表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魂と鋼の魔女  作者: カミサマ
60/74

第60話 竜の魂

第60話 竜の魂


 アースドラゴンの巨体が大地に横たわっていた。


 首を失った三十メートル級の巨竜。


 つい先程まで要塞を蹂躙し、生態系の頂点として君臨していた怪物。


 だが今は動かない。


 森には静寂が戻っていた。


 砕けた城壁。


 焼け焦げた大地。


 吹き飛ばされた畑。


 戦いの激しさだけが、その場に残されている。



「終わった……にゃ」


 ユナがその場へ座り込む。


 尻尾も力なく垂れていた。


 キールも呆然とドラゴンの死体を見上げる。


「本当に倒したんだよな……?」


 未だに信じられない。


 戦車を吹き飛ばし。


 城壁を破壊し。


 アーサーとジャックすら退けた存在だった。


 だが。


 クロエだけは違った。


「まだ終わってないわ」


 淡々と告げる。


 そしてアースドラゴンの頭部へ歩み寄った。


 黄金の瞳が静かに細まる。


「これだけの魂を捨てるのは勿体ないもの」



 巨大な額へ手を置く。


 冷たい鱗。


 だが、その奥には膨大な力が眠っている。


 クロエは静かに呟いた。


「魂喰らい」



 その瞬間。


 世界が震えた。



 ゴォォォォォォォォォォォ……


挿絵(By みてみん)



 黒い霧が溢れ出す。


 それは魂。


 アースドラゴンの魂魄そのものだった。


 巨大な竜の姿を保ったまま、ゆっくりとクロエへ吸い込まれていく。


「っ……!」


 クロエの身体が震える。


 熱い。


 魂が燃えているような感覚。


 膨大な魔力と生命力が身体の奥へ流れ込んでくる。



 地中深くの世界。


 果てしなく広がる鉱脈。


 魔鉱石。


 ミスリル。


 宝石。


 地脈。


 竜として数百年を生きた記憶。


 膨大な情報が脳へ流れ込む。


 普通なら精神が崩壊する量だった。


 だが。


 クロエは魂の魔女。


 魂を扱う事に関してだけは誰よりも長けている。



 パキッ――



 身体の奥で何かが砕けた。


 そして。


 新しい何かが生まれる。


 魔力コア。


 魔力回路。


 その両方が限界を超えて拡張されていく。


 より大きく。


 より深く。


 より強く。



「クロエ!?」


 ユナが慌てて声を上げた。


 クロエの身体から溢れ出る魔力が異常だった。


 紫色の魔力が周囲を照らし出している。


 まるで巨大な魔石そのものだ。


挿絵(By みてみん)


 キールも思わず息を呑む。


「なんだよ、この魔力……」



 やがて。


 最後の魂が吸収された。


 アースドラゴンの魂魄は完全に消える。


 クロエは静かに目を開いた。


 黄金の瞳が妖しく輝いている。


「……なるほど」


 小さく呟く。


 前世。


 魂の魔女として生きていた頃の感覚が僅かに戻っていた。


 まだ完全には遠い。


 だが確かに近付いている。


 クロエは静かに息を吐いた。


 その口元に微かな笑みが浮かぶ。



「悪くないわね」



 だが。


 作業はまだ終わっていない。


 今度はドラゴンの死体へ視線を向ける。


「次はこっちね」



 巨大な闇が広がる。


 空間が歪む。


 無数の棺が現れる。


 その中から一つ。


 空白の棺が姿を現した。


 番号は――


 10003。



「空白の棺」


「第10003番」



 巨大な棺だった。


 ドラゴン級の存在を収容する為だけに用意された特別な棺。


 闇がアースドラゴンを包み込む。


 数十トンはある巨体がゆっくりと浮かび上がった。


 そして。


 棺の中へ吸い込まれていく。



 ギィィィィィ……


挿絵(By みてみん)



 重々しい音と共に棺が閉じる。


 闇が静まった。


 登録完了。


 アースドラゴン。


 空白の棺第10003番。


 クロエの新たな軍勢となった。



「ふぅ……」


 クロエは大きく息を吐いた。


 ここまで来て。


 ようやく緊張が解ける。


 その瞬間だった。


 視界が揺れた。


「……あれ?」


 足元がふらつく。


 身体が重い。


 魂喰らい。


 魔力コアの拡張。


 魔力回路の増設。


 ドラゴンの保管。


 短時間で行うには負担が大き過ぎた。



「クロエ?」


 ユナが不安そうに声を掛ける。


 クロエは額へ手を当てる。


 頭がぼんやりする。


 意識が霞む。



「少し……疲れたわね」


挿絵(By みてみん)



 その言葉を最後に。


 力が抜けた。


「クロエ!?」


 ユナが慌てて駆け寄る。


 倒れる寸前。


 その身体を抱き止めた。


 キールも慌てて飛び出してくる。


「お、おい!」


 しかし。


 クロエは反応しない。


 静かな寝息だけが聞こえていた。



 その様子を見ていた無名の剣豪がゆっくり近付く。


 クロエの顔を見る。


 呼吸を見る。


 脈を見る。


 そして。


 小さく笑った。


「安心せい」


「眠っただけじゃ」



 ユナとキールが同時に安堵の息を吐く。


「びっくりしたにゃ……」


「心臓止まるかと思った……」


 無名の剣豪は眠るクロエを見下ろした。


 その眼差しは穏やかだった。


 だが。


 どこか懐かしそうでもあった。



「見知らぬ土地に……」


 ぽつりと呟く。


「見知らぬ主人の顔かと思ったが……」


 そして。


 眠るクロエの顔を眺める。


 長い黒髪。


 黄金の瞳。


 今は閉じられている。


 前世とは全く違う姿。


 だが。


 どこか面影がある。



「……いや」


「似ておるか」



 記憶の中にいる少女。


 黒木絵里。


 明るく。


 強がりで。


 負けず嫌いだった少女。


 無名の剣豪は静かに笑った。



「お主……死んだのか」



 当然。


 返事は無い。


 眠っているのだから。


 だが。


 それでも男は続けた。



「かっかっか」


「ワシと同じじゃな」



 豪快に笑う。


 そして。


 眠るクロエの頭を大きな手で撫でた。


 わしゃわしゃと。


 遠慮なく。


 髪がぐしゃぐしゃになるほど。



「転生出来るとは」


「運の良い娘じゃのう」



 その時だった。


 無名の剣豪の表情が変わる。


 僅かに。


 本当に僅かに。



「……む?」



 違和感。


 姿が変わっただけではない。


 記憶の中の黒木絵里には無かったもの。


 それがある。


 心の奥底。


 魂の深い場所。


 そこに。


 怯えがあった。



 恐怖。


 警戒。


 諦め。


 傷。



 まるで。


 何かに追い詰められた人間のような。


 そんな影。



「お主……」



 無名の剣豪の声が静かになる。


 先程までの穏やかな笑みは消えていた。



「心に怯えがあるな」



 誰にも聞こえないほど小さな声。


 だが。


 その声音には確かな重みがあった。



「誰にやられた?」


挿絵(By みてみん)



 静かな問い。


 しかし。


 その瞬間だけ。


 周囲の空気が僅かに重くなった気がした。


 ユナが耳を伏せる。


 キールが小さく息を呑む。


 理由は分からない。


 だが。


 二人とも感じていた。


 この男は――


 今、怒っている。


 眠るクロエを見下ろしながら。


 静かに。


 確かに怒っていた。


――続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