第60話 竜の魂
第60話 竜の魂
アースドラゴンの巨体が大地に横たわっていた。
首を失った三十メートル級の巨竜。
つい先程まで要塞を蹂躙し、生態系の頂点として君臨していた怪物。
だが今は動かない。
森には静寂が戻っていた。
砕けた城壁。
焼け焦げた大地。
吹き飛ばされた畑。
戦いの激しさだけが、その場に残されている。
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「終わった……にゃ」
ユナがその場へ座り込む。
尻尾も力なく垂れていた。
キールも呆然とドラゴンの死体を見上げる。
「本当に倒したんだよな……?」
未だに信じられない。
戦車を吹き飛ばし。
城壁を破壊し。
アーサーとジャックすら退けた存在だった。
だが。
クロエだけは違った。
「まだ終わってないわ」
淡々と告げる。
そしてアースドラゴンの頭部へ歩み寄った。
黄金の瞳が静かに細まる。
「これだけの魂を捨てるのは勿体ないもの」
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巨大な額へ手を置く。
冷たい鱗。
だが、その奥には膨大な力が眠っている。
クロエは静かに呟いた。
「魂喰らい」
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その瞬間。
世界が震えた。
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ゴォォォォォォォォォォォ……
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黒い霧が溢れ出す。
それは魂。
アースドラゴンの魂魄そのものだった。
巨大な竜の姿を保ったまま、ゆっくりとクロエへ吸い込まれていく。
「っ……!」
クロエの身体が震える。
熱い。
魂が燃えているような感覚。
膨大な魔力と生命力が身体の奥へ流れ込んでくる。
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地中深くの世界。
果てしなく広がる鉱脈。
魔鉱石。
ミスリル。
宝石。
地脈。
竜として数百年を生きた記憶。
膨大な情報が脳へ流れ込む。
普通なら精神が崩壊する量だった。
だが。
クロエは魂の魔女。
魂を扱う事に関してだけは誰よりも長けている。
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パキッ――
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身体の奥で何かが砕けた。
そして。
新しい何かが生まれる。
魔力コア。
魔力回路。
その両方が限界を超えて拡張されていく。
より大きく。
より深く。
より強く。
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「クロエ!?」
ユナが慌てて声を上げた。
クロエの身体から溢れ出る魔力が異常だった。
紫色の魔力が周囲を照らし出している。
まるで巨大な魔石そのものだ。
キールも思わず息を呑む。
「なんだよ、この魔力……」
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やがて。
最後の魂が吸収された。
アースドラゴンの魂魄は完全に消える。
クロエは静かに目を開いた。
黄金の瞳が妖しく輝いている。
「……なるほど」
小さく呟く。
前世。
魂の魔女として生きていた頃の感覚が僅かに戻っていた。
まだ完全には遠い。
だが確かに近付いている。
クロエは静かに息を吐いた。
その口元に微かな笑みが浮かぶ。
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「悪くないわね」
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だが。
作業はまだ終わっていない。
今度はドラゴンの死体へ視線を向ける。
「次はこっちね」
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巨大な闇が広がる。
空間が歪む。
無数の棺が現れる。
その中から一つ。
空白の棺が姿を現した。
番号は――
10003。
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「空白の棺」
「第10003番」
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巨大な棺だった。
ドラゴン級の存在を収容する為だけに用意された特別な棺。
闇がアースドラゴンを包み込む。
数十トンはある巨体がゆっくりと浮かび上がった。
そして。
棺の中へ吸い込まれていく。
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ギィィィィィ……
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重々しい音と共に棺が閉じる。
闇が静まった。
登録完了。
アースドラゴン。
空白の棺第10003番。
クロエの新たな軍勢となった。
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「ふぅ……」
クロエは大きく息を吐いた。
ここまで来て。
ようやく緊張が解ける。
その瞬間だった。
視界が揺れた。
「……あれ?」
足元がふらつく。
身体が重い。
魂喰らい。
魔力コアの拡張。
魔力回路の増設。
ドラゴンの保管。
短時間で行うには負担が大き過ぎた。
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「クロエ?」
ユナが不安そうに声を掛ける。
クロエは額へ手を当てる。
頭がぼんやりする。
意識が霞む。
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「少し……疲れたわね」
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その言葉を最後に。
力が抜けた。
「クロエ!?」
ユナが慌てて駆け寄る。
倒れる寸前。
その身体を抱き止めた。
キールも慌てて飛び出してくる。
「お、おい!」
しかし。
クロエは反応しない。
静かな寝息だけが聞こえていた。
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その様子を見ていた無名の剣豪がゆっくり近付く。
クロエの顔を見る。
呼吸を見る。
脈を見る。
そして。
小さく笑った。
「安心せい」
「眠っただけじゃ」
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ユナとキールが同時に安堵の息を吐く。
「びっくりしたにゃ……」
「心臓止まるかと思った……」
無名の剣豪は眠るクロエを見下ろした。
その眼差しは穏やかだった。
だが。
どこか懐かしそうでもあった。
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「見知らぬ土地に……」
ぽつりと呟く。
「見知らぬ主人の顔かと思ったが……」
そして。
眠るクロエの顔を眺める。
長い黒髪。
黄金の瞳。
今は閉じられている。
前世とは全く違う姿。
だが。
どこか面影がある。
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「……いや」
「似ておるか」
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記憶の中にいる少女。
黒木絵里。
明るく。
強がりで。
負けず嫌いだった少女。
無名の剣豪は静かに笑った。
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「お主……死んだのか」
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当然。
返事は無い。
眠っているのだから。
だが。
それでも男は続けた。
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「かっかっか」
「ワシと同じじゃな」
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豪快に笑う。
そして。
眠るクロエの頭を大きな手で撫でた。
わしゃわしゃと。
遠慮なく。
髪がぐしゃぐしゃになるほど。
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「転生出来るとは」
「運の良い娘じゃのう」
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その時だった。
無名の剣豪の表情が変わる。
僅かに。
本当に僅かに。
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「……む?」
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違和感。
姿が変わっただけではない。
記憶の中の黒木絵里には無かったもの。
それがある。
心の奥底。
魂の深い場所。
そこに。
怯えがあった。
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恐怖。
警戒。
諦め。
傷。
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まるで。
何かに追い詰められた人間のような。
そんな影。
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「お主……」
⸻
無名の剣豪の声が静かになる。
先程までの穏やかな笑みは消えていた。
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「心に怯えがあるな」
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誰にも聞こえないほど小さな声。
だが。
その声音には確かな重みがあった。
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「誰にやられた?」
⸻
静かな問い。
しかし。
その瞬間だけ。
周囲の空気が僅かに重くなった気がした。
ユナが耳を伏せる。
キールが小さく息を呑む。
理由は分からない。
だが。
二人とも感じていた。
この男は――
今、怒っている。
眠るクロエを見下ろしながら。
静かに。
確かに怒っていた。
――続く。




