデウス。
嫉妬のリヴァイアサン。
強欲のアモン。
暴食のベルゼブブ。
憤怒のサタン。
傲慢のルシファー。
怠惰のベルフェゴール。
リヴァイアサンは今、美しい青髪の幼女の姿をしていた。
嫉妬の権能によって自在に姿を変える悪魔。
本当の姿を知る者はほとんど存在しない。
「それで?」
アモンが口を開く。
「噂の魔王候補とやらはどうだった?」
サタンが鼻を鳴らした。
「ふん」
「所詮は偽物だろう」
「人間共が大袈裟に騒いでいるだけだ」
しかし。
アスモデウスは妖艶に微笑んだ。
「うふふ」
「思ったより面白い子だったわよ?」
ルシファーが興味深そうに目を細める。
「ほう?」
「お前の興味を引くとはな」
「まだまだ青いけど」
アスモデウスは笑う。
「底知れない力を隠している感じがしたわ」
ベルゼブブが楽しそうに言った。
「それは興味深いですね」
「数奇な因果と言うべきでしょうか」
全員の視線が向く。
ベルゼブブは微笑む。
「偶然にも」
「同じ土地に我々が選んだ次の魔王候補がいますからね」
サタンが笑う。
「はっ」
「あの転移者か」
「おそらく人間で奴に勝てる者は居ないだろうな」
リヴァイアサンが頬杖をつく。
「ねぇ」
「その二人が出会ったらどうなると思う?」
銀色の瞳が愉快そうに細められる。
「ちょっと楽しみかも」
ベルフェゴールが欠伸をした。
「怠い」
「眠い」
「もう寝る」
アモンが呆れる。
「相変わらずだな」
最後に。
ルシファーが静かに口を開いた。
「計画は順調だ」
「女神の祝福がある限り、我々は教会の支配地域で自由に活動できない」
だからこそ。
魔王を選ぶ。
力を与える。
そして人類を滅ぼさせる。
それが数千年続く魔界の計画だった。
ルシファーは微笑む。
「楽しみだな」
「次の時代が」
黒い鏡が消える。
会議は終わった。
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その頃。
クロエはまだ知らない。
隣を歩く黒髪の青年こそ。
悪魔達が選んだ次代の魔王候補である事を。
そして。
自らの運命を大きく変える存在である事を。
――続く。




