第46話 解放
第46話 解放
赤紫色の照明が、夜会場を妖しく染めていた。
豪奢なシャンデリア。
酒と香水が混ざった甘ったるい匂い。
そして。
下品な笑い声。
「はははははっ!!」
「最高だったぞ!!」
「また呼んでくれ!!」
仮面を付けた貴族達が、満足そうに拍手を送っている。
舞台中央。
クロエは、乱れた黒髪を垂らしたまま、肩で荒く息をしていた。
黒いミニスカートドレス。
汗で肌へ張り付いた布地。
仮面の奥。
黄金色の瞳だけが、悔しさに震えている。
肘から先を失った両腕。
何度も空中へ吊り上げられ。
見世物として笑われ続けた身体は、もう限界だった。
『キキッ♪』
クッキー君が、嬉しそうに鳴く。
黒い燕尾服姿の魔猿は、舞台中央へ歩み出ると、クロエの首輪へ繋がったリードを軽く引いた。
ガクッ――。
「っ……」
クロエの身体がよろめく。
その瞬間。
首輪が、紫色へ発光した。
ゾワリ――。
脳へ直接、命令が流れ込む。
『オレイ』
「っ……」
クロエの唇が震えた。
言いたくない。
絶対に。
なのに。
首輪が逆らう事を許さない。
ズキン――ッ!!
「ぁっ……!!」
激痛。
クロエの身体が強張る。
観客席から、クスクスと笑い声が漏れた。
『イエ』
クッキー君が、楽しそうに首を傾げる。
クロエは、俯いたまま唇を噛み締めた。
悔しい。
惨めだった。
羞恥で死にそうだった。
なのに。
身体が、勝手に口を開く。
「――以上……」
掠れた声。
会場が静まり返る。
全員が、クロエを見ていた。
その視線が。
たまらなく気持ち悪かった。
「……“猿に調教されるのが趣味の変態ショー”を、お愉しみ頂き……ありがとうございました……」
一瞬の静寂。
そして。
「ぶははははっ!!」
会場が爆笑に包まれた。
「最高だ!!」
「またやれ!!」
「次は猿と交尾しろ!」
「猿に逝かされる女も見たいぞ!」
下品な歓声。
拍手。
口笛。
クロエの肩が小さく震える。
『イイコ』
クッキー君が満足そうに頷いた。
その瞬間。
クロエの瞳へ、殺意が宿る。
「……殺す」
誰にも聞こえないほど小さな声。
だが。
「ふふっ」
第二王子だけは、それを聞いていた。
玉座のような椅子へ腰掛けたまま、心底愉快そうに笑っている。
「まだそんな目出来るんだ」
紫色の瞳が、妖しく細まった。
「ほんと好きだなぁ、君」
⸻
夜会が終わった後。
クロエは、再び第二王子の私邸へ戻されていた。
長い廊下。
赤い絨毯。
薄暗い魔導灯。
クロエは、ふらつく脚で歩かされる。
全身が痛かった。
精神も。
身体も。
限界だった。
なのに。
黄金色の瞳だけは、まだ死んでいない。
第二王子は、それを見逃さなかった。
「……やっぱり駄目だな」
廊下で立ち止まり、クロエを見下ろす。
「まだ反抗心が残ってる」
『キキ?』
クッキー君が首を傾げる。
第二王子は、楽しそうに笑った。
「もっと壊して」
その一言に。
クッキー君の口角が、ニィッと吊り上がった。
⸻
その夜。
調教は、今まで以上に苛烈だった。
地下の躾部屋。
冷たい石床。
紫色の魔導灯。
クロエは、首輪と鎖で繋がれ、床へ跪かされていた。
『オテ』
「っ……」
クロエは、屈辱に唇を噛む。
肘から先を失った腕。
それを差し出せと言われている。
だが。
逆らえば。
首輪が激痛を流し込んでくる。
クロエは、震えながら肘の先を前へ出した。
『キキッ♪』
クッキー君が嬉しそうに笑う。
次の瞬間。
バシィッ――!!
