第63話 海獣
第63話 海獣
冷たい海水が全身を包み込む。
クロエは凄まじい勢いで海底へ引きずり込まれていた。
上を見上げる。
月明かりが差し込む海面は、もう遥か遠い。
(深いわね……)
普通の人間なら、とっくに溺れて死んでいる深さだった。
しかし、アースドラゴンの魂を吸収した今のクロエは違う。
息苦しさはある。
だが、まだ動ける。
意識もはっきりしている。
むしろ冷静だった。
クロエは足首へ巻き付いている触手を見る。
太い。
人間の胴体ほどもある。
その表面には無数の吸盤が並んでいた。
(気持ち悪いわね……)
闇の魔力で暗黒物質を生成する。
黒い刃が形成される。
そして触手へ振り下ろした。
ズバッ!
触手が切断される。
黒い液体が海中へ広がった。
だが。
次の瞬間。
別の触手が伸びてくる。
一本。
二本。
三本。
十本。
いや、それ以上。
闇の中から無数の触手が現れた。
「っ!?」
クロエは咄嗟に後退する。
しかし遅い。
右腕。
左腕。
右脚。
左脚。
腰。
腹部。
次々と触手が絡み付く。
まるで巨大な蛇の群れだった。
「ちょっ――」
身動きが取れない。
力を込めても外れない。
アースドラゴンの魂で強化された肉体ですら拘束を振り払えなかった。
(まずいわね……)
流石に焦る。
そして。
海底へ到着した。
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「……何よ、これ」
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クロエは思わず呟いた。
そこには大量の沈没船があった。
木造船。
商船。
軍船。
見た事もない古代の船。
数十隻どころではない。
百隻以上。
海底一面が船の墓場になっていた。
砕けた船体。
朽ちた帆柱。
白骨化した乗組員達。
まるで海そのものが巨大な墓場だった。
(全部あいつが?)
クロエは闇の向こうを見る。
そして。
絶句した。
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巨大だった。
⸻
あまりにも巨大だった。
最初は岩山だと思った。
だが違う。
それは生きていた。
巨大な眼球が開く。
海底神殿ほどもある頭部。
城壁のような触手。
島と見間違うほどの巨体。
クラーケン。
神話に語られる海の怪物だった。
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「でっか……」
⸻
流石のクロエも引いた。
アースドラゴンですら巨大だった。
しかし。
目の前の怪物は、その比ではない。
生態系の頂点。
海そのものを支配する災害。
それが目の前にいた。
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その時だった。
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クラーケンの巨大な眼球がクロエを見る。
⸻
次の瞬間。
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海流が変わった。
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「っ!?」
クロエの身体が前方へ引っ張られる。
クラーケンの口が開いたのだ。
巨大な口。
まるで洞窟だった。
いや。
洞窟より大きい。
その内部には無数の牙が並んでいる。
海水そのものが吸い込まれていく。
沈没船の残骸。
魚の群れ。
岩石。
全てが口の中へ吸い込まれる。
「冗談でしょ!?」
クロエも例外ではない。
無数の触手に拘束されたまま巨大な口へ引き寄せられていく。
近い。
どんどん近付く。
牙が見える。
喉が見える。
闇しか見えない。
飲み込まれる。
そう確信した。
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(流石にこれは無理ね)
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クロエはため息を吐いた。
そして意識を集中する。
浜辺。
監視任務中のグール狙撃兵。
位置情報を捕捉。
魂の座標を固定する。
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「位置交換」
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次の瞬間。
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クロエの姿が消えた。
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代わりに現れたのはグール狙撃兵。
状況を理解する暇も無い。
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ゴクリ。
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クラーケンの口が閉じる。
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グール狙撃兵の反応が消失した。
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そして。
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浜辺。
⸻
クロエが海水を撒き散らしながら出現する。
「ぶはっ!」
大きく息を吐く。
その瞬間。
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「クロエぇぇぇぇ!!」
⸻
ユナが飛び付いてきた。
「生きてたにゃ!」
「苦しい」
「心配したにゃぁぁぁ!」
「分かったから離れなさい」
ユナの尻尾が凄い勢いで振られている。
完全に大型犬だった。
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その時。
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ゴゴゴゴゴゴ……
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海面が盛り上がる。
クロエとユナが振り返った。
沖合。
数百メートル先。
海が割れる。
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一本。
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巨大な触手が現れた。
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二本。
三本。
五本。
十本。
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無数。
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夜空へ向かって伸びていく。
まるで森だった。
月明かりを遮るほど巨大な触手群。
逃げた獲物を探しているのか、不気味に蠢いている。
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「な、なんだにゃ……」
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ユナが顔を引き攣らせる。
クロエは静かに海を見る。
そして肩を竦めた。
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「怪獣退治の次は海獣退治ってところかしら」
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右手を前へ突き出す。
空間が歪む。
巨大な魔法陣が海上へ展開された。
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第零の棺。
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現代の兵器を収める禁断の棺。
そこから巨大な影が現れる。
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ドォォォォォォォォン!!
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海面へ着水したのは戦艦だった。
さらに。
もう一隻。
もう一隻。
もう一隻。
巨大な軍艦が次々と海へ現れる。
戦艦十隻。
空母二隻。
潜水艦五隻。
死者の艦隊が海を埋め尽くした。
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さらに。
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第二十五番の棺。
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無数の霊体が現れる。
レイス海兵隊。
百。
二百。
五百。
千。
千体の死霊兵達が静かに艦隊へ乗り込んでいく。
誰も喋らない。
誰も恐れない。
死者だからだ。
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月夜の海。
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クラーケン。
⸻
死霊艦隊。
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まるで神話の戦争だった。
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クロエは満足そうに頷く。
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「さて」
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金色の瞳が海を見据える。
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「海上戦といきましょうか」
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海の怪物との戦いが始まろうとしていた。
――続く。




