第48話 王都脱出計画
第48話 王都脱出計画
翌朝。
豪奢な寝室へ、淡い朝日が差し込んでいた。
赤黒い天蓋。
紫色の魔導灯。
ぐしゃぐしゃに乱れたシーツ。
そして――。
「……最悪」
ベッドへ腰掛けたクロエは、深いため息を吐いた。
黒髪は乱れ。
黄金色の瞳の下には、濃い隈が浮かんでいる。
明らかな寝不足だった。
しかも。
「っ……ぅ」
腰へ鈍い違和感が走り、思わず片手で押さえる。
その瞬間。
『クスクス♪』
頭の中へ、楽しそうな笑い声が響いた。
クロエの視線が、ゆっくり右腕へ向く。
黒い義手。
そこへ浮かぶ、紫色の呪紋。
『おはよう、クロエ♪』
「……うるさい」
クロエは、不機嫌そうに睨み付ける。
だが。
千手怨霊ミサは、まるで反省していなかった。
『酷いわぁ』
『せっかく朝まで付き合ってあげたのに♪』
「誰のせいで寝不足だと思ってるのよ……」
クロエは、疲れ切った声で呟く。
ミサはケラケラ笑った。
『でもクロエ、途中から全然抵抗しなくなってたじゃない♪』
「っ……!!」
クロエの顔が、一気に赤く染まる。
「黙りなさい!!」
ガンッ――!!
義手をベッドへ叩き付ける。
だが。
ミサは楽しそうに笑うだけだった。
『クスクス♪』
『でも安心して?』
『約束通り、クロエの計画の邪魔はしないわ』
その言葉に。
クロエの表情が、少しだけ真剣になる。
昨夜交わした契約。
ミサはクロエへ協力する。
その代わり。
義手の支配権は、完全には戻らない。
いつでも。
ミサはクロエの身体へ干渉できる。
(……厄介過ぎるわね)
クロエは、小さく息を吐いた。
だが。
今は、それどころではない。
⸻
その後。
黒いパーカーとホットパンツへ着替えたクロエは、屋敷の廊下を歩いていた。
フードを深く被り。
黄金色の瞳を隠す。
王都では、既にクロエ・ハートフィリアの噂が広まり始めている。
不用意に顔を見せるのは危険だった。
その時。
「クロエ!!」
声。
振り返る。
次の瞬間。
獣耳の少女が、勢いよく抱き付いて来た。
「無事で良かったニャ!!」
「っ……ユナ」
クロエの瞳が、僅かに揺れる。
ユナだった。
ウェアウルフの血を引く彼女は、人間離れした回復力を持っている。
昨日まで意識不明だったとは思えない程、顔色は戻っていた。
身体へ残る傷跡も、かなり薄くなっている。
だが。
クロエは知っていた。
完全に治った訳ではない。
服の隙間から見える痣。
首輪の跡。
拷問痕。
それらが、ユナへ何が行われていたのかを物語っている。
クロエの瞳へ、冷たい怒りが滲んだ。
「……舐めた真似をしてくれたわね」
低い声。
ユナは、そんなクロエを心配そうに見上げた。
「クロエこそ大丈夫ニャ?」
「顔色悪いニャ……」
「別に」
クロエは、すぐに視線を逸らす。
本当は。
精神はボロボロだった。
第二王子。
首輪。
夜会。
見世物。
そして。
ミサとの契約。
代償は、想像以上に重い。
だが。
ユナにだけは知られたくなかった。
弱っている姿を。
壊れかけている事を。
絶対に見せたくない。
「心配してくれてありがとう」
クロエは、小さく笑う。
「でも、大丈夫よ」
その笑みに。
ユナは、少しだけ寂しそうな顔をした。
⸻
屋敷の作戦室。
大きな地図が机へ広げられていた。
王都全域。
貴族街。
中央広場。
地下水路。
主要道路。
そして。
第二王子派貴族の屋敷。
周囲には、グール兵達が並んでいる。
蒼白い肌。
紫色の瞳。
死人の軍勢。
クロエは、地図を見下ろしながら静かに口を開いた。
「グール工作兵団は、王都各地へ爆薬を設置」
「標的は第二王子派の貴族屋敷、奴隷商の倉庫、裏商人の拠点」
「夜会開始と同時に起爆しなさい」
グール達が、無言で頷く。
「グール暗殺部隊は、夜会参加者の監視」
「逃亡しようとした人間は殺して良い」
「グール狙撃兵団は、屋敷周辺へ配置」
「第二王子が来た場合、即座に迎撃」
クロエの声は、静かだった。
だが。
そこには、明確な殺意が宿っている。
更に。
クロエは、別の地図を広げた。
「装甲車は十台」
「工作兵団に操縦させる」
魔導装甲車。
重装甲。
大型魔導機銃。
対人制圧用の魔導兵器。
「市街地で暴れさせて、王都を混乱させるわ」
「一台はユナが担当」
ユナが、目を丸くする。
「ニャ?」
「私が夜会から脱出したら、回収して王都を出る」
クロエの黄金色の瞳が、静かに細まった。
「全部壊して、そのまま逃げるわよ」
その言葉に。
ユナは、少しだけ笑った。
「派手になってきたニャ」
「当然よ」
クロエは、冷たく笑う。
「向こうが先に喧嘩を売ったんだから」
⸻
その後。
クロエとユナは、フードで顔を隠したまま王都を歩いていた。
石畳の街。
露店。
酒場。
人混み。
だが。
街の空気は、どこか騒がしかった。
「聞いたか?」
「ハートフィリア家の令嬢、両手両足失ったらしいぞ」
「しかも第二王子に逆らって奴隷落ちだってよ」
「うわぁ……」
クロエの足が、一瞬だけ止まる。
ユナが心配そうに見る。
だが。
クロエは何も言わず歩き続けた。
別の場所では。
「例の夜会、またやるらしいぜ」
「猿に調教された美女のショーだろ?」
「前回ヤバかったらしいな」
「今度はもっと凄いらしいぞ」
笑い声。
噂。
好奇の視線。
クロエは、静かにそれを聞いていた。
(……上手く行ってる)
情報操作。
偽情報。
噂の拡散。
全て予定通りだった。
第二王子側も、
完全にクロエが壊れたと思い込んでいる。
だからこそ。
油断する。
クロエは、小さく息を吐いた。
「行きましょう」
その時だった。
「クロエ……」
ユナが、小さく呼び止める。
クロエが振り返る。
ユナは、不安そうな顔をしていた。
「本当に大丈夫ニャ?」
「……」
一瞬。
クロエの表情が止まる。
ジェラ。
首輪。
夜会。
笑い声。
壊れそうな心。
全部。
まだ消えていない。
むしろ。
怒りで無理矢理押さえ付けているだけだった。
それでも。
クロエは笑った。
「大丈夫よ」
気丈な笑み。
強がり。
ユナは、それを見て少しだけ寂しそうに目を伏せた。
本当に大丈夫な人間は。
そんな顔で笑わない。
でも。
今のクロエへ、それ以上何も言えなかった。




