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魂と鋼の魔女  作者: カミサマ
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第65話 迷霧の案内人

第65話 迷霧の案内人


 翌朝。


 窓から差し込む柔らかな朝日が食堂を照らしていた。


 鳥の囀りが聞こえる。


 穏やかな朝だった。


 しかし。


 クロエの機嫌は少しだけ悪かった。


「……はぁ」


 小さくため息を吐く。


 手に持っているコーヒーカップから湯気が立ち上っていた。


 昨夜の出来事を思い出す。


 クラーケン。


 死霊艦隊。


 リヴァイアサン。


 アスモデウス。


 色々あった。


 だが、クロエが一番納得できなかったのは別の部分だった。


「クラーケンの魂……」


 ぼそりと呟く。


 せっかく見つけた海の怪物だった。


 苦労して艦隊まで投入した。


 あと少しで倒せそうだった。


 それなのに。


 最後はリヴァイアサンに丸ごと食べられた。


 死体も残らない。


 魂も残らない。


 何も残らない。


「完全に赤字じゃない……」


挿絵(By みてみん)


 クロエは頭を抱えた。


 クラーケンほどの怪物なら強力なアンデッドを作れたはずだった。


 海戦用の切り札にもなっただろう。


 それが全部消えた。


 思い出すだけで腹が立つ。


「まだ言ってるにゃ……」


 ユナが苦笑する。


「当たり前でしょ」


「生きて帰れただけ良かったにゃ」


「それはそうだけど」


 クロエは不満そうに唇を尖らせた。


 すると。


 食卓の上に置かれていた新聞が目に入る。


 クロエは何気なく手に取った。


 そして。


「……何これ」


 眉がぴくりと動いた。


 新聞の一面には大きな見出しが踊っていた。


【海の悪魔出現!?】


【所属不明の艦隊と巨大海獣が激突】


【イステリア沖で未曾有の大海戦】


【終末の前兆か】


「は?」


 クロエは思わず固まった。


 別の新聞を開く。


【海を割る超巨大生物を多数の住民が目撃】


【教会が緊急調査開始】


【海神の怒りか】


 さらに別の新聞。


【謎の艦隊出現】


【軍事国家の新兵器か】


【正体不明の戦艦群】


「……」


 クロエは無言になった。


 昨夜の戦いは沖合だった。


 街からかなり離れていた。


 だから大丈夫だと思っていた。


 だが甘かった。


 クラーケンもリヴァイアサンも巨大過ぎた。


 しかも戦艦の主砲が放つ轟音はイステリア中へ響き渡っていたらしい。


 街の住民達は当然騒ぎになる。


 むしろ騒ぎにならない方がおかしい。


「冒険者ギルドに報告するの無理じゃない……」


 クロエは頭を抱えた。


 本来なら依頼達成の報告へ行く予定だった。


 しかし今さら、


「クラーケン倒しました」


 などと言えばどうなるか。


 間違いなく面倒な事になる。


 クロエは目立ちたくない。


 平穏に暮らしたい。


 だから昨夜は報告もせず、そのまま屋敷へ帰ってきていた。


 しかし。


 問題はそれだけではなかった。


 クロエは別の記事を見る。


【鉱山に現れる亡霊】


【夜の森に巨大施設!?】


【正体不明の怪異が続発】


【巨大な人影を目撃した冒険者現る】


「……あー」


 嫌な予感がした。


 さらに別の雑誌。


【森の奥に城塞発見!?】


【冒険者達が語る禁断の場所】


【地鳴りと砲撃音の正体とは】


 クロエは静かに雑誌を閉じた。


 アースドラゴンとの戦い。


 鉱山の開発。


 死霊軍団。


 巨大要塞。


 戦艦。


 最近の出来事が少しずつ噂になり始めている。


 まだ決定的な証拠はない。


 だが。


 人々の関心は確実にこちらへ向き始めていた。


「そろそろ隠蔽しないとね」


 クロエは立ち上がった。


 ユナも真剣な顔になる。


「にゃ」


 クロエは右手を前へ差し出した。


 空間が歪む。


 漆黒の棺が出現する。


 棺の表面には数字が刻まれていた。


 ――461。


 ゆっくりと蓋が開く。


 冷たい霧が溢れ出した。


 やがて。


 一人の人影が姿を現す。


挿絵(By みてみん)


 黒い外套。


 古びたランタン。


 顔は霧に覆われて見えない。


 ただ静かに立っている。


 神話の時代。


 今は滅びた古代王国があった。


 その王家の墓所は常に濃霧で覆われていた。


 幻覚。


 催眠。


 認識阻害。


 正しい道を知る者でなければ決して辿り着けない。


 墓を荒らそうとした盗賊達は霧の中を彷徨い続けた。


 一日。


 一週間。


 一ヶ月。


 やがて食料が尽き、水が尽き、力尽きる。


 そして死ぬ。


 墓守達は代々その霧を操り、王墓を守護してきた。


 死後もなお。


 彼らは王家の墓を守り続けている。


 それが――


 第461番の棺。


 《迷霧の案内人》。


 クロエは静かに命じた。


「この森を隠しなさい」


 ランタンの灯りが揺れる。


 次の瞬間。


 白い霧が森へ流れ出した。


 霧は木々の間を這うように広がる。


 鉱山を覆う。


 要塞を覆う。


 屋敷を覆う。


 死霊軍団の拠点を覆う。


 やがて。


 森全体が巨大な霧の結界へ変わっていった。


挿絵(By みてみん)


「これで少しは静かになるでしょ」


 クロエは満足そうに頷いた。


 その頃。


 森を調査していた数人の冒険者達は首を傾げていた。


「おかしいな」


「確かこの辺だったよな?」


「巨大な施設を見た奴がいたんだろ?」


「俺も聞いた」


 しかし。


 何も無い。


 森しか無い。


 歩く。


 歩く。


 歩く。


 だが景色は変わらない。


 そして。


 気付いた。


 自分達が最初に立っていた場所へ戻っている事に。


「……え?」


挿絵(By みてみん)


 全員の顔が青ざめる。


 その時だった。


 霧の向こうに小さな灯りが見えた。


 ランタンだった。


 黒い人影が静かに立っている。


「お、おい……」


 冒険者の一人が声を上げる。


「人だ!」


「助かった……!」


 張り詰めていた緊張が一気に緩んだ。


 迷子になったと思っていたのだ。


 道を知っている地元の住民かもしれない。


 森の管理人かもしれない。


 とにかく人影がいる。


 それだけで安心感があった。


「すみませーん!」


 冒険者が大声で呼び掛ける。


 しかし返事は無い。


 人影はただ静かに立っているだけだった。


「道を聞こう」


「ああ」


 誰も疑わなかった。


 その人影が普通ではない事を。


 霧の中に突然現れた事を。


 顔が全く見えない事を。


 何より。


 この森の中で出会ったという事を。


 彼らは気付いていない。


 既に正常な判断力が鈍っている事に。


 やがて。


 黒い人影がゆっくりと背を向けた。


 そして歩き始める。


 まるで。


 ついて来いと言うように。



 冒険者達はまだ知らない。


 既に迷霧の中へ迷い込んでいる事を。


 そして。


 その灯りを追い掛けてしまった事を。


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