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魂と鋼の魔女  作者: カミサマ
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第42話 クッキー君

第42話 クッキー君


 重厚な扉が、ゆっくり閉まる。


 ガコン――。


 鈍い音が、静まり返った廊下へ重く響いた。


「っ……」


 クロエは、小さく肩を震わせる。


 連れて来られたのは、第二王子の私邸。


 王城から少し離れた場所に建てられた、王族専用の別邸だった。


 豪華なシャンデリア。


 赤黒い絨毯。


 壁へ並ぶ高価な絵画。


 一見すれば、王族らしい豪奢な屋敷。


 だが。


 そこには、異様な静けさがあった。


 使用人の姿が見えない。


 人の気配が薄い。


 まるで。


 ここ全体が、生き物を閉じ込める檻のようだった。


 クロエは、ゆっくり周囲を見渡す。


 黒いパーカー。


 ホットパンツ。


 黒い義手義足。


 そして。


 首には、黒い首輪。


 義手義足そのものは残されている。


 だが。


 首輪の影響で、魔力制御が著しく阻害されていた。


 義手義足へ魔力を通そうとしても、上手く循環しない。


 身体が重い。


 思うように動かない。


 まるで、自分の身体ではないような感覚だった。


「……最悪」


 掠れた声が漏れる。


 その時だった。


「気に入った?」


 楽しそうな声。


 第二王子だった。


 銀髪を揺らしながら、廊下の奥から歩いて来る。


 そして。


 その隣には、一匹の魔猿がいた。


 黒いベスト。


 蝶ネクタイ。


 妙に整った毛並み。


 しかも、人間の執事のように背筋を伸ばしている。


 クロエの黄金色の瞳が細まった。


「……何よ、それ」


挿絵(By みてみん)


 第二王子は、ニヤリと笑う。


「紹介するね」


 ポン、と魔猿の頭を撫でた。


「今日から君の管理をする、クッキー君」


『キキッ♪』


 魔猿が嬉しそうに鳴く。


 クロエの顔が引き攣った。


「……は?」


「しっかり躾けてもらうんだよ?」


 第二王子は、楽しそうに続ける。


「僕より猿の方が好きな君なら、きっと仲良くなれると思って」


 ゾワリ――。


 クロエの背筋へ、冷たい悪寒が走った。


「アンタ、本気で頭おかしいわね……」


 クロエが睨み付ける。


 だが。


 第二王子は全く気にしない。


 むしろ。


 その怒りすら楽しんでいた。


「大丈夫」


「クッキー君、優秀だから」


 第二王子は、クロエの首輪へ視線を向ける。


「君の躾け方も、ちゃんと知ってる」


 クロエの表情が強張った。


「……どういう意味よ」


 第二王子は答えない。


 ただ。


 愉快そうに笑うだけだった。


「じゃあ、あとは二人で頑張ってね」


 そう言い残し。


 第二王子は、屋敷の奥へ消えていく。


 ガコン――。


 重厚な扉が閉まる。


 静寂。


「…………」


 クロエは、ゆっくり魔猿を見る。


『キキッ』


 クッキー君は、クロエを見下ろしていた。


 まるで。


 本当に犬でも見るような目。


「来ないで」


 クロエが睨み付ける。


 だが。


 クッキー君は動かなかった。


 代わりに。


 ゆっくり片手を上げる。


 その瞬間。


 首輪へ、紫色の光が走った。


「っ――!?」


 ゾワリ。


 頭の奥へ、異物感が入り込む。


 思念。


 命令。


 脳へ直接、声が流れ込んでくる。


『――召喚』


挿絵(By みてみん)


「っ……!?」


 クロエの身体が、勝手に動いた。


 指先へ闇が集まる。


 冥界の門。


 黒い穴。


「やっ……待っ……!!」


 止めたい。


 なのに。


 身体が言う事を聞かない。


 首輪が、強制的に命令を実行させている。


『第108番の櫃』


 思念が流れ込む。


『開放』


「っ――!!」


 闇が噴き上がる。


 女の笑い声。


 無数の手。


 腕。


 指。


 そして。


 黒髪の女が、ゆっくり姿を現した。


 千手怨霊ミサ。


 千を超える見えざる手を従える怨霊。


 クロエの顔色が変わる。


「……やめて」


 だが。


 首輪は止まらない。


『命令』


 思念が流れ込む。


『自分へ命令しろ』


「っ……」


 クロエの唇が震える。


 嫌だ。


 言いたくない。


 なのに。


 喉が勝手に動く。


「……ミサ」


 掠れた声。


「私を……押さえて……」


 ゾワッ――。


 無数の手が伸びる。


「っ!!」


挿絵(By みてみん)


