第52話 無貌の王
第52話 無貌の王
王都は燃えていた。
赤黒い炎が夜空を染め上げ、崩れ落ちた建物から黒煙が立ち昇る。
鐘の音。
悲鳴。
爆発。
怒号。
王都全域が戦場へ変わっていた。
「東区画でアンデッド軍団を確認!!」
「第三騎士団壊滅!!」
「聖騎士団を投入しろ!!」
王国騎士団が次々と街へ展開していく。
銀鎧の重装騎士。
聖印を掲げた聖騎士団。
魔塔の魔術師達。
更には。
王国最強格であるソードマスター級の騎士や、魔塔主クラスの大魔術師まで投入されていた。
王国は、本気だった。
⸻
王都西部。
大通り。
グール重装兵団が、聖騎士団によって浄化されていく。
「光よ!!」
白銀の光が炸裂した。
アンデッド達が焼け崩れる。
しかし次の瞬間。
アーサーの巨大な魔剣が振り下ろされる。
轟ッ――!!
紫色の斬撃が大地を裂き、聖騎士達を吹き飛ばした。
だが。
今度は魔塔の大魔術師が前へ出る。
「第六階位魔術――雷神の槍」
轟雷。
紫電。
アーサーの身体が吹き飛ぶ。
更に。
ソードマスター級の騎士がジャックへ迫った。
超高速の斬撃。
火花。
首斬り刀が弾かれる。
グール軍団は徐々に押され始めていた。
⸻
一方。
装甲車内部。
クロエは静かに窓の外を見ていた。
黒いパーカー。
ホットパンツ。
戻った四肢。
滑らかな皮膚。
指先の感覚。
失ったはずの肉体は、確かにクロエの身体へ戻っていた。
だが――。
「……っ」
クロエの指先が、微かに震える。
違和感。
生身の手のはずなのに、自分の身体ではないような感覚があった。
すると。
紫色の紋様が、手首から指先へ一瞬だけ浮かび上がる。
『クスクス……♪』
頭の奥で、ミサが笑った。
『残念だったわねぇ』
クロエの表情が僅かに歪む。
(……なんで)
義手は消えた。
契約の媒体だったはずの呪われた義肢は、もう存在しない。
なのに。
違う。
消えていない。
ミサの気配が、未だに両手へ絡み付いている。
『言ったでしょ?』
『私は、アンタの“手”を貰ったの』
ぞわり、と背筋が粟立つ。
その瞬間。
クロエの意思とは無関係に、右手の指がゆっくり動いた。
「っ――」
自分の身体なのに、自分のものじゃない。
まるで。
見えない糸で操られているようだった。
『今のアンタの両手はねぇ』
『私の方が“上位権限”を持ってるのよ♪』
ミサが愉しそうに笑う。
クロエは、静かに拳を握り締めた。
――契約は、まだ終わっていない。
「……頃合いね」
クロエが小さく呟く。
ユナがハンドルを握りながら振り返る。
「もう撤退するにゃ?」
「ええ。最初から正面戦争する気は無いわ」
クロエは静かに目を細める。
「目的は達成したもの」
王都を混乱へ叩き落とし。
第二王子派を壊滅させ。
夜会を地獄へ変えた。
十分だった。
「東門を突破して王都を出るわ」
「了解にゃ!」
装甲車が加速する。
炎上する王都を突き抜けながら。
⸻
だが。
東門目前で。
装甲車が、突然停止した。
「……ッ!?」
ギギギギギ――!!
車輪が強制的に止まる。
空気が震えた。
クロエの表情が険しくなる。
「……竜言」
城壁の上。
そこに、一人の男が立っていた。
第二王子。
紫色の瞳。
銀髪。
狂気じみた笑み。
燃え盛る王都を背に、悠然とクロエ達を見下ろしている。
「まさか、飼犬に噛まれるとはね」
第二王子が笑う。
「このまま逃げられると思っていたのかな?」
クロエは静かに睨み返した。
空気が張り詰める。
「……ユナ」
「にゃ?」
「アンタは車内に残って」
「えっ?」
「人質にされたら面倒だもの」
クロエは扉を開ける。
一人、外へ降り立った。
雨が降っている。
第二王子は、そこで目を細めた。
「あれ?」
ニヤリと笑う。
「手足……治ってんじゃん」
クロエの再生した四肢を見て、面白そうに笑った。
「面白いね君」
「今すぐ降参するなら、俺の婚約者にしてあげるけど?」
クロエは冷たく返す。
「嫌だと言ったら?」
第二王子は腹を抱えて笑った。
「アハハッ!!」
「じゃあ、もう一度手足を斬り落として――」
紫色の瞳が狂気に歪む。
「豚小屋で飼育してあげるよ」
空気が凍った。
ユナが車内で息を呑む。
クロエは、静かに俯いた。
そして。
小さく笑った。
「……そう」
クロエは、右手へ魔力を集中させる。
紫色の魔法陣が展開された。
空間が軋む。
冷気。
異臭。
空気そのものが変質していく。
第二王子の笑みが、僅かに止まった。
「……何?」
クロエは、静かに呟く。
「第113番の棺」
巨大な黒い棺が、空間を裂いて現れた。
全長三メートルを超える巨大棺。
無数の鎖。
古代文字。
血のような赤黒い染み。
その存在だけで、周囲の空気が歪む。
王国騎士達が顔を強張らせた。
「な、なんだ……あれは……」
クロエは棺へ手を添える。
「封印承認」
紫色の魔力が走る。
「クロエ・ハートフィリア」
鎖が外れていく。
ガシャァン――。
「――開棺」
ギィィィィィ……
ゆっくり。
棺が開いた。
中は、真っ暗だった。
何も見えない。
だが。
分かる。
“そこにいる”。
次の瞬間。
黒い影が、ゆっくり立ち上がった。
王冠。
黒衣。
そして。
顔が、無い。
空白。
何も存在しない。
その瞬間。
第二王子の背筋へ、生まれて初めての悪寒が走った。
「……は?」
無貌の王。
黒木絵里の世界に存在した、歴史から消された亡国の狂王。
恐怖と殺戮で民を支配し。
逆らう者の顔を剥ぎ。
最後は、自らも顔を剥がされて死んだ狂王のアンデッド。
無貌の王が、一歩前へ出る。
その瞬間。
騎士の一人が絶叫した。
「や、やめろ……ッ!!」
騎士は自分の顔を掻き毟り始める。
「顔が……!!」
血が飛び散る。
「俺の顔がぁぁぁぁぁ!!」
別の騎士も発狂した。
幻覚。
恐怖。
精神崩壊。
常人なら数秒で廃人になる。
第二王子の笑みが、完全に消えた。
クロエは静かに告げる。
「――道を開けなさい」
無貌の王の背後で。
紫色の霧が、ゆっくり王都を侵食し始めていた。




