表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魂と鋼の魔女  作者: カミサマ
6/27

第6話 決別の夜

第6話 決別の夜


「――アリシア、よせ」


 低い声が響いた。


 シオン・エスパーダだった。


 アリシアの肩へ手を置き、静かに制止する。


 だが、アリシアは納得していない表情だった。


「ですが、シオン様……!」


「ここは図書館だ」


 シオンは周囲を見回す。


 既に、周囲の視線がこちらへ集まり始めていた。


 王立魔導図書館。


 本来なら静寂が支配する場所だ。


 これ以上騒ぎを大きくするのは得策ではない。


 そして何より。


 シオン自身、先程の光景に動揺していた。


 クロエが。


 あのクロエ・ハートフィリアが。


 アリシアの神聖魔力に“怯んだ”。


 あの一瞬だけ、クロエは明確に警戒していた。


(……何なんだ、あいつは)


 以前とは別人のようだった。


 冷静で。


 落ち着いていて。


 底知れない。


 もはや、自分の知っている“無能な公爵令嬢”ではない。


 シオンは静かにクロエを見る。


「……とにかく」


 少しだけ冷静さを取り戻した声音。


「これ以上、悪目立ちするような行動は控えろ」


「…………」


「今の貴様は、学園でも王都でも注目されている」


 スケルトン兵。


 未知の武器。


 生徒の死亡。


 既に噂は広がり始めている。


 このままでは神殿も黙っていないだろう。


「私は……」


 シオンは少しだけ言葉に詰まる。


 そして。


「貴様について、考えを改める必要があるようだ」


 それだけ言い残し、踵を返した。


「シオン様!?」


 アリシアが困惑したように声を上げる。


 だが、シオンはそのまま立ち去っていく。


 アリシアは最後までクロエを警戒するように見つめていたが、やがて小さく頭を下げ、シオンの後を追った。


 図書館に静寂が戻る。


「…………」


 クロエはゆっくり息を吐いた。


 背中に、じっとりと嫌な汗が滲んでいる。


「……危険ね」


 小さく呟く。


 聖女アリシア。


 あの光。


 間違いない。


 前世で魔女狩り達が振るっていた、“神の祝福”と酷似していた。


 しかも。


 比べ物にならないほど濃密だった。


(今の私じゃ……正面からやり合うのは危険)


 クロエは冷静に分析する。


 今の自分は、まだ弱い。


 魂は最強の魔女でも、肉体が追いついていない。


 魔力総量も不足している。


 今の状態で教会や聖女と敵対するのは悪手だ。


 なら。


 取るべき行動は一つ。


(早めに家を出る必要があるわね)


 第一王子と関わっている限り、聖女との接触は避けられない。


 王妃候補という立場そのものが危険だ。


 だから。


 切り捨てる。


 王家も。


 貴族も。


 全部。



 夜。


 クロエは屋敷へ戻っていた。


 だが、玄関へ入った瞬間、執事が慌てたように近寄ってくる。


「クロエ様! 当主様がお呼びです!」


「……そう」


 クロエは淡々と返した。


「至急との事で――」


「行かないわ」


「……え?」


 執事が固まる。


 クロエはそのまま歩き出した。


 もう、どうでも良かった。


 どうせ今日の件を問い質すつもりなのだろう。


 学園での戦闘。


 神殿。


 王家。


 面倒事しかない。


 だが。


(関係無いわね)


 今のクロエからすれば、彼等は他人だ。


 父親。


 継母。


 義弟。


 義妹。


 誰一人として、自分の味方ではない。


 この屋敷に、クロエ・ハートフィリアの居場所は存在しなかった。


 愛情も。


 期待も。


 最初から存在しなかったのだ。


 だから。


 もう維持する必要も無い。



 自室。


 クロエは静かに扉を閉める。


 そして、部屋を見回した。


 豪華な家具。


 高価な装飾品。


 公爵令嬢の部屋としては完璧だ。


 だが。


(……どこまでも他人の部屋ね)


 ここには、クロエ・ハートフィリアの人生が詰まっている。


 苦悩。


 孤独。


 叶わなかった想い。


 報われなかった努力。


 だが、それは黒木絵里の人生ではない。


 クロエは静かに引き出しを開く。


 そこには、以前読んだ日記が入っていた。


 第一王子への想い。


 認められたいという願い。


 必死に生きてきた痕跡。


「……」


 クロエは静かに日記を戻した。


 これは、自分のものではない。


 この部屋へ置いていくべきものだ。


 そして。


 クロエは行動を開始した。


 宝石。


 金貨。


 高級魔導具。


 換金出来そうな物を、次々と影収納へ沈めていく。


挿絵(By みてみん)


 闇が揺らぎ、影の中へ飲み込まれていく。


 既に必要な知識は集めた。


 王国情勢。


 地理。


 貨幣価値。


 魔術体系。


 生きていく準備は出来ている。


 なら。


 もう、この場所に未練は無い。


 その時だった。


 クロエの影が微かに揺れる。


『報告』


 脳裏へ声が響いた。


 スケルトン諜報部隊。


 魂を通じて情報共有が行われる。


『王宮内、クロエ・ハートフィリア監視強化』


『神殿側、異端調査準備』


『第一王子、独自調査開始』


 クロエは静かに目を細める。


(……動き始めたわね)


 なら。


 こちらも急ぐべきだ。


 クロエは黒いパーカーを羽織る。


 闇属性魔力を込めた動きやすい装備。


 もはや、公爵令嬢の姿ではない。


 魔女としての装いだった。


挿絵(By みてみん)


 そして。


 クロエは静かに窓を開ける。


 夜風が黒髪を揺らした。


 王都の夜景が広がっている。


 遠くでは、王宮の灯りが夜空を照らしていた。


 あそこには、権力も、名誉も、富もある。


 だが。


 クロエが欲しかったものは、一度もそこには無かった。


「……さて」


 黄金色の瞳が、静かに細められる。


「自由を取り戻しに行きましょうか」


 次の瞬間。


 クロエの身体が闇へ溶け込んだ。


 影纏い。


 夜へ紛れる隠密魔術。


 こうして。


 クロエ・ハートフィリアは、静かに屋敷を後にした。


挿絵(By みてみん)


同じ頃。


 王宮では、シオン・エスパーダが一人、窓の外を見つめていた。


「……何故だ」


 脳裏から離れない。


 冷たい黄金色の瞳。


 まるで別人のようだった婚約者。


 そして。


 自分から離れていった背中。


 シオンは知らない。


 この夜。


 クロエ・ハートフィリアが、本当に消えた事を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