第56話 冒険者ギルド
第56話 冒険者ギルド
朝。
柔らかな陽光が、薄いカーテンの隙間から寝室へ差し込んでいた。
ベッドの上では、クロエがだらしない格好で眠っている。
薄手の黒いタンクトップ。
短パン。
掛け布団は半分ほど床へ落ちており、白い脚が無防備に投げ出されていた。
完全に寝相が悪い。
「……ん」
その時。
胸元へ、妙な重みを感じた。
「……重い」
クロエは眉を顰めながら目を開ける。
すると。
金髪の少年が、クロエへ抱き付いたまま眠っていた。
キールだった。
小さな身体をクロエへ擦り寄せる様に抱き付き、寝息を立てている。
しかも。
クロエの服をギュッと掴んだまま離さない。
「……」
クロエは少しだけ呆れた様にため息を吐く。
昨夜。
初めてまともに血を飲み、安心しきったまま眠ってしまったのだろう。
その寝顔は、年相応の子供そのものだった。
「……子供だから仕方ないわね」
クロエは小さく呟く。
無理に引き剥がす気にはならなかった。
そのまま再び目を閉じる。
⸻
一方。
部屋の隅のソファでは。
ユナが丸くなって眠っていた。
銀色の髪。
ふわふわした獣耳。
尻尾を抱き込む様にして、気持ち良さそうに寝息を立てている。
完全に犬だった。
⸻
結局。
全員が目を覚ましたのは正午過ぎだった。
「ふぁぁ……」
ユナが大きく欠伸をする。
クロエは寝癖だらけの黒髪を掻き上げながら、窓の外を見た。
「……随分進んでるわね」
昨夜とは別世界だった。
屋敷は綺麗に掃除されている。
壊れていた床や壁は補修され。
屋根の穴も完全に塞がっていた。
更に。
庭まで整備され始めている。
木々は切り開かれ。
見張り台。
防壁。
落とし穴。
罠。
要塞化工事が着実に進んでいた。
しかも。
森の一画は畑へ変わっている。
「自給自足まで考えてるのね……」
クロエが感心した様に呟く。
グール工作兵団は、黙々と作業を続けていた。
恐ろしいほど有能だった。
⸻
「さて」
クロエは立ち上がる。
「そろそろお金を稼がないとね」
屋敷購入。
工事。
物資調達。
かなり金を使った。
このままでは流石にまずい。
クロエは黒いパーカーへ着替える。
ホットパンツ。
太腿のホルスター。
そして。
最後に黒い仮面を装着した。
顔を隠す為だ。
既にクロエ・ハートフィリアは全国指名手配されている。
黒髪に金色の瞳。
目立ち過ぎた。
⸻
「キール」
「ん?」
金髪の少年が振り返る。
「アンタは留守番」
「えぇー?」
「昼間に外へ出たら死ぬでしょ」
ヴァンパイアであるキールは、不満そうに頬を膨らませる。
「つまんない」
「その代わり、帰ったらまた血をあげるわ」
その瞬間。
キールの赤い瞳が輝いた。
「行ってらっしゃい!!」
「現金ね……」
クロエは呆れた様にため息を吐く。
⸻
数十分後。
クロエとユナは、イステリアの冒険者ギルドへ到着していた。
だが。
ロレントとは空気が違う。
明らかに治安が悪い。
昼間だというのに、酒臭い。
怒鳴り声。
下品な笑い声。
傷だらけの男達。
海賊崩れのような冒険者。
脛に傷のありそうな連中ばかりだった。
「……凄い場所にゃ」
ユナが耳を伏せる。
クロエは静かに周囲を観察する。
ここは王都と違う。
秩序より、生存が優先される街だ。
⸻
そして。
ギルド内へ入った瞬間。
空気が変わった。
美少女二人。
しかも片方は獣人。
嫌でも目立つ。
男達の視線が一斉に集まった。
「おいおい……」
「上玉じゃねぇか」
「新人か?」
下卑た笑い。
クロエは無視して歩き続ける。
だが。
一人の男がニヤつきながら近付いてきた。
「姉ちゃん、俺達と遊ばねぇ?」
酒臭い息。
伸びる手。
クロエの胸へ触れようとした、その瞬間。
バチィッ!!
「ぎゃああああっ!?」
男の身体へ電撃が走った。
全身を痙攣させながら、男が床へ倒れる。
ユナだった。
銀色の髪を揺らしながら、冷たい目で男を見下ろしている。
「クロエに触るなにゃ」
ギルド内が静まり返る。
クロエは小さくため息を吐いた。
「ユナ」
「……やり過ぎない様にね」
「ご、ごめんにゃ」
クロエは、痺れて動けなくなった男を見下ろす。
仮面の奥。
金色の瞳だけが冷たく光っていた。
まるで。
ゴミでも見るかのような視線。
男は息を呑む。
背筋が凍った。
「次、私に触れようとしたら――」
クロエが静かに告げる。
「その両腕を斬り落としてあげる」
怒鳴りもしない。
淡々と。
だからこそ怖かった。
ギルド内の空気が張り詰める。
クロエは興味を失ったように男から視線を外すと、そのまま受付へ向かって歩き出した。




