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魂と鋼の魔女  作者: カミサマ
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第62話 海と黒い影

第62話 海と黒い影


 朝。


 柔らかな陽光が森を照らしていた。


 クロエは屋敷のテラスでコーヒーを飲んでいる。


 香ばしい香りが鼻をくすぐった。


 遠くから聞こえる鳥の囀り。


 木々を揺らす風。


 畑で働くグール達の姿。


 穏やかな朝だった。


 眼下では二万体のグール兵達が忙しそうに働いている。


 畑では農作業。


 鉱山では採掘。


 見張り台では警戒任務。


 防壁では巡回。


 アースドラゴンとの戦いから一週間。


 吹き飛んだ防壁も。


 崩れた見張り台も。


 破壊された設備も。


 全て修復されていた。


 いや、以前よりも強化されている。


 森の中の小さな屋敷だった拠点は、今や小規模な要塞都市へ変貌しつつあった。


「平和じゃのう」


 隣で無名の剣豪が茶を啜る。


「そうね」


 クロエは頷いた。


 だが、本当に平和かと言われれば違う。


 アースドラゴンは倒した。


 しかし、この世界にはまだまだ脅威が存在する。


 教会。


 聖女。


 王国。


 魔塔主。


 未知の魔物。


 そして、神話に語られるような存在。


 平穏を望むなら、それを守れるだけの力が必要だ。


 だからクロエは強くなる。


 復讐の為ではない。


 戦争の為でもない。


 ただ、自分の望む生活を守る為だった。


「……」


 無名の剣豪が静かに茶を飲む。


 昨日までなら、きっと過去について聞いていただろう。


 だが今日は違った。


「聞かないの?」


 クロエが何気なく尋ねる。


 無名の剣豪は少しだけ目を細めた。


「話したくなったら話せばよい」


 穏やかな声だった。


「ワシは待つ」


 クロエは少しだけ目を見開く。


 そして小さく鼻を鳴らした。


「そう」


「うむ」


 それ以上の会話は無かった。


 だが不思議と居心地は悪くない。


 無理に踏み込んでこない。


 それがありがたかった。


 クロエは残っていたコーヒーを飲み干す。


「冒険者ギルドに行ってくるわ」


「気を付けるのじゃぞ」


「子供じゃないわよ」


「姫様はいつまで経っても姫様じゃ」


 クロエは呆れたようにため息を吐いた。



 イステリア冒険者ギルド。


 昼前だというのに中は賑わっていた。


 酒を飲む冒険者。


 依頼を探す冒険者。


 討伐帰りのパーティ。


 いつも通りの光景。


 しかしクロエは入口で足を止めた。


「……何これ」


 掲示板一面に自分の顔が貼られていた。



【王都半壊事件の首謀者か!?】


【黒き魔女クロエ・ハートフィリア】


【王子暗殺未遂】


【国家転覆を企てた危険人物】


【教会、魔王候補に認定】


【懸賞金 三千万ゴールド】


挿絵(By みてみん)



「にゃはは……」


 ユナが苦笑する。


「凄い事になってるにゃ」


 クロエは新聞を一枚手に取った。



『世界を震撼させた黒き魔女』


『教会が危険度最高ランクへ指定』


『新たな魔王誕生の可能性』


『発見次第、速やかな通報を』



「くだらない」


 新聞を丸める。


 そしてゴミ箱へ放り投げた。


「結構好き勝手書かれてるにゃ」


「暇なのよ」


「懸賞金三千万ゴールドにゃ」


「私を捕まえられるなら安いくらいじゃない?」


「否定しないにゃ……」


 クロエは肩を竦めた。


 どうでも良かった。


 王都が何を考えていようが。


 教会が何を騒ごうが。


 自分は冒険者として生きる。


 それだけだ。



 依頼掲示板を眺めていると、一枚の依頼書が目に留まった。


【海水浴場の怪物調査依頼】


 報酬:金貨五十枚


 内容:


 海面に黒い影が出現。


 海水浴客及び漁師が行方不明。


 正体不明。


「へぇ」


 クロエの口元が僅かに上がる。


「面白そうね」


「海だにゃ!」


 ユナの耳がピンと立つ。


「絶対行くにゃ!」


「まだ受けるって言ってないわよ」


「顔が受ける顔してるにゃ」


 図星だった。



 数時間後。


 クロエ達は海辺の街へ到着していた。



 潮風が吹く。


 青い海。


 白い砂浜。


 どこまでも続く水平線。


「綺麗ね……」


挿絵(By みてみん)


