第59話 神話の剣
第59話 神話の剣
アースドラゴンの咆哮が森を震わせた。
「グォォォォォォォォォォォッ!!」
衝撃波が大地を駆け抜ける。
畑が吹き飛ぶ。
木々が軋む。
完成したばかりの防壁が悲鳴を上げるように揺れた。
圧倒的。
ただそこに存在しているだけで、災害だった。
⸻
「全砲門、発射」
クロエは冷静に命令を下す。
直後。
森全体が轟音に包まれた。
グール砲撃部隊。
魔導戦車。
自動迎撃砲。
対空防衛システム。
戦闘ヘリ。
要塞に配備された火力が一斉に火を吹く。
紫色の閃光が空を埋め尽くした。
魔導砲弾。
榴弾。
機関砲弾。
対装甲弾。
数え切れない砲撃がアースドラゴンへ叩き込まれる。
爆炎が咲き乱れた。
地面が抉れ飛ぶ。
巨大な土煙が空を覆った。
「やったかにゃ!?」
ユナが叫ぶ。
しかし。
クロエは答えない。
金色の瞳が煙の向こうを見つめていた。
そして――
煙が晴れる。
⸻
アースドラゴンは立っていた。
ほぼ無傷で。
黒褐色の鱗には僅かな傷が見える。
だが。
それだけだ。
砲撃の雨を浴びたとは思えない。
圧倒的な防御力。
ダイヤモンド以上の硬度を誇る鱗は、まさに天然の要塞だった。
「……本当に硬いわね」
クロエが僅かに眉を顰める。
アースドラゴンは不快そうに鼻を鳴らした。
そして。
巨大な尾を振るう。
⸻
ドゴォォォォォォォォン!!
⸻
魔導戦車が宙を舞った。
三両まとめて。
鋼鉄の塊が紙屑のように吹き飛ばされる。
更に。
尾はそのまま防壁へ激突した。
轟音。
石壁が崩壊する。
数十トンもの石材が粉々に砕け散った。
「にゃあああっ!?」
ユナが思わず悲鳴を上げる。
キールも顔を引き攣らせた。
「な、なんだよあれ……!」
クロエは静かに状況を分析していた。
戦車でも止まらない。
城壁でも止まらない。
まともに受ければ何もかも粉砕される。
⸻
アースドラゴンが大きく口を開いた。
口内に赤黒い光が集まる。
嫌な予感。
クロエは即座に命令した。
「散開!」
次の瞬間。
破壊の奔流が解き放たれた。
⸻
ゴォォォォォォォォォッ!!
⸻
赤黒い閃光が森を貫く。
地面が消えた。
木々が消えた。
見張り台が消えた。
防壁が消えた。
そして。
攻撃線上にいたグール歩兵部隊が、一瞬で蒸発する。
数百体。
何の抵抗も出来ず。
存在そのものを消し飛ばされた。
焼け焦げた大地だけが残る。
「……まるで怪獣退治ね」
クロエが呟く。
だが。
声に余裕は無かった。
⸻
その時だった。
二つの影が前へ出る。
髑髏の騎士アーサー。
処刑人ジャック。
クロエ軍の最高戦力。
二人は何も言わない。
ただ。
主の前へ立った。
アーサーが黒き巨剣を抜く。
ジャックは巨大な首斬刀を握り締めた。
⸻
先に動いたのはアーサーだった。
巨体とは思えない速度。
一気に跳躍する。
空中で巨剣を振りかぶった。
狙うは首。
全身全霊の一撃。
だが。
⸻
ガギィィィィィィン!!
⸻
火花が散る。
地面が陥没する。
しかし。
鱗は砕けない。
アースドラゴンの瞳が僅かに動いた。
次の瞬間。
尾が振り抜かれる。
⸻
ドゴォォォォォォォォン!!
⸻
アーサーの身体が砲弾のように吹き飛んだ。
城壁を貫く。
見張り台を粉砕する。
森の奥へ消える。
しばらくして。
遥か彼方で土煙が上がった。
その中心には。
黒き巨剣だけが大地へ突き刺さっていた。
⸻
一方。
ジャックの姿は消えていた。
影。
死角。
気付けば。
アースドラゴンの首元に立っている。
巨大な首斬刀が振り抜かれた。
狙うは頸椎。
首を落とすためだけの斬撃。
⸻
キィィィィィィィン!!
⸻
甲高い金属音。
首斬刀が鱗に止められる。
その瞬間。
アースドラゴンの巨大な前脚が振り下ろされた。
⸻
ズドォォォォォォォォン!!
⸻
大地が爆ぜる。
巨大なクレーター。
衝撃波が周囲の木々を吹き飛ばした。
土煙が晴れる。
そこには。
折れた首斬刀の破片だけが転がっていた。
⸻
沈黙。
⸻
戦車。
砲撃部隊。
戦闘ヘリ。
アーサー。
ジャック。
全て突破された。
アースドラゴンは未だ健在。
その圧倒的な巨体が大地を踏み鳴らす。
まさに災厄。
生態系の頂点だった。
⸻
「ほう」
⸻
穏やかな声が響く。
戦場には似つかわしくない声。
クロエが振り返る。
そこには。
袴姿の男が立っていた。
無名の剣豪。
神刀草薙剣を腰に下げた神話の英雄。
彼はアースドラゴンを見上げながら、どこか感心したように頷いた。
「なるほどのう」
クロエは静かに尋ねる。
「……やれる?」
無名の剣豪は答えない。
代わりに。
クロエの頭へ手を置いた。
くしゃり。
娘をあやす父親のように。
乱暴で優しい手つき。
「どうかのう」
穏やかに笑う。
「斬ってみんと分からんのう」
そう言うと。
男は歩き出した。
⸻
ただ歩く。
戦場の真ん中を。
砲弾が飛び交う中を。
散歩でもするかのように。
軽い足取りで。
誰も止められない。
気付けば。
アースドラゴンの目の前に立っていた。
⸻
その瞬間。
アースドラゴンの本能が警鐘を鳴らす。
血が凍る。
心臓が暴れる。
理解できない。
なぜ今まで気付かなかった?
目の前にいる。
最初からいた。
だが。
認識できなかった。
そこにいるだけで。
自分の命に届く存在。
それが立っていた。
⸻
「グォォォォォォォォォッ!!」
⸻
恐怖を振り払うように咆哮する。
巨大な顎が開く。
牙が迫る。
その瞬間。
無名の剣豪が草薙剣へ手を掛けた。
⸻
カチリ。
⸻
鍔が鳴る。
ただそれだけで。
世界が静止した。
クロエの眼ですら追えない。
ユナも。
キールも。
誰も見えない。
⸻
居合。
⸻
次の瞬間。
空が裂けた。
雲が断たれる。
遥か彼方の山脈が一直線に割れる。
天地を断つ斬撃。
そして。
アースドラゴンの首が宙を舞った。
⸻
ズゥゥゥゥン……
⸻
巨大な首が地面へ落ちる。
遅れて巨体が崩れた。
森が揺れる。
誰も言葉を発せない。
ユナは口を開いたまま固まっている。
キールも瞬きを忘れていた。
クロエですら沈黙していた。
⸻
無名の剣豪は静かに刀を納める。
そして。
何事も無かったように振り返った。
「うむ」
穏やかな笑み。
「蜥蜴にしては中々であった」
その一言に。
全員が絶句した。
神話の時代を生きた男は。
あまりにも規格外だった。




