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魂と鋼の魔女  作者: カミサマ
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第44話 見世物

第44話 見世物


 ——三日後。


 第二王子の私邸、その裏庭。


 高い塀に囲まれた空間は、外から完全に隔離されていた。


 白い石畳。


 綺麗に整えられた芝。


 噴水。


 薔薇のアーチ。


 一見すれば、美しい王族の庭園。


 だが。


 クロエにとっては、躾用の檻でしかなかった。


「……っ」


 クロエは、唇を噛み締める。


 黒いパーカー。


 ホットパンツ。


 黒い義足。


 だが。


 両腕の義手は、今日も外されていた。


 腕を失った状態にも、少しずつ慣れ始めている自分が嫌だった。


『オスワリ』


 首輪が紫色へ発光する。


 ゾワリ——。


 命令が、脳へ直接流れ込む。


「っ……」


 クロエの身体が、勝手に地面へ座らされた。


 止めたくても止められない。


 屈辱。


 悔しさ。


 それでもクロエは、俯いたまま耐える。


(……今だけ)


(ユナを助け出すまでよ)


 黄金色の瞳が、僅かに細まった。


 三日前。


 クロエは、王都外へ待機させていたグール諜報部隊へ密かに命令を飛ばしていた。


 ユナの捜索。


 監禁場所の特定。


 救出。


 今はまだ連絡が無い。


 だが。


 諦めるつもりは無かった。


(ユナを逃がせれば……)


(私はいつでも暴れられる)


 だから今は。


 耐える。


 従順な犬を演じる。


 惨めなピエロを演じ切る。


 全部。


 最後にぶち壊す為だった。


『ちんちん』


「……っ」


挿絵(By みてみん)


 クロエの肩が震える。


 屈辱だった。


 だが。


 逆らえば、首輪が激痛を流し込んでくる。


 クロエは、ゆっくり身体を回転させた。


 黒髪が揺れる。


 義足が石畳を擦る。


『キキッ♪』


 クッキー君が嬉しそうに鳴いた。


 まるで。


 本当に犬へ芸を仕込んでいるようだった。


 クロエは、奥歯を噛み締める。


(殺す)


(絶対に殺す)


 その時だった。


「——ぷっ」


 後ろから、吹き出す声が聞こえた。


 クロエの背筋が凍る。


 ゆっくり振り返る。


 そこに立っていたのは——第二王子だった。


 銀髪。


 紫色の瞳。


 豪奢な白い衣装。


 だが今の彼は。


 心底おかしそうに肩を震わせていた。


「っ、あははっ……!」


 腹を押さえる。


 笑っている。


 本気で。


 クロエを見て。


「ちょ、ちょっと待って……」


 第二王子は、笑いを堪えながらクロエを指差した。


「本当に猿に芸させられてるじゃん君」


「っ……!!」


挿絵(By みてみん)


 クロエの顔が、一気に赤く染まった。


 最悪だった。


 よりによって。


 この姿を。


 第二王子に見られた。


『キキッ♪』


 クッキー君は嬉しそうに胸を張る。


 第二王子は、堪えきれず吹き出した。


「あははははっ!!」


「ダメだ、面白過ぎる……!」


 王族とは思えないほど腹を抱えて笑っている。


 クロエは、羞恥で全身が熱くなるのを感じた。


「……見るな」


 掠れた声。


 だが。


 第二王子は全く止まらない。


「いや無理でしょ……!」


「だって元公爵令嬢が猿に“おすわり”させられてるんだよ?」


「歴史に残るよこんなの」


「っ……!!」


 クロエの黄金色の瞳へ涙が滲む。


 怒り。


 屈辱。


 羞恥。


 全部が混ざっていた。


 だが。


 第二王子は、クロエの反応すら楽しそうに眺めている。


 そして。


 ふと、紫色の瞳が妖しく細まった。


「……あ」


 何かを思い付いた顔。


 クロエの背筋へ悪寒が走る。


「これ、夜会でやったら絶対面白いじゃん」


「……は?」


 クロエの表情が凍る。


 第二王子は、楽しそうに続けた。


「顔を隠せばバレないし」


「“猿に調教された美少女”って感じでさ」


「絶対ウケるよ」


 ゾワリ——。


 クロエの背筋へ、冷たいものが走った。


「……ふざけないで」


 低い声。


 だが。


 第二王子は笑ったままだった。


「いや、最高じゃない?」


「変態貴族とか、絶対喜ぶよ」


「っ……!!」


 クロエの呼吸が乱れる。


 嫌だ。


 絶対に。


 そんな事。


 だが。


 第二王子は、クロエの顎を掴んだ。


「大丈夫」


 愉快そうな笑み。


「君、才能あるよ」


「ちゃんと“犬”になれてる」


「やめ……っ」


挿絵(By みてみん)


 クロエが顔を逸らそうとした瞬間。


 首輪が発光した。


 ズキン——ッ!!