 肩。


 腰。


 脚。


 黒い義手義足ごと、身体が拘束される。


 ガチリ。


 義足が床へ固定される。


 逃げられない。


『次』


 首輪の命令。


 クロエの瞳へ涙が滲む。


「やっ……」


 だが。


 身体は逆らえない。


「……くすぐって」


 沈黙。


 そして。


 次の瞬間。


「ひゃっ!?」


 脇腹へ、指が入り込んだ。


 ビクリと身体が跳ねる。


 止まらない。


 脇腹。


 首筋。


 太腿。


 義手義足の接続部周辺。


 見えざる手が、執拗に敏感な場所だけを責め続ける。


「あっ……!やっ……!!」


挿絵(By みてみん)


 笑いたくない。


 なのに。


 身体が勝手に反応する。


 見えざる手は容赦が無かった。


 絶対に逃げられないよう拘束しながら。


 弱い場所だけを正確に刺激してくる。


「あはっ……!やっ、やめっ……!!」


 呼吸が乱れる。


 腹筋が痙攣する。


 涙が滲む。


 それでも。


 止まらない。


『キキッ♪』


 クッキー君は、嬉しそうに見ていた。


 まるで。


 ちゃんと芸を覚えた犬を褒めるように。


「あっ……!は、ぁっ……!!」


 クロエの身体が何度も跳ねる。


 必死に耐えようとしている。


 だが。


 限界が近かった。


 笑い過ぎで呼吸が上手く出来ない。


 喉が震える。


 涙が頬を伝う。


 そして。


「ぁっ……は、ははっ……!!」


 唾液が、口端から垂れた。


 余裕が無い。


 思考がまとまらない。


 呼吸が苦しい。


 なのに。


 見えざる手は止まらない。


『言え』


 首輪が、更に思念を流し込む。


『マイリマシタ』


「っ……!!」


 クロエの瞳が見開かれる。


 嫌だ。


 絶対に。


 そんな言葉。


 言いたくない。


 なのに。


 見えざる手は、クロエの限界を理解していた。


 絶妙に止めない。


 逃がさない。



 どれだけ時間が経ったのか。


 もう分からない。


 数時間。


 いや、それ以上かもしれない。


 クロエの黒いパーカーは汗で張り付き。


 黒髪も乱れ。


 呼吸は完全に乱れていた。


「あっ……!ぁ、はっ……!!」


 腹筋が痙攣する。


 笑い過ぎで力が入らない。


 涙が止まらない。


 口端から唾液が垂れる。


 もう。


 まともに思考する余裕すら無かった。


『……マイリマシタ?』


 クッキー君が、ゆっくり首を傾げる。


 クロエの肩が震えた。


「っ……ぅ……!」


 言いたくない。


 絶対に。


 そんな言葉。


 なのに。


 見えざる手は止まらない。


「あっ……!や、やめっ……!!」


 呼吸が乱れる。


 視界が滲む。


 そして。


 とうとう。


 クロエの唇が、震えた。


「ま、まいりまひは……!!」


挿絵(By みてみん)


 涙声。


 屈辱。


 悔しさ。


 全部混ざった声。


「も、もうやめへっ……!!」


 その瞬間。


 見えざる手が、ピタリと止まった。


 静寂。


 クロエは、床へ崩れ落ちる。


 肩で息をしながら。


 汗と涙でぐしゃぐしゃになった顔を伏せる。


『キキッ♪』


挿絵(By みてみん)


 クッキー君が、満足そうに鳴いた。


 まるで。


 初めて芸が成功した犬を褒めるように。


 その瞬間。


 クロエは理解してしまった。


 この屋敷では。


 “屈服した言葉”こそが、唯一の救済なのだと。

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