第41話 隷属の首輪
第41話 隷属の首輪
「――撃て」
クロエの声と同時に。
グール歩兵隊の魔銃が、一斉に火を噴いた。
轟音。
無数の魔鉱石弾が、第二王子へ向かって殺到する。
だが。
第二王子は動かなかった。
口元へ、愉快そうな笑みを浮かべたまま。
次の瞬間。
パリン――!!
紫色の障壁が展開される。
弾丸が、空中で次々と砕け散った。
「なっ……!?」
クロエの瞳が細まる。
第二王子の指には、幾つもの指輪。
首元には竜の紋章が刻まれた護符。
高位防御魔導具。
しかも複数。
「危ないなぁ」
第二王子は笑う。
「本当に殺す気だった?」
その時。
第二王子へ向かっていたアーサーが、大剣を構えた。
黒炎が噴き上がる。
だが。
第二王子の前へ、聖騎士達が立ちはだかる。
光の壁。
白銀の剣。
闇の騎士と聖騎士達が激突した。
轟音。
黒炎と神聖魔力がぶつかり合う。
その隙に。
クロエは、歯を食いしばった。
「……ッ!!」
竜言の拘束。
魂そのものへ食い込む支配。
だが。
クロエの内側から、膨大な闇が噴き上がる。
黄金色の瞳が、妖しく発光した。
黒木絵里。
最後の魔女。
魂と鋼の魔女。
そして。
999999の櫃を保有する冥界契約者。
王族如きに。
魂まで支配されるつもりは無かった。
「……うるさいのよ」
バキッ――!!
空気が軋む。
第二王子の竜言が、強引に引き千切られた。
「……へぇ?」
第二王子の瞳が、僅かに見開かれる。
だが。
次の瞬間には、愉快そうに笑っていた。
「俺の竜言を、自力で解いちゃったよ」
紫色の瞳が、妖しく細まる。
「凄いじゃん」
「ますます欲しくなっちゃった」
ゾワリ。
クロエの背筋へ悪寒が走る。
だが。
今のクロエの中にあるのは恐怖だけではない。
怒りだった。
操られた。
跪かされた。
また。
また自分を支配しようとしている。
ジェラと同じだ。
「……殺す」
凄まじい殺気が放たれる。
騎士達が震えた。
空気が変わる。
王城の温度そのものが下がったようだった。
クロエは静かに片手を前へ伸ばす。
闇が広がる。
黒い穴。
冥界へ繋がる門。
「第108番の櫃――開放」
ゾワッ――。
何かが這い出る。
女の笑い声。
無数の手。
腕。
指。
それらが闇の中から溢れ出した。
騎士達が悲鳴を上げる。
「ひっ……!?」
「な、なんだアレは……!!」
そして。
黒い着物を纏った女が、ゆっくり姿を現した。
長い黒髪。
異様に細い身体。
そして。
周囲を埋め尽くす、“千の手”。
「千手怨霊ミサ」
クロエが低く呟く。
猟奇殺人鬼。
千人以上を殺し。
奪った右手を死霊として収集し続けた女。
見えざる手。
不可視の霊手。
その全てが物理干渉可能。
ナイフ。
銃。
鎖。
あらゆる武器を持たせる事ができる。
見えない千の腕が、王城中を埋め尽くした。
カチャリ。
カチャリ。
無数の銃声の前兆。
聖騎士達の顔色が変わる。
だが。
第二王子だけは違った。
「わぁ……」
紫色の瞳が、愉快そうに細まる。
「綺麗」
クロエの背筋へ、嫌悪感が走る。
ジェラと同じだ。
普通なら恐怖する。
なのに。
この男は楽しんでいる。
その時だった。
第二王子の視線が、ふと横へ向く。
「……あ」
ユナだった。
屋根の上で雷を纏っている獣人少女。
第二王子が、ニヤリと笑う。
次の瞬間。
「――縛れ」
竜言。
空間が歪む。
「ニャッ!?」
ユナの身体へ、紫色の鎖が絡み付いた。
雷が弾ける。
だが。
拘束は解けない。
「ユナ!!」
クロエの顔色が変わる。
第二王子は、愉快そうに笑った。
「逆らえば、この娘は死ぬよ?」
その瞬間。
クロエの脳裏へ、ある記憶が蘇る。
血。
悲鳴。
泣き叫ぶ少女。
美咲。
前世で、魔女狩りに人質にされた親友。
あの時。
自分は救えなかった。
無力だった。
(……また?)
