第45話 怨霊の契約
第45話 怨霊の契約
「ははははっ!!」
「面白過ぎる!!」
夜会場へ、下品な笑い声が響いていた。
赤紫色の照明。
豪奢なシャンデリア。
甘ったるい酒の香り。
そして。
数十人もの貴族達の視線。
その全てが、舞台中央のクロエへ突き刺さっている。
「あっ……!や、やめっ……!!」
クロエの身体が、空中で大きく跳ねた。
黒いミニスカートドレス。
乱れた黒髪。
黒い仮面。
首輪。
そして、肘から先を失った両腕。
細い身体が、まるで壊れた人形のように宙へ吊り上げられていた。
持ち上げているのは――千手怨霊ミサ。
紫色の霊気。
長い黒髪。
そして。
空間を埋め尽くす、無数の見えざる手。
『クスクス……』
見えざる手が、クロエの脇腹を撫でる。
「ひゃっ!?」
ビクリと身体が跳ねた。
観客達が爆笑する。
「はははっ!!」
「すげぇ!」
「本当にくすぐられてる!!」
だが。
クロエだけは理解していた。
(違う……!!)
くすぐりだけじゃない。
見えざる手は、
観客から絶対に見えない場所だけを、執拗に狙っていた。
「あっ……!!」
再び身体が跳ねる。
視界が白く染まる。
頭が真っ白になる。
息が漏れる。
力が抜ける。
なのに。
観客達は気付かない。
「どんだけ弱いんだよ!!」
「顔真っ赤じゃねぇか!!」
笑い声。
歓声。
クロエの瞳へ涙が滲んだ。
(っ……!!)
恥ずかしい。
惨め。
頭がおかしくなりそうだった。
見えざる手は止まらない。
脇腹。
首筋。
太腿。
そして。
観客には見えない場所へ、悪意ある刺激を与え続ける。
「あっ……!!や、ぁっ……!!」
クロエの身体が震える。
何度も。
何度も。
感覚が壊される。
呼吸が乱れる。
力が抜ける。
視界が滲む。
身体が勝手に跳ねる。
観客達は、ただ笑っていた。
「すげぇ喘いでる!!」
「最高の余興じゃねぇか!!」
『クスクス……』
ミサが笑う。
『バレてないよぉ?』
「っ……!!」
ゾワリ――。
再び見えざる刺激。
「ぁぁっ!!」
クロエの身体が大きく反った。
頭が真っ白になる。
呼吸が止まりそうだった。
何度目かも分からない程、
感覚が弾け飛ぶ。
涙が溢れる。
なのに。
観客達は。
「くすぐり弱過ぎだろ!!」
「傑作だな!!」
ただの大道芸だと思って笑っていた。
⸻
その瞬間。
見えざる手が、クロエの脚を掴んだ。
「っ……!?」
次の瞬間。
グイッ――!!
クロエの身体が、空中で強引に反転する。
「きゃっ!?」
視界が回転した。
そのまま。
見えざる手が、クロエの身体を無理矢理折り曲げる。
まるで。
プロレス技のように。
「がっ……!!」
背骨が軋む。
腰が悲鳴を上げる。
細い身体が限界まで反らされる。
「おぉーっ!!」
「すげぇ!!」
「大道芸みたいだ!!」
観客達が歓声を上げた。
だが。
クロエには、そんな余裕は無い。
苦しい。
痛い。
呼吸が出来ない。
なのに。
見えざる手は、更に脇腹をくすぐり始めた。
「ぁっ!!や、やめっ……!!」
笑いそうになる。
悲鳴が漏れる。
痛みと笑いで頭がおかしくなる。
更に。
見えざる手が、クロエの身体を持ち上げたまま回転させる。
「っ――!!?」
そのまま。
空中で無理矢理ブリッジのような姿勢へ固定された。
「がぁっ……!!」
背中が悲鳴を上げる。
義足が軋む。
身体が限界だった。
なのに。
見えざる手は止まらない。
脇腹。
首筋。
太腿。
執拗な刺激。
「あっ……!!ぁっ……!!」
何度も。
何度も。
感覚が弾け飛ぶ。
身体から力が抜ける。
頭が真っ白になる。
涙が止まらない。
観客達は爆笑していた。
「最高だ!!」
「もっとやれ!!」
「面白過ぎる!!」
クロエの顔が真っ赤になる。
羞恥で死にそうだった。
『ねぇ、クロエ』
その時。
ミサの声が、頭の中へ直接響いた。
「っ……!?」
クロエの黄金色の瞳が揺れる。
『二百年』
『貴方達の一族に使われ続けた』
ミサの声は、愉しそうだった。
『戦争』
『処刑』
『暗殺』
『命令』
『命令』
『命令』
ギリッ――。
見えざる手が、クロエの身体を更に締め上げる。
「っ……ぁ!!」
息が潰れる。
視界が滲む。
なのに。
くすぐりは止まらない。
「あっ……!!ぁっ……!!」
『でも今は違う』
『今だけは』
『私が貴方を壊せる』
「っ……!!」
クロエの背筋へ悪寒が走った。
次の瞬間。
見えざる手が、クロエの身体を空中で更に捻り上げる。
まるで。
関節技だった。
「がっ……!!」
痛い。
苦しい。
息が出来ない。
なのに。
見えざる手は、敏感な場所への刺激を止めない。
「あっ……!!ぁっ……!!」
何度も。
何度も。
頭が真っ白になる。
身体から力が抜け落ちる。
視界が滲む。
涙が零れる。
『助けてあげようか?』
ミサが囁いた。
「っ……?」
『その義手』
『私に頂戴?』
クロエの瞳が揺れる。
義手。
魂と接続された魔導義手。
自分の力の一部。
『支配権をくれるなら』
『少しは手加減してあげる』
「っ……!!」
次の瞬間。
見えざる手が、クロエの身体を更に締め上げた。
「ぁぁっ!!」
肺が潰れる。
苦しい。
痛い。
くすぐったい。
頭がおかしくなる。
笑いそうになる。
涙が止まらない。
視界が暗い。
もう限界だった。
(ユナ……)
脳裏へ浮かぶ。
獣耳の少女。
笑顔。
自分を助けてくれた存在。
(ここで……壊れるわけには……)
クロエの唇が震えた。
「……わかった」
掠れた声。
『クスクス♪』
ミサが笑う。
「義手の支配権……あげる……」
その瞬間。
ゾワリ――。
黒い義手へ、紫色の呪紋が浮かび上がった。
「っ――!!」
クロエの身体が跳ねる。
冷たい。
何かが。
義手の内側へ入り込んでくる。
魂へ直接触れられている感覚。
まるで。
別の人格が、自分の身体へ根を張るようだった。
『契約成立』
ミサの声が、愉しそうに響く。
次の瞬間。
見えざる手の拘束が、僅かに緩んだ。
「はぁっ……!!」
クロエが激しく息を吐く。
汗。
涙。
乱れた黒髪。
観客達は、まだ笑っていた。
誰も知らない。
今。
舞台の上で。
魔女と怨霊の新しい契約が結ばれた事を。




