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魂と鋼の魔女  作者: カミサマ
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第61話 お寝坊な姫様

第61話 お寝坊な姫様


 柔らかな朝日が寝室へ差し込んでいた。


 鳥の囀りが聞こえる。


 暖かい。


 心地良い。


 まるで春の日向で眠っていたかのような穏やかな感覚だった。


「……ん」


 クロエはゆっくりと瞼を開く。


 意識が浮上する。


 不思議だった。


 身体の調子が良い。


 むしろ今までで一番良い。


 アースドラゴンの魂を吸収した反動で倒れたはずなのに、身体の奥には膨大な魔力が静かに循環している。


 以前のような窮屈さも無い。


 拡張された魔力コアと魔力回路が完全に馴染んでいた。


「……重い」


挿絵(By みてみん)


 だが。


 胸元に何かが乗っている。


 クロエが視線を下げる。


 そこには金髪の少年がいた。


 キールである。


 クロエへ抱き付いたまま、気持ち良さそうに寝息を立てていた。


 しかも服をしっかり掴んで離さない。


「何してるのよ……」


 呆れたように呟く。


「ん……」


 キールがゆっくり目を開く。


 赤い瞳がクロエを映す。


 数秒。


 固まる。


 そして。


「クロエ!?」


 飛び起きた。


「うるさい」


「お、お前!」


「見れば分かるでしょ」


「起きたのか!?」


「だから見れば分かるでしょ」


 クロエはため息を吐く。


 しかしキールは明らかに安心した顔をしていた。


 だが本人は気付かれたと思ったのか、慌ててそっぽを向く。


「べ、別に心配してた訳じゃねぇからな!」


「そう」


「本当だからな!」


「はいはい」


 適当に流され、キールは不満そうに唸った。



 バンッ!


 勢いよく扉が開いた。


「クロエぇぇぇぇぇぇっ!!」


 銀色の塊が突撃してくる。


「にゃああああ!」


 ユナだった。


 そのままベッドへ飛び込み、クロエへ抱き付く。


「起きたにゃ!」


「苦しい」


挿絵(By みてみん)


「良かったにゃぁぁぁ!」


「だから苦しいって」


 ユナの尻尾が凄い勢いで揺れている。


 完全に大型犬だった。


「もう起きないかと思ったにゃ……」


 少し涙目になっている。


 流石に一週間も目を覚まさなかったのだ。


 相当心配していたらしい。



「漸くお目覚めか」


 穏やかな声が響く。


 クロエが視線を向ける。


 部屋の隅。


 椅子へ腰掛けた男がいた。


 無名の剣豪。


 神刀草薙剣を傍らに置き、静かに座っている。


 まるで護衛のようだった。


「随分とお寝坊な姫様じゃな」


 口元に笑みを浮かべる。


「……どれくらい寝てたの?」


「一週間じゃ」


「は?」


 クロエが固まった。


「一週間?」


「七日と少しじゃな」


「嘘でしょ……」


 体感では半日程度だった。


 流石に驚く。



「大した寝相であったぞ」


 剣豪が笑う。


「余計なお世話よ」


「寝言も中々面白かった」


「言ってない」


「言っておった」


「言ってない」


「言っておった」


挿絵(By みてみん)


 クロエは面倒臭そうにため息を吐く。


 しかし少しだけ口元が緩んだ。



 窓の外を見る。


 そして気付く。


「……直ってる」


 要塞。


 防壁。


 見張り台。


 畑。


 吹き飛ばされた設備。


 全て修復されていた。


 しかも以前より強化されている。


「グール工作兵団が頑張ってたにゃ」


 ユナが胸を張る。


「鉱山も順調だぞ」


 キールも報告する。


「見張り台も増えたし、防壁も厚くなったにゃ」


 クロエは静かに頷いた。


 自分が眠っている間も拠点は問題なく機能していたらしい。



「そういえば」


 クロエが剣豪を見る。


「アンタ、暇だったでしょ」


「まあのう」


 否定しない。


「なので色々聞いて回った」


 剣豪は笑う。


「この世界の事も大体分かった」


 聖女。


 教会。


 王国。


 魔塔主。


 ドラゴン。


 死霊。


 ユナ。


 キール。


 アーサー。


 ジャック。


 この世界についての理解は十分だった。



 その時。


 クロエは何気なく両手を握った。


 開く。


 握る。


 開く。


「……?」


 違和感があった。


 いや。


 違和感が無い。


 あの不快な感覚が消えている。


 両手にまとわり付いていた異物感。


 千手怨霊ミサの存在。


 それが綺麗さっぱり消えていた。


「……あれ?」


 もう一度手を動かす。


 問題無い。


 完全に自由だった。



 数日前。


 クロエが眠り続けていた頃。



 月明かりが中庭を照らしていた。


 無名の剣豪は一人、縁側へ腰掛けている。


 その前に紫色の霧が集まった。


 千手怨霊ミサである。


「何よ」


 不機嫌そうな声。


 しかし次の瞬間。


 神刀草薙剣の切っ先が喉元へ突き付けられた。



「ひっ」


挿絵(By みてみん)



 ミサの顔色が変わる。


 無名の剣豪は静かだった。


 あまりにも静かだった。


 だからこそ怖い。



「お主」



 穏やかな声。



「姫にちょっかいを出したそうじゃな」



 ミサが引き攣る。


「いや……」


「そんな大した事じゃないわよ?」


「ちょっと揶揄っただけじゃない」


 剣豪は頷く。


「そうか」



 一歩前へ出る。



「では」



「ワシも少しだけ斬るか」



「待ちなさい!?」


 ミサが悲鳴を上げた。


 草薙剣が微かに光る。


 空気が震える。


 ミサは理解した。


 この男。


 本当に斬る。


 冗談ではない。


 本気だ。



「選べ」


 剣豪は静かに言う。


「今ここで手を引くか」


 そして。



「ワシに斬られるか」



 ミサは即答した。


「分かった!」


「解除する!」


「解除するから!」


 剣豪は頷く。


「そうか」


 ミサは涙目だった。


「本当に過保護ね……」


 すると剣豪は当然のように答えた。



「当たり前じゃ」



「娘だからのう」



 ミサは頭を抱えた。


「だから怖いのよ……」


 そして渋々契約を解除した。



 現在。



 クロエは無言で両手を見る。


 自由だった。


 完全に。


 そして。


 何気なく剣豪を見る。


 無名の剣豪は知らん顔で茶を飲んでいる。


「……」


「……」


 視線が交わる。


 しかし何も言わない。


 クロエも聞かない。


 ただ。


 小さくため息を吐いただけだった。



 その後。


 ユナとキールは朝食の準備へ向かった。


 部屋には二人だけが残る。


 静かな時間。


 風がカーテンを揺らしていた。



「さて」



 剣豪が口を開く。


 空気が変わる。



「続きを聞こうかの」



 クロエの瞳が僅かに細まる。


「……何の話?」


 分かっている。


 だが聞き返した。


 剣豪は静かにクロエを見つめる。



「誰にやられた?」



 その言葉に。


 クロエの表情から笑みが消えた。


 部屋が静まり返る。


 先程までの穏やかな空気が消えていた。


 剣豪は怒鳴らない。


 責めない。


 ただ真っ直ぐ見ている。


 だからこそ逃げ場が無かった。



「……関係ないでしょ」


挿絵(By みてみん)



 クロエは窓の外へ目を逸らした。


 しかし。


 無名の剣豪は黙ったまま待っている。


 まるで娘が本音を話すのを待つ父親のように。



「昔の話よ」



 小さな声。


 どこか苦い声だった。


 無名の剣豪は何も言わない。


 ただ静かにクロエを見守っていた。


――続く。

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