第51話 天秤の裁定者
第51話 『天秤の裁定者』
夜会会場は、既に地獄へ変わっていた。
爆炎。
悲鳴。
銃声。
崩れ落ちるシャンデリア。
紫色の魔導光が煙の中を乱反射し、豪華絢爛だった大広間を、悪夢の舞台へと変貌させている。
「ぎゃああああああっ!!」
「た、助け――」
ガガガガガガガガッ!!
グール歩兵隊が放つアサルトライフルの掃射が、人々を容赦なく薙ぎ倒した。
軍服を纏ったアンデッド兵達は、紫色の瞳を不気味に輝かせながら前進する。
倒れた死体を踏み越え。
血飛沫を浴び。
ただ命令通りに進撃する。
「防御魔術を展開しろ!!」
「くそっ!!アンデッド風情が!!」
貴族達が連れていた護衛騎士や魔術師、傭兵達も必死に応戦していた。
火球。
氷槍。
雷撃。
魔導銃。
剣戟。
大広間は完全な戦場と化している。
しかし――。
「ぎっ……!?」
首が飛ぶ。
処刑人ジャックが振るった首斬り刀によって、重装騎士の兜ごと斬断された。
血が噴き上がる。
ジャックは無言。
ただ静かに、次の獲物へ歩いていく。
一方。
入り口付近では。
髑髏の騎士アーサーが、巨大な黒剣を振るっていた。
轟ッ――!!
紫色の斬撃が石床ごと騎士団を吹き飛ばす。
「ば、化け物だ……!!」
絶望した声が響いた。
⸻
そんな地獄の中心。
舞台の上で。
クロエは静かに目を閉じていた。
仮面の奥。
黄金色の瞳が薄く開く。
その瞬間。
視えた。
魂。
無数の魂。
死者達の魂が、紫色の光となって空間を漂っている。
「……来なさい」
クロエが呟く。
次の瞬間。
膨大な魂が、一斉にクロエへ流れ込んだ。
ドクンッ――!!
「ッ!!」
クロエの身体が大きく震える。
魂喰らい。
魂属性の異能。
死者の魂を喰らい、自らの生命力と魔力へ変換する禁忌の力。
「あ……ぁぁ……ッ!!」
魔力回路が悲鳴を上げる。
焼ける。
裂ける。
全身の神経へ灼熱が走った。
紫色の紋様が血管のように浮かび上がる。
魔力コアが膨れ上がる。
限界。
限界。
それでも止まらない。
数千人分の魂が、強引にクロエを押し上げていく。
「がっ……ぁ……!!」
膝をつく。
呼吸が乱れる。
しかし。
クロエは笑った。
「……ははっ」
身体の奥から。
力が溢れてくる。
これまでとは比べ物にならない程の魔力。
視界が鮮明になる。
空気の流れすら視える。
魂の波長が聴こえる。
――限界を超えた。
クロエはゆっくり立ち上がった。
そして。
燃え盛る会場を見渡す。
「……足りるわね」
クロエは両手を広げた。
巨大な魔法陣が展開される。
紫色の光が大広間全体を覆った。
空間が軋む。
冷気。
死の気配。
そして。
魔法陣の中心から、巨大な影が現れる。
黒いローブ。
白骨化した指先。
黄金の天秤。
王冠のような骨飾り。
紫色の瞳。
アークリッチ――。
天秤の裁定者。
『……願いを』
低く。
不気味な声が響いた。
周囲のグール達ですら跪く。
クロエは、その怪物を見上げる。
「彼等の命を代償に――」
クロエは、自らの失った四肢を見る。
「私の両腕と両脚を取り戻す」
沈黙。
そして。
天秤の裁定者が、静かに天秤を傾けた。
『――裁定完了』
瞬間。
轟音。
紫色の魔力が爆発する。
「ッ!!?」
クロエの全身が光に包まれた。
骨が伸びる。
肉が再生する。
血管。
神経。
筋肉。
皮膚。
失われた四肢が、膨大な魔力と魂を代償に再構築されていく。
「あ……ッ……!」
クロエは息を呑む。
動く。
指が。
脚が。
失ったはずの感覚が戻ってくる。
ゆっくり。
クロエは、自らの両手を見つめた。
震える指先。
温かい。
生きている。
「……戻った」
その瞬間。
腹の底から歓喜が込み上げた。
笑みが浮かぶ。
「ふふっ……はは……!」
戻った。
自分の身体が。
奪われたものが。
ようやく。
⸻
クロエは仮面を外した。
そして。
闇収納を開く。
黒いパーカー。
ホットパンツ。
いつもの格好。
燃え盛る地獄の中で、クロエは静かに着替えた。
周囲には。
既に生者はいない。
転がるのは死体だけ。
燃える肉の臭い。
血。
煙。
紫色の炎。
クロエは、それを静かに見つめた。
すると。
轟音。
会場の壁が外側から吹き飛ぶ。
爆煙の中から現れたのは。
黒い装甲車。
ハッチが開く。
そこから灰色の耳が飛び出した。
「クロエぇぇぇ!!」
ユナだった。
「良かった!!無事にゃ!!」
クロエは、一瞬だけ目を見開く。
そして。
安堵したように、小さく息を吐いた。
「……ええ」
クロエは走り出す。
そのまま装甲車へ飛び乗った。
ハッチが閉じる。
エンジン音が唸る。
燃え上がる夜会会場。
崩壊する王都。
紫色の炎が夜空を染める。
クロエは窓の外を見ながら、静かに呟いた。
「行くわよ」
黄金色の瞳が鋭く細まる。
「――王都脱出作戦開始よ」




