第40話 竜言
第40話 竜言
第一王子は、言葉を失っていた。
王城の長い廊下。
黒いフードを被ったクロエが、静かに前を向いている。
黒い義手。
黒い義足。
細い背中。
だが。
その姿は、以前の弱々しい公爵令嬢とは、まるで別人だった。
「私は私のやり方で生きていくわ」
静かな声。
迷いは無い。
クロエは、そのまま歩き出す。
王城の出口へ向かって。
もう二度と振り返らないかのように。
その背中を見た瞬間。
第一王子の胸へ、強烈な焦燥感が走った。
(……行かせたら駄目だ)
直感だった。
このままクロエを王都から出せば。
彼女は、二度と戻ってこない。
もう二度と。
自分の隣へ戻って来ない。
「……止めろ」
低い声。
騎士達が目を見開く。
「殿下……?」
「クロエを捕まえろ」
重い沈黙。
第一王子自身、理解していた。
こんな事をすれば。
クロエは、更に自分を嫌う。
それでも。
失いたくなかった。
⸻
「おいおい、マジかよ」
一人の騎士が鼻で笑う。
「こんな手足の無い女一人に、俺達が総出か?」
周囲の騎士達からも、クスクスと笑いが漏れる。
「しかも相手は、あの“悪女様”だろ?」
「王立学園で聖女様を虐めてたって噂の?」
「虚弱なくせに偉そうな女だっけ?」
クロエの黄金色の瞳が、静かに細まる。
だが。
反論はしなかった。
もう慣れている。
王都では。
昔からずっと、そう見られてきた。
虚弱。
落ちこぼれ。
闇属性の失敗作。
貴族社会に馴染めない悪女。
(……くだらない)
クロエは内心で冷めた息を吐く。
(どの世界も同じね)
(群れる男ほど、自分より弱そうな相手を見下したがる)
黒木絵里として生きていた頃も。
この世界へ来た後も。
本質は何も変わらない。
「……退きなさい」
静かな声。
だが。
騎士達は笑う。
「はっ、強がるなよ」
「そんな身体で何が出来る?」
「大人しく捕まれ」
その瞬間だった。
ギギギギギ――!!
「っ!?」
騎士達の剣が、一斉に震え始めた。
腰へ下げた剣。
鎧。
壁へ飾られた装飾剣。
王城内部の金属全てが、唸るように軋み始める。
「なっ……!?」
「剣が……!!」
クロエの黒い義手義足が、微かに波打った。
内部へ組み込まれた金属骨格。
ナノマシン。
魔導金属。
それら全てが、クロエの魔力へ呼応する。
魂と鋼の魔女。
その権能の一つ――金属操作。
次の瞬間。
騎士達の剣が、一斉に鞘から引き抜かれた。
ガギン!!
「うわっ!?」
「な、何だこれは!?」
数十。
数百。
無数の刃が、空中へ浮かび上がる。
まるで。
王城そのものがクロエへ跪いているかのようだった。
そして。
その全ての切っ先が。
騎士達へ向けられる。
空気が凍った。
「……退きなさい」
クロエの黄金色の瞳が、冷たく細まる。
「私と戦うなら、犠牲は避けられないわよ?」
半分は脅し。
だが。
半分は、本気だった。
クロエは、もう理解している。
誰かへ従い続ければ。
最後には壊される。
ジェラのように。
だから。
もう二度と。
誰かへ屈服するつもりは無かった。
騎士達の顔色が変わる。
先程まで笑っていた男達が、青ざめて後退った。
「ば、化け物……」
誰かが震える声で呟いた。
クロエは否定しなかった。
自分でも分かっている。
前世から変わらない真実。
魔女は人間とは違う。
⸻
その時だった。
空気が変わった。
王国騎士達とは違う。
鋭い殺気。
白銀の鎧。
白い外套。
教会所属――聖騎士。
その瞳には、明確な敵意が宿っていた。
「……聖騎士団」
クロエの黄金色の瞳が細まる。
一人の聖騎士が、冷たい声で呟く。
「闇属性」
「死霊術」
「魂の禁術」
「危険指定対象クロエ・ハートフィリア」
静かな殺意。
第一王子の表情が変わる。
「待て、貴様ら――」
だが。
聖騎士達は止まらなかった。
神聖魔力が収束する。
眩い光。
そして。
「撃て」
次の瞬間。
無数の光の矢が、クロエへ放たれた。
「っ――!?」
避けきれない。
そう思った瞬間。
轟音が響いた。
バチィィィィン!!!
