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魂と鋼の魔女  作者: カミサマ
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第57話 廃鉱山のトロール

第57話 廃鉱山のトロール


 イステリア冒険者ギルド。


 受付嬢が差し出した依頼書を見て、クロエの金色の瞳が細まった。


「廃鉱山のトロール退治?」


挿絵(By みてみん)


「はい。街外れの廃鉱山に、トロールの群れが住み着いたようでして」


 トロール。


 巨人族に近い体格と筋力を持ち、異常な再生能力を誇る亜人種系の魔物。


 人間を襲い、喰らう。


 普通の冒険者なら、数体でも相当厄介な相手だ。


「数は?」


「確認されているだけで二十体以上です。ですが、鉱山内部に潜んでいる数は不明です」


 周囲の冒険者達が、ざわついた。


「おいおい、トロール二十体以上だと?」


「普通に軍案件だろ」


「誰が受けるんだよ、そんなの」


 受付嬢も困ったような顔をしていた。


「報酬は高額ですが、危険度も非常に高いです。正直、今のところ受注者はいません」


 クロエは依頼書を見つめる。


 場所は、屋敷からそう遠くない森の奥。


 廃鉱山。


 しかも、地図を見る限り、クロエの新しい屋敷とイステリアの中間付近にある。


「……近いわね」


「にゃ?」


 ユナが首を傾げる。


 クロエは依頼書を取った。


「受けるわ」


 ギルド内が静まり返った。


「……は?」


「おい、正気か?」


「新人がトロール退治?」


 笑い声が漏れる。


 だが、クロエは気にしない。


 受付嬢だけが真剣な顔で確認する。


「本当に、よろしいのですか?」


「ええ」


 クロエは淡々と頷いた。


「面倒だから、今日中に片付けるわ」


 その言葉に、ギルド内の空気が凍った。



 夕刻。


 廃鉱山の入口。


 赤く染まる空の下、崩れかけた坑道口が不気味に口を開けていた。


 周囲には、壊れた荷車。


 古びた木材。


 錆びた採掘道具。


 そして。


 血の跡。


「……臭うにゃ」


 ユナが鼻を押さえる。


「獣臭いにゃ。あと……血と腐った肉の匂い」


「いるわね」


 クロエは静かに呟く。


 黒い仮面。


 黒いパーカー。


 ホットパンツ。


 太腿のホルスター。


 その背後に、黒い霧が広がった。


「第十四の棺、開放」


挿絵(By みてみん)


 次の瞬間。


 グール重装兵団が姿を現した。


 百体。


 黒い重装鎧。


 濁った紫色の瞳。


 そして、手には大型の魔導式機関銃。


 更に、弾薬箱を抱えたグール歩兵達が後方へ並ぶ。


 ユナが苦笑した。


「これ、冒険者の討伐依頼に見えないにゃ」


「勝てばいいのよ」


 クロエは短く言った。


 そして、坑道の奥へ視線を向ける。


「進軍」


 グール達が、一斉に廃鉱山へ入っていった。



 坑道内部は暗かった。


 湿った岩肌。


 古い木製支柱。


 天井から滴る水。


 奥からは、低いうなり声が聞こえてくる。


「グルルル……」


「人間……」


「肉……」


 闇の中から、巨大な影が現れた。


 トロール。


 体長三メートルを超える巨体。


 灰色の皮膚。


 筋肉の塊のような腕。


 折れた牙。


 全身には古傷があり、そこから肉が盛り上がるように再生している。


 一体。


 二体。


 三体。


 次々と姿を現す。


「グァァァァァッ!!」


挿絵(By みてみん)


 トロールが咆哮し、突進してきた。


 普通の冒険者なら恐怖で足が竦むだろう。


 だが。


 クロエは片手を上げるだけだった。


「撃て」


 轟音。


 魔導式機関銃が一斉に火を噴いた。


 ガガガガガガガガガガガガガガッ!!


 紫色の魔鉱石弾が坑道を埋め尽くす。


 トロールの巨体が蜂の巣になる。


「グギャァァァァァッ!?」


挿絵(By みてみん)


 肉が弾ける。


 骨が砕ける。


 再生が始まる。


 だが、遅い。


 傷が塞がる前に、次の弾丸が肉を抉る。


 再生が追い付かない。


 巨体が膝をつき、そのまま崩れ落ちた。


「次」


 クロエの声は冷たい。


 グール重装兵団は前進する。


 坑道の奥から、次々とトロールが飛び出してきた。


 棍棒を振り上げる個体。


 岩を投げる個体。


 天井へ張り付き、奇襲しようとする個体。


 しかし。


 全てが弾幕に飲み込まれる。


 坑道は銃声と悲鳴で満たされた。


「……容赦ないにゃ」


 ユナが耳を伏せながら呟く。


「再生するなら、再生できなくなるまで撃てばいいだけよ」


「理屈は分かるけど、絵面が怖いにゃ……」



 やがて。


 廃鉱山の奥に、広い空洞が現れた。


 そこには、トロール達の巣があった。


 食い散らかされた骨。


 冒険者の残骸。


 壊れた鎧。


 そして。


 怯え切ったトロールの群れ。


「グ……」


「ニゲ……」


 クロエは眉を顰めた。


「……逃げる?」


 違和感。


 トロール達は、侵入者に襲い掛かっているというより、何かから逃げてここへ追い詰められていたように見えた。


 その時。


 坑道の更に奥から、低い地鳴りが響いた。


 ズシン……。


 ズシン……。


 鉱山全体が揺れる。


 砂利が天井から落ちる。


「にゃっ!?」


 ユナが尻尾を逆立てた。


「何かいるにゃ……下に……!」


 トロール達が一斉に震え出す。


 巨体を持つ魔物達が、子供のように怯えている。


「アレ……クル……」


「クワレル……」


 クロエの瞳が細まる。


「アレ?」


 次の瞬間。


 空洞の奥の岩壁が、轟音と共に砕け散った。


挿絵(By みてみん)


