第53話 逃亡者
第53話 逃亡者
東門は、地獄と化していた。
紫色の霧。
絶叫。
錯乱した騎士達が、自らの顔を掻き毟りながら地面を転げ回る。
「やめろォォォ!!」
「顔が……ッ!!」
「見るなァァァ!!」
血飛沫が雨に混じって飛び散る。
王国騎士団は完全に崩壊していた。
無貌の王。
その存在を認識しただけで、精神が侵食される。
第二王子ですら、迂闊に近付けない。
その混乱の中。
クロエは装甲車へ飛び乗った。
「ユナ!出すわよ!」
「了解にゃ!!」
轟音。
装甲車が一気に加速する。
泥水を跳ね上げながら、東門を突破した。
背後では、無貌の王の紫色の霧が王都を飲み込み続けている。
そして。
時速180km。
魔導エンジンが咆哮を上げる。
通常の騎士団では、追いつけない速度だった。
⸻
雨の森へ突入した瞬間。
クロエが静かに目を閉じる。
「……解除」
その瞬間。
王都各地で暴れていたアンデッド軍団が、一斉に崩れ落ちた。
グール兵。
狙撃兵。
重装兵。
全てが、紫色の霧となって消えていく。
まるで最初から存在しなかったかのように。
⸻
一方。
王都東門。
第二王子は、燃え上がる王都を見下ろしながら笑っていた。
「へぇ……」
雨に濡れた銀髪を掻き上げる。
「逃げ切られちゃったか」
その表情に怒りは無い。
むしろ。
愉しそうだった。
彼の紫色の瞳には、狂気じみた興味だけが宿っている。
「面白いなぁ、クロエ」
無貌の王が消えた後も、騎士達は錯乱していた。
自分の顔を引き裂き。
泣き叫び。
震え続ける。
第二王子は、そんな地獄を眺めながら笑みを深める。
「やっぱり君、最高だよ」
⸻
王宮。
緊急会議。
広間には重苦しい空気が漂っていた。
「被害報告です」
王国騎士団長が低い声で告げる。
「死者数、現在判明しているだけで三千二百十四名」
ざわめき。
「東区画の闇商会壊滅」
「第二王子派貴族の邸宅多数炎上」
「奴隷商人ギルド壊滅」
「裏市場消滅」
だが。
そこで魔塔主が眉を顰めた。
「……妙です」
「一般市民への被害が、ほぼ存在しない」
沈黙。
教会側の司祭が低く呟く。
「狙っていた……という事か」
別の騎士が苦々しい顔をする。
「被害の大半が、悪評の多かった者達ばかりだ……」
しかし。
国王の表情は冷たいままだった。
「関係無い」
低い声。
「王都を襲撃した時点で、国家への反逆である」
空気が張り詰める。
「犯人は、クロエ・ハートフィリアで間違いないな?」
「……はい」
「アンデッド軍団」
「禁忌召喚」
「王都同時爆破」
「東門襲撃」
「全て一致しています」
国王は静かに立ち上がった。
「クロエ・ハートフィリアを、第一級国家犯罪者として指名手配する」
ざわめき。
「生死を問わず、莫大な懸賞金を掛けろ」
「国家転覆を目論んだテロリストとして全土へ通達せよ」
更に。
教会側の大司教が前へ出る。
「教会も同意します」
白いローブが揺れる。
「あれは、もはや人ではない」
重苦しい沈黙。
「禁忌の死霊術」
「精神侵食型アンデッド」
「存在不明の災厄召喚」
大司教は静かに告げた。
「クロエ・ハートフィリアを、“魔王候補”として認定します」
広間が凍り付く。
「教会は、対象の抹殺を推奨します」
⸻
一方。
深い森の中。
装甲車は停止していた。
雨音だけが響く。
ユナが深く息を吐く。
「はぁぁぁ……助かったにゃ……」
だが。
クロエは静かに森の奥を見つめていた。
そして。
「……まだ足りないわね」
「にゃ?」
クロエが右手を掲げる。
紫色の魔法陣が展開された。
「第零の棺」
空間が裂ける。
重低音。
巨大な黒い棺が、森の中へ姿を現した。
他の棺とは違う。
それは“兵器庫”だった。
鎖が外れる。
次の瞬間。
轟音と共に、黒い機体が現れる。
巨大な回転翼。
漆黒の装甲。
紫色の魔力回路。
魔鉱石製のフレーム。
戦闘ヘリは、現代の科学技術と魔女の権能が産み出した兵器だった。
「……え?」
ユナが固まる。
「な、なんにゃこれ……」
更に。
二機目。
三機目。
黒い戦闘ヘリが次々と姿を現した。
その周囲へ。
巨大な影が舞い降りる。
ワイバーン。
かつて森で倒した飛竜達のアンデッドだった。
紫色の瞳を光らせながら、空を旋回している。
クロエは静かに振り返る。
「グール工作兵団」
次の瞬間。
アンデッド兵達が無言でヘリへ乗り込んでいく。
操縦席。
機関銃座。
整備席。
まるで最初から訓練されていたかのようだった。
ローターが回転を始める。
轟音。
暴風。
木々が激しく揺れる。
ユナは完全に固まっていた。
「く、クロエ……」
「これ……空飛ぶの?」
クロエは静かに乗り込む。
「行くわよ」
「目的地は?」
ユナが恐る恐る尋ねる。
クロエは窓の外を見た。
東の空。
「――イステリア」
次の瞬間。
戦闘ヘリが浮上した。
ワイバーンアンデッド達が夜空へ舞い上がる。
炎上する王都を遥か後方へ置き去りにしながら。
魔王候補と呼ばれた少女は。
夜の空へ消えていった。