 クロエは思わず呟いた。


 前世でも海へ来る機会は少なかった。


 だからだろうか。


 胸の奥が少しだけ高鳴る。


「海だにゃーーーっ!」


 ユナは既に走り出していた。


 尻尾を振り回しながら砂浜を駆ける姿は、まるで大型犬だった。



 しかし。


 海水浴場には誰もいない。


 海の家も閉まっている。


 監視塔も無人。


 砂浜には人の気配すら無かった。


「本当に誰もいないのね」


「怪物騒ぎだからにゃ」


 近くの漁師へ話を聞く。


「夜になると海に黒い影が現れる」


「船ごと引きずり込まれた奴もいる」


「全体像は誰も見てない」


「大き過ぎるんだ」


 老人の顔には恐怖が浮かんでいた。


「海の悪魔だよ」


 クロエは海を見つめる。


 静かだった。


 とても怪物が潜んでいるようには見えない。



「どうするにゃ?」


「怪物が出るまで暇ね」


 クロエは笑う。


「遊びましょう」


「賛成にゃ!」



 魚突き。


 クロエはモリを構える。


 魚が泳ぐ。


 波が揺れる。


 そして次の瞬間。


 モリが鋭く突き出された。


 バシャッ!


挿絵(By みてみん)


 銀色の魚が宙を舞う。


「また捕ったにゃ!?」


「感覚が鋭くなったのよ」


 アースドラゴンの魂を吸収してから、身体能力は明らかに向上していた。


 魚の動きさえ手に取るように分かる。



 その数分後。


「にゃあああああああっ!!」


 悲鳴が響いた。


 クロエが振り返る。


 ユナが海の上で必死に手足をバタバタさせていた。


「助けるにゃ!」


「何やってるのよ……」


「足がつかないにゃ!」


「泳げないの?」


「ちょっと苦手にゃ!」


「それを泳げないって言うのよ」


 クロエは呆れながら首根っこを掴んで引き上げた。


「犬なのに泳げないのね」


「狼だにゃ!」



 その後も。


 釣りをして。


挿絵(By みてみん)


 カニを捕まえて。


挿絵(By みてみん)


 貝を拾い。


 砂浜で昼寝をする。


挿絵(By みてみん)


 久しぶりだった。


 命を狙われる事もない。


 戦う必要もない。


 ただ海を眺めながら過ごすだけ。


 それだけなのに、どこか幸せだった。



 夕方。


 焚き火を囲む。


 串に刺した魚から脂が落ちる。


 香ばしい匂いが漂った。


挿絵(By みてみん)


「美味しそうにゃ……」


 ユナが目を輝かせる。


「まだ焼けてないわよ」


「待てないにゃ」


「子供ね」


 クロエは苦笑した。


 夕日が海へ沈んでいく。


 空が赤く染まる。


 波は静かに寄せては返す。


 こんな時間がずっと続けば良いのに。


 ほんの少しだけ、そう思った。



 夜。



 満月が海を照らしていた。


 波音だけが静かに響いている。


「少し泳いでくるわ」


「遠くへ行くなにゃ」


「子供じゃないわよ」


 クロエは笑いながら海へ入る。


 冷たい水が心地良い。


 月光が海面を銀色に染めていた。


挿絵(By みてみん)



 その時だった。



 足首に何かが触れる。



 海藻。


 そう思った。


 しかし違う。


 生きている。



 ぬるり。



 巨大な何かが足首へ絡み付く。



「え?」



 次の瞬間。



 ドボンッ!!


挿絵(By みてみん)



 クロエの身体が一気に海中へ引きずり込まれた。


「っ!?」


 水面が大きく波立つ。



「クロエ!?」



 浜辺からユナの叫び声が響く。


 だが。


 クロエの身体は凄まじい力で海底へ沈んでいく。



 暗い海の底。



 遥か下。



 巨大な黒い影がゆっくりと蠢いていた。



 沈没船より巨大な何か。


 海そのものが生きているような存在。



(何よ……これ)



 クロエは初めて戦慄した。



 そして。



 更なる深海の闇へ。



 クロエは引きずり込まれていった。


――続く。

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