 岩盤が砂のように崩れる。


 巨大な爪。


 黒褐色の鱗。


 鉱石のように輝く牙。


 現れたのは、地中の王だった。


 体長二十メートルを超える巨体。


 飛ぶ翼は無い。


 だが、全身を覆う鱗はダイヤモンド以上の硬度を持つ。


 牙と爪は硬い岩石を粉砕し、岩盤を喰い破る。


 アースドラゴン。


 地中に生息し、鉱物を喰らう竜。


 そして。


 トロールやドワーフさえも好物とする捕食者。


「……なるほど」


 クロエは小さく呟いた。


「アンタ達、これから逃げて来たのね」


 アースドラゴンが、口を開ける。


 ゴリッ。


 壁面の魔鉱石ごと、岩を噛み砕いた。


 その咀嚼音だけで、坑道の空気が震える。


 ユナが一歩下がった。


「クロエ……これ、普通にヤバいにゃ」


「そうね」


 クロエは、むしろ静かに笑った。


「でも、あの鱗……使えそうね」


「そこにゃ!?」


 アースドラゴンが咆哮した。


 衝撃波。


 坑道の壁が震え、古い支柱がへし折れる。


 クロエは即座に命じた。


「全隊、後退しながら弾幕を維持」


 グール重装兵団が一斉に射撃を開始する。


 轟音。


 火花。


 魔鉱石弾がアースドラゴンの鱗へ叩き込まれる。


 だが。


 弾丸は弾かれた。


 硬い。


 あまりにも硬い。


「……機関銃でも抜けないか」


 クロエは舌打ちする。


 アースドラゴンが突進してくる。


 その巨体が触れただけで、岩壁が砕け、坑道が崩落する。


 グール重装兵が数体、まとめて吹き飛ばされた。


「ユナ、退避」


「了解にゃ!」


 クロエは右手を掲げる。


 闇が広がる。


「第零の棺、開放」


 黒い空間から、巨大な砲身が現れる。


 魔導式対装甲砲。


 現代兵器と魔女の権能を混ぜ合わせた、対戦車用の火器。


 クロエは金色の瞳で、アースドラゴンの動きを見切る。


 狙うのは鱗ではない。


 口内。


 岩すら砕く顎の内側。


「開けなさい」


 クロエはグール歩兵に閃光弾を投げさせた。


 爆光。


 アースドラゴンが怒り、巨大な口を開ける。


 その瞬間。


「撃て」


 ドォン――!!


 対装甲砲が火を噴いた。


 砲弾がアースドラゴンの口内へ飛び込み、内部で炸裂する。


「グォォォォォォォォッ!!」


挿絵(By みてみん)


 初めて。


 アースドラゴンが苦痛の咆哮を上げた。


 だが、死なない。


 巨体が暴れ、空洞全体が崩れ始める。


「撤退」


 クロエは即断した。


「今日はここまでよ」


「倒さないのかにゃ!?」


「準備不足。あれは正面から狩る相手じゃないわ」


 クロエは冷静だった。


 目的はトロール退治。


 そして、情報収集。


 アースドラゴンの存在を知れただけで十分だった。


 グール達が後退する。


 クロエは、最後に空洞の奥へ視線を向けた。


 そこには、砕けた壁の向こう側に、青白く輝く鉱脈が見えていた。


 魔鉱石。


 ミスリル。


 宝石。


 そして、ダイヤのように輝く結晶。


「……見つけた」


 クロエの口元が、わずかに吊り上がる。



 翌日。


 イステリア冒険者ギルドへ、トロール討伐完了の報告が入った。


挿絵(By みてみん)


 討伐証明として持ち込まれたのは、山のようなトロールの牙と魔石。


 ギルド内は騒然となる。


「本当にやったのか……?」


「あの仮面女、何者だよ……」


「トロールの群れを一晩で?」


 クロエは報酬を受け取ると、何事もなかったようにギルドを出た。


 だが。


 廃鉱山の奥にある鉱脈の事は、一切報告しなかった。



 その夜。


 廃鉱山。


 グール工作兵団が続々と坑道へ入っていく。


 採掘道具。


 魔導照明。


 補強材。


 武器。


 更には、グール歩兵隊まで常駐を始めていた。


 入り口には偽装魔術。


 森には監視網。


 外部からは、ただの廃鉱山にしか見えない。


 だが、内部では。


 秘密裏に採掘基地が作られ始めていた。


「魔鉱石、ミスリル、ダイヤ、宝石……」


 クロエは採掘された小さな原石を手に取り、満足そうに眺める。


「悪くないわね」


 更に奥から、低い地鳴りが響く。


 アースドラゴンはまだ生きている。


 地下深くで、こちらを待っている。


 ユナが不安そうに耳を伏せた。


「クロエ、本当にここ使うのかにゃ?」


「ええ」


 クロエは即答した。


「秘密鉱山にするわ」


「秘密鉱山……」


「グール工作兵団を常駐させて採掘。鉱石は屋敷へ運搬。地下工房で武器と魔導具に加工する」


 クロエの金色の瞳が妖しく光る。


「資金も武装も、ここで賄える」


 そして。


 地下の奥へ視線を向ける。


「アースドラゴンは、準備が整ってから狩るわ」


 その笑みは。


 完全に獲物を見つけた魔女のものだった。

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