「ぁっ……!!」


 脳へ激痛。


 視界が揺れる。


 第二王子は、その姿を見て満足そうに笑った。


「夜が楽しみだなぁ」


 その言葉に。


 クロエの背筋へ、これまでで一番冷たい悪寒が走った。


--------


 夜。


 第二王子の私邸は、昼間とは別の顔を見せていた。


 赤紫色の照明。


 水晶のシャンデリア。


 甘ったるい酒の香り。


 そして。


 下品な笑い声。


 広間には、数十人もの男女が集まっていた。


 貴族。


 成金商人。


 闇商人。


 魔導具収集家。


 どいつもこいつも、まともな目をしていない。


 仮面を付けている者までいる。


 王都の表では絶対に見せない、“裏の顔”。


「本当に来るのか?」


「猿に調教された美少女って話だろ?」


「第二王子殿下の新しい玩具らしいぜ」


「いやぁ、趣味が悪い」


 笑い声。


 クロエは、その声を舞台裏で聞いていた。


「っ……」


挿絵(By みてみん)


 黒いミニスカートドレス。


 肩を露出した黒布。


 首には黒い首輪。


 そして。


 両腕の義手は外されている。


 黒髪が肩へ流れ落ち、顔の上半分は黒い仮面で隠されていた。


 正体がバレれば終わる。


 だから。


 逆らえない。


 クロエは、奥歯を噛み締めた。


(ユナ……)


 胸の奥が痛む。


 グール諜報部隊からは、まだ連絡が無い。


 だが。


 必ず生きている。


 そう信じるしかなかった。


『キキッ♪』


 隣で、クッキー君が楽しそうに鳴く。


 黒い燕尾服。


 蝶ネクタイ。


 杖まで持っている。


 まるで舞台演出家だった。


 そして。


 広間の中央へ続く扉が開く。


「それでは皆様」


 第二王子の声。


 愉快そうな笑み。


「今夜の余興を始めましょう」


 拍手。


 歓声。


 クロエの背筋が震える。


「まずは——」


 第二王子が、ニヤリと笑った。


「うちの“お利口な犬”をご紹介します」


 その瞬間。


 クッキー君が、クロエの首輪へ繋がったリードを引いた。


「っ……!」


挿絵(By みてみん)


 よろめく。


 両腕が無い今の身体は、バランスが取りづらい。


 クロエは、引きずられるように舞台へ出された。


 ざわり——。


 視線が集まる。


「おぉ……」


「本当に女じゃないか」


「しかも若いな」


「細い……」


「脚、義足か?」


 気持ち悪い視線。


 品定めするような目。


 クロエの呼吸が乱れる。


 羞恥で、顔が熱くなる。


 だが。


 今は耐えるしかない。


(ユナを助けるまで……)


(絶対に耐える……!!)


 第二王子は、そんなクロエを見て満足そうに笑った。


「じゃあ、クッキー君」


「躾の成果を見せてあげて」


『キキッ♪』


 クッキー君が、嬉しそうに頷く。


 次の瞬間。


 首輪が、紫色へ発光した。


『オスワリ』


「っ……」


挿絵(By みてみん)


 クロエの身体が、勝手に床へ座らされる。


 クスクスと笑い声が漏れる。


「本当に犬みたいだな」


「芸を仕込まれてるのか?」


「趣味悪っ……ははっ」


 クロエの肩が震えた。


 悔しい。


 殺したい。


 なのに。


 身体が逆らえない。


『オテ』


「クッ……!」


挿絵(By みてみん)


 クロエは、肘から先が無い手を上げた。


「ハハッ、手がない女にお手をさせてるぞ!」


「これじゃあ犬以下だな」


 観客から配慮の無い言葉が浴びせられる。


『アシヲヒラケ』


「っ……!!」


挿絵(By みてみん)


 首輪から命令が流れ込む。


 クロエは、震えながら脚を開いて開脚した。


 黒いスカートが捲れそうになる。


 恥ずかしさで顔を上げられない。


 観客達が歓声を上げた。


「おぉーっ!」


「マジで芸してる!」


「すげぇ!」


『キキッ♪』


 クッキー君が満足そうに頷く。


 そして。


 更に片手を上げた。


 ゾワリ——。


 闇が広がる。


 黒い穴。


 そこから。


 無数の“手”が這い出てくる。


 会場がざわついた。


「っ……!」


挿絵(By みてみん)


 クロエの瞳が揺れる。


 千手怨霊ミサ。


 長い黒髪。


 黒い着物。


 顔の見えない女の怨霊。


 そして。


 空間を埋め尽くす、無数の見えざる手。


「おぉ……!」


「何だアレ……!」


「本物の死霊か!?」


 貴族達が興奮し始める。


 第二王子は、心底楽しそうに笑った。


「この子、死霊術も使えるんですよ」


「しかも、かなり面白い使い方をしてくれる」


 嫌な予感。


 クロエの背筋へ悪寒が走る。


 そして。


 首輪が発光した。


『クスクス』


「っ……!?」


 次の瞬間。


 見えざる手が、クロエの脇腹へ触れた。


「ひゃっ!?」


挿絵(By みてみん)


 ビクリと身体が跳ねる。


 会場がどっと沸いた。


「はははっ!!」


「なんだそれ!」


「くすぐりか!?」


 見えざる手は止まらない。


 脇腹。


 首筋。


 腰。


 見えざる手がクロエを持ち上げて、敏感な場所だけを、執拗に刺激してくる。


「あっ……!や、やめっ……!!」


挿絵(By みてみん)


 クロエの身体が跳ねる。


 笑いたくない。


 なのに。


 身体が勝手に反応する。


 涙が滲む。


 観客達の笑い声が響く。


「面白過ぎる!」


「すげぇ余興だな!」


「第二王子殿下、最高だ!」


 クロエの顔が真っ赤になる。


 屈辱だった。


 羞恥で頭がおかしくなりそうだった。


 なのに。


 第二王子だけは、クロエから目を離さない。


 紫色の瞳が、愉快そうに細まっていた。


「……いい顔」


 その呟きに。


 クロエの背筋へ、冷たい悪寒が走った。

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