胸が締め付けられる。
もしも。
また同じ場面になったら。
自分はどうする?
答えは決まっていた。
(……私は)
(何度だって、同じ選択をする)
ユナは。
この世界で初めて、自分を助けてくれた存在だ。
死なせたくない。
もう。
誰にも。
大切な人を奪われたくなかった。
「……戻って」
クロエが、小さく呟く。
次の瞬間。
アーサーが闇へ還る。
グール歩兵隊も。
ミサも。
千の見えざる手も。
全てが消えた。
静寂。
クロエは、ゆっくり項垂れる。
「……どうすればいいの?」
掠れた声。
その姿を見て。
第二王子は、満足そうに笑った。
「簡単さ」
ゆっくりクロエへ近付く。
クロエは動けない。
ユナが人質に取られている。
第二王子の指が、クロエの顎を持ち上げた。
「っ……」
冷たい感触。
逃げたい。
なのに。
身体が動かない。
第二王子は、愉快そうに第一王子を見る。
「兄さん」
「取られる気分はどう?」
「やめろ……!」
第一王子が叫ぶ。
だが。
第二王子は笑った。
第二王子の顔が近付く。
クロエは反射的に顔を逸らそうとした。
だが。
ユナの首へ絡み付く紫の鎖が、更に強く締まる。
「っ……!」
動けない。
そして。
クロエの唇を奪った。
「っ――!!」
クロエの瞳が見開かれる。
拒絶感。
嫌悪。
吐き気。
だが。
ユナがいる。
動けない。
第二王子は、愉快そうに唇を離した。
「ふーん」
「怯えた顔、可愛いじゃん」
クロエの肩が震える。
脳裏へ蘇る。
ジェラ。
首輪。
鎖。
躾。
第二王子は、そのままクロエの首へ触れる。
「さて」
愉快そうな笑み。
「君には、王族へ攻撃した罪がある」
静かな声。
「謀反」
「王族暗殺未遂」
「王族侮辱罪」
騎士達が息を呑む。
「本来なら処刑だ」
第一王子が顔を上げる。
「待て、それは――」
「兄さんには裁量権無いよ?」
第二王子は笑う。
「被害者は俺だから」
空気が凍る。
クロエの黄金色の瞳が、冷たく細まる。
「……だったら?」
第二王子は笑った。
「でも」
「僕の婚約者になるなら、助けてあげられるかもしれない」
クロエは即答した。
「アンタと結婚するくらいなら、猿と結婚した方がマシよ」
沈黙。
だが。
第二王子は怒らなかった。
むしろ。
楽しそうに笑った。
「そっか」
その瞳が、妖しく細まる。
「じゃあ、貴族資格剥奪で」
「奴隷降格かな」
クロエの背筋へ、冷たい悪寒が走る。
第二王子は、黒い首輪を取り出した。
見た瞬間。
クロエの肩が、ビクリと震える。
脳裏へ蘇る。
犬。
リード。
餌皿。
『わん』
「やっ……」
反射的に後退ろうとする。
だが。
ユナが拘束されている。
逃げられない。
第二王子は、愉快そうに笑った。
「似合ってるよ」
カチリ――。
首輪が閉まる。
その瞬間。
クロエの身体が、小さく震えた。
騎士達が息を呑む。
第一王子は、拳を握り締める。
だが。
止められない。
第二王子は満足そうに笑った。
「これで君は、俺の玩具だ」
「大丈夫……ちゃんと躾ければ、もっと良い子になるよ」
「自分が貴族令嬢だった事なんて、忘れるくらい……卑屈で惨めな存在にしてあげるからね?」




