第50話 開演
第50話 開演
夜の王都へ、冷たい雨が降っていた。
石畳を叩く雨音。
黒雲。
遠くで鳴る雷。
その不穏な空気とは裏腹に、第二王子の私邸だけは異様な熱気に包まれていた。
赤紫色の照明。
豪奢なシャンデリア。
酒と香水が混ざった甘ったるい匂い。
下品な笑い声。
「今日は特別らしいぞ」
「猿に調教された女だろ?」
「前回より凄いらしい」
「第二王子殿下も趣味が悪いなぁ」
仮面を付けた貴族達が笑う。
奴隷商人。
闇商人。
裏ギルドの幹部。
悪趣味な貴族達。
この場所へ集まっている時点で、まともな人間など一人も居なかった。
⸻
一方その頃。
王宮へ続く大通り。
そこは既に、死者の軍勢によって封鎖されていた。
グール重装兵団。
五百体。
黒く錆びた鎧。
濁った紫色の瞳。
巨大な盾を並べ、王宮への道を完全封鎖している。
その後方。
グール狙撃兵団。
五十体。
魔銃を構え、屋根の上や鐘楼へ潜伏していた。
更に。
路地裏。
建物の影。
大通り周辺には、千体を超えるグール歩兵隊が待機している。
そして。
軍勢の中央。
黒馬へ跨る巨大な骸骨騎士。
髑髏の騎士アーサー。
燃えるような紫色の眼窩。
巨大な魔剣。
その隣。
処刑人ジャック。
黒いロングコート。
異様に長い首斬り刀を引きずりながら、静かに立っていた。
雨音だけが響く。
そこへ。
王宮から騎士団が駆け込んでくる。
「なっ……!?」
「アンデッドだと!?」
騎士達の顔が青ざめた。
その瞬間。
アーサーが、ゆっくり魔剣を持ち上げる。
黒炎が噴き上がった。
ジャックもまた、静かに首斬り刀を構える。
まるで。
この先へは一歩たりとも通さないと告げるように。
⸻
その頃。
夜会場の舞台裏。
クロエは、静かに鏡を見つめていた。
黒いミニスカートドレス。
黒い仮面。
乱れの無い黒髪。
そして。
右義手へ刻まれた紫色の呪紋。
『クスクス……♪』
頭の中へ、ミサの笑い声が響く。
『いよいよねぇ』
「……ええ」
クロエは、小さく息を吐く。
黄金色の瞳には、深い隈が残っていた。
寝不足。
精神疲労。
壊れそうな心。
それでも。
今夜だけは、絶対に折れない。
『キキッ♪』
その隣。
アンデッド化したクッキー君が嬉しそうに鳴いた。
黒い燕尾服。
蝶ネクタイ。
生前と変わらぬ仕草。
クロエは、冷たい視線を向ける。
「……アンタも最後まで働きなさい」
『キキ♪』
クロエは、静かに振り返った。
その黄金色の瞳には、もう迷いは無かった。
⸻
広間。
歓声。
拍手。
舞台中央へ、スポットライトが当たる。
司会役の貴族が、楽しそうに笑った。
「皆様、お待たせしました」
「今夜の特別な余興を始めましょう」
歓声が上がる。
その瞬間。
舞台裏の扉が開いた。
クロエが、静かに姿を現す。
ざわり――。
会場が静まり返った。
「おぉ……」
「本当に女じゃないか」
「細いな……」
「脚、義足か?」
品定めするような視線。
気持ち悪い欲望。
クロエは、それら全てを受け止めながら舞台中央へ進む。
その後ろを。
クッキー君が、楽しそうに歩いていた。
観客達が笑う。
「今日はどんな芸をするんだ?」
「猿に躾けられるのか?」
「はははっ!」
その時だった。
『クスクス♪』
「っ――!?」
突然。
クロエの義手が勝手に動いた。
ガシッ。
「ちょっ……!?」
次の瞬間。
ビリィッ――!!
黒いドレスが、強引に脱ぎ捨てられた。
「なっ――!?」
クロエの顔が、一気に真っ赤になる。
会場が爆発したように沸き上がった。
「おぉぉぉぉっ!!」
「最高だ!!」
「始まる前から飛ばすなぁ!!」
「ははははっ!!」
「ふ、ふざけんなぁぁっ!!」
クロエが叫ぶ。
羞恥で頭がおかしくなりそうだった。
『クスクス……♪』
ミサが愉しそうに笑う。
『盛り上がってるじゃない』
「後で絶対殺す……!!」
だが。
次の瞬間。
クロエの表情が、スッと冷えた。
黄金色の瞳が、妖しく細まる。
「……まぁ、良いわ」
そして。
静かに指を鳴らした。
「――始めなさい」
⸻
ドゴォォォォォン――ッ!!!!
轟音。
爆炎。
会場全体が激しく揺れた。
「なっ!?」
「きゃぁぁぁっ!!」
天井が崩れる。
巨大なシャンデリアが落下。
炎が、カーテンへ燃え移った。
更に。
ドゴォォォォン!!
別方向でも爆発。
柱が崩壊。
瓦礫が出口を塞ぐ。
「出口が!?」
「開かない!!」
「火事だ!!」
パニック。
悲鳴。
怒号。
その瞬間。
バァン――ッ!!
会場扉が吹き飛んだ。
そこから。
無数の影が雪崩れ込む。
グール突撃部隊。
腐臭。
濁った紫色の瞳。
黒い軍装。
会場が凍り付いた。
「ば、化け物ぉぉぉっ!!」
貴族達が逃げようとする。
だが。
出口は瓦礫と炎で完全封鎖されていた。
逃げ場は無い。
完全な密室。
更に。
王都各地から爆発音が響き始める。
ドゴォォォォン!!
奴隷商の倉庫。
第二王子派貴族の屋敷。
闇商人の拠点。
王都中で火の手が上がっていた。
そして。
黒い装甲車が王都を暴走する。
魔導砲。
機銃。
爆音。
悲鳴。
王都そのものが戦場へ変わっていく。
クロエは、燃え上がる会場を静かに見渡した。
そして。
ゆっくり笑う。
炎を背負いながら。
黄金色の瞳が、妖しく光っていた。
「――見世物は、好きかしら?」
その笑みは。
もう被害者のものではなかった。