「っぁ!!」
鞭が振り下ろされた。
背中へ焼けるような痛みが走る。
クロエの身体が跳ねた。
『マワレ』
首輪が発光する。
ズキン――ッ!!
「っ……!!」
クロエは、涙を滲ませながらその場で回転した。
犬の真似。
芸。
羞恥。
全部。
心を壊す為だけの躾だった。
『ワラエ』
「っ……!!」
口元が、勝手に歪む。
笑いたくない。
なのに。
身体が逆らえない。
「ぁ……は……」
壊れたような笑い声が漏れる。
クッキー君は満足そうに頷いた。
『モット』
バシィッ――!!
「ぁぁっ!!」
再び鞭。
クロエの瞳へ涙が滲む。
限界だった。
身体も。
心も。
もうボロボロだった。
その時。
不意に。
クロエの脳裏へ、冷たい感覚が流れ込んだ。
(――クロエ様)
「っ……!?」
黄金色の瞳が見開かれる。
グール諜報部隊。
魂を通した通信。
(発見しました)
(対象、ユナ)
クロエの呼吸が止まる。
(王都貴族街、東区画の屋敷地下牢獄に監禁)
(隷属の首輪を確認)
(拷問痕あり)
「っ……!!」
クロエの瞳が揺れた。
生きている。
ユナは、まだ生きている。
その瞬間。
クロエの中で、何かが変わった。
(……救出しなさい)
思念が飛ぶ。
次の瞬間。
王都の闇が動き始めた。
⸻
夜の王都。
貴族街。
屋敷の屋根を、複数の影が走る。
グール諜報部隊。
そして。
グール暗殺部隊。
死人のような蒼白い肌。
紫色の瞳。
彼らは音も無く屋敷へ侵入した。
衛兵の口を塞ぎ。
喉を掻き切る。
血飛沫すら上げさせない。
静かな制圧。
地下牢。
鉄格子。
その奥。
「……ぅ……」
獣耳の少女が、鎖へ繋がれていた。
ユナ。
首には、黒い隷属の首輪。
身体には拷問の痕。
頬が腫れている。
だが。
まだ生きていた。
グール達は、無言で鎖を断ち切る。
ユナの瞳が、僅かに開いた。
「……クロ……エ……?」
⸻
(――救出完了)
通信。
その瞬間。
クロエは、小さく息を吐いた。
「……はぁ」
安堵。
ようやく。
ようやく。
耐える理由が終わった。
その時だった。
バシィッ――!!
クッキー君の鞭が振り下ろされる。
だが。
今度は違った。
ピタリ。
空中で止まる。
「……キキ?」
クッキー君の目が見開かれた。
クロエの黒い義手。
そこへ。
紫色の呪紋が浮かんでいる。
実際には。
義手を操っているのは、千手怨霊ミサだった。
『クスクス……♪』
頭の中へ、愉しそうな笑い声が響く。
クロエは、ゆっくり顔を上げた。
乱れた黒髪の奥。
黄金色の瞳だけが、冷たく光っていた。
「……もう」
首輪へ、義手が伸びる。
「我慢する必要は……無いわね」
次の瞬間。
グギィッ――!!
クロエは、隷属の首輪を強引に引き千切った。
紫色の火花が散る。
本来。
隷属の首輪は、自分の意思では外せない。
だが。
今。
クロエの義手を支配しているのは、千手怨霊ミサ。
首輪の強制力は、既に通用しない。
『ッ!?』
クッキー君が後退る。
だが。
遅かった。
ガシッ――!!
「キキィッ!?」
クロエの右手が、クッキー君の首を掴み上げる。
そのまま。
片手で持ち上げた。
クッキー君の脚が宙で暴れる。
クロエは、静かに笑った。
その笑みは。
今までの屈辱を全部呑み込んだ、捕食者の笑みだった。
「――さて」
黄金色の瞳が、妖しく光る。
「今度は、私の番よ」