紫電。
雷光が、空中の光矢を叩き落とす。
「ニャハハ」
屋根の上。
銀灰色の髪。
獣耳。
雷を纏ったユナが、不敵に笑っていた。
「クロエには指一本触れさせないニャ!」
「ユナ……」
クロエの瞳が、僅かに揺れる。
だが。
その直後。
巨大な光の斬撃が、正面から飛来した。
轟音。
廊下が吹き飛ぶ。
「っ……!」
クロエの瞳が細まる。
白銀の聖剣。
光のオーラ。
そして。
準ソードマスター級の威圧感。
「闇は浄化する」
聖騎士の一人が、冷たく剣を構える。
神聖魔力。
純粋な光属性。
しかも。
教会の加護まで受けている。
相性が最悪だった。
「……仕方ないわね」
クロエの足元へ、闇が広がる。
冥界の門。
そこから。
黒い炎を纏った髑髏の騎士が現れる。
空洞の眼窩。
巨大な大剣。
王者のような威圧感。
「アーサー」
次の瞬間。
黒炎の斬撃と、光の斬撃が正面衝突した。
轟音。
闇の炎と光のオーラが激しくぶつかり合う。
衝撃波が廊下を吹き抜けた。
そして。
クロエは、小さく息を吐く。
「本当に面倒ね」
次の瞬間。
王城の床へ、巨大な闇が広がった。
無数の影。
そこから。
次々と現れる腐敗した兵士達。
グール歩兵。
しかも。
全員が魔銃を装備していた。
カチャリ。
百を超える銃口が、一斉に聖騎士達へ向けられる。
空気が凍った。
「……これ以上やるつもりなら」
クロエの黄金色の瞳が、冷たく細まる。
「容赦しないわよ?」
聖騎士達の表情が変わる。
流石に。
百体ものアンデッド部隊との全面戦争は想定外だった。
クロエは、それを見て小さくため息を吐く。
そして。
第一王子を見た。
「……もう行っても良いかしら?」
静かな声。
第一王子は、何かを言おうとする。
だが。
言葉が出なかった。
その時だった。
「ダメに決まっているじゃん?」
背後から、楽しそうな声が響く。
クロエの背筋へ、冷たい悪寒が走った。
ゆっくり振り返る。
そこに立っていたのは。
第二王子だった。
銀髪。
紫色の瞳。
第一王子より細身。
だが。
その瞳には、人間らしい温度が無かった。
クロエは知っている。
昔から。
第二王子は、いつも自分を“つまらないモノ”を見るような目で見ていた。
無能な闇属性。
虚弱な公爵令嬢。
価値の無い女。
そういう目だった。
だが。
今は違う。
第二王子は、クロエを見ている。
まるで。
面白い獲物でも見つけたかのように。
ゾワリ――。
クロエの背筋へ、冷たい悪寒が走った。
「兄さんも酷いなぁ」
第二王子は楽しそうに笑う。
「こんな面白い子を、僕に隠してたなんて」
視線が、クロエの義手義足へ向く。
品定めするような目。
「俺以外の奴に傷物にされたのは気に入らないな」
口元が、愉しそうに歪む。
「でも……」
紫色の瞳が、妖しく細まる。
「手足の無い女を、泣きながら縋り付くまで壊すのも面白そうだ」
舌で唇を湿らせる。
その姿に。
クロエの脳裏へ、ジェラの笑みが重なった。
――似ている。
人間を見る目じゃない。
玩具を見る目だ。
「……っ」
クロエの呼吸が乱れる。
第二王子は、愉快そうに笑った。
「まあ、いいや」
「兄さんが要らないなら、僕が貰ってもいいよね?」
次の瞬間。
空気が軋んだ。
「――跪け」
第二王子の竜言。
世界そのものが、強制的にクロエへ膝をつかせようとする。
「っ――!!」
クロエの身体が、強制的に沈む。
ガンッ!!
義足が床へ叩き付けられた。
「ぐっ……!!」
重い。
第一王子の竜言とは違う。
自然ではない。
人間へ干渉する為の言葉。
精神。
魂。
意思。
それらを直接捻じ曲げる、支配の竜言。
クロエの脳裏へ、ジェラの声が蘇る。
『躾は大切ですよ』
ゾワリ。
吐き気。
恐怖。
だが。
クロエは、震えながら顔を上げた。
黄金色の瞳へ、怒りが宿る。
もう。
誰にも。
支配されたくなかった。




