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魂と鋼の魔女  作者: カミサマ
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第39話 壊れた王妃

第39話 壊れた王妃


 目を覚ました瞬間。


 クロエは、反射的に自分の身体を見た。


「……っ」


 黒い義手。


 黒い義足。


 人工皮膚に覆われた四肢。


 ちゃんと装着されている。


 その瞬間。


 胸を締め付けていた恐怖が、少しだけ薄れた。


「……はぁ」


 小さく息を吐く。


 肩の力が抜ける。


 やっと。


 やっと、自分へ戻れた気がした。


 だが。


 次の瞬間。


『わ……ん……』


 脳裏へ蘇る。


 首輪。


 リード。


 餌皿。


 メイド達の笑い声。


『もっと犬っぽくしなさいよ』


「っ……!!」


 クロエの顔が一気に赤くなる。


「〜〜〜〜っ!!」


挿絵(By みてみん)


 布団を頭まで被った。


 羞恥。


 屈辱。


 思い出しただけで死にたくなる。


「あんなの……」


 布団の中で、震える声が漏れる。


「あんなの、私じゃない……!!」


 拳を握る。


 だが。


 義手がギシリと音を立てるだけだった。


 分かっている。


 否定しても無駄だ。


 あれは間違いなく、自分だった。


 ジェラへの恐怖で。


 身体が勝手に従ってしまった。


 頭では逆らいたいのに。


 身体が動かない。


 謝ってしまう。


 怯えてしまう。


「……クソ」


 クロエは唇を噛む。


 悔しかった。


 自分の精神が、まだジェラの支配から抜け出せていない事が。


 未熟だった。


 もっと強ければ。


 もっと力があれば。


 あんな風にはならなかった。


「……治さないと」


 小さく呟く。


 失った四肢。


 この身体を見る度に。


 ジェラを思い出す。


 あの恐怖を思い出す。


 なら。


 根本から消すしかない。


「手足を取り戻さない限り……」


 この悪夢は終わらない。


 クロエの黄金色の瞳へ、静かな執念が宿る。


 脳裏へ浮かぶのは。


 999999の櫃。


 その中の一つ。


 ――《天秤の裁定者》。


 冥界に存在する異形の裁定者。


 生贄と引き換えに。


 あらゆる願いを叶える存在。


 失われた四肢ですら。


 対価さえ支払えば再生できるはずだ。


「……でも」


 クロエは自嘲気味に笑う。


 今の自分では無理だ。


 必要な魔力が、桁違いに足りない。


 魂も。


 力も。


 今のクロエでは、召喚に耐えられない。


「なら、強くなるしかないわね」


 クロエは小さく息を吐く。


 そして。


 闇収納へ意識を向けた。


 黒い影が、足元へ静かに広がる。


 揺らめく闇。


 その中へ、義手を差し込む。


 ズルリ。


 影の中から取り出したのは。


 黒いフード付きパーカー。


 ホットパンツ。


 使い込まれたブーツ。


 冒険者になってから、ずっと使っている服だった。


「……こっちの方が落ち着く」


挿絵(By みてみん)


 それに。


 義手義足は、長時間稼働すると熱を持つ。


 内部へ組み込まれた魔導金属。


 ナノマシン。


 高出力魔力回路。


 特に金属操作を使う時は発熱量が大きく、厚着をすると熱が身体へ籠もってしまう。


 だからクロエは、自然と薄着になっていた。


 排熱効率を優先した結果だ。


 王都の令嬢達が見れば卒倒しそうな格好だろう。


 だが。


 今のクロエにとって重要なのは、見た目ではない。


 生き残ることだった。


 クロエは黒い寝間着へ手を掛ける。


 白い肌が露わになる。


 失われた四肢。


 人工皮膚の繋ぎ目。


 改めて見ると、自分でも痛々しいと思う。


「……最悪」


 クロエは自嘲気味に呟きながら、義足の固定具を調整する。


 黒い義手義足の表面が、微かに波打つ。


 ナノマシンによる外装変化。


 普段は人工皮膚で覆い、人間の四肢へ近い質感を再現している。


 だが。


 必要ならば、無骨な金属装甲へ変形させる事も可能だった。


 強度。


 機能性。


 戦闘性能。


 それらを優先した、兵器としての義肢。


「……本当に化け物じみてるわね」


 クロエは自嘲気味に笑う。


 だが。


 今となっては。


 この義手義足こそ、自分の身体だった。


 カチリ。


 義手が接続される音。


 義足へ体重を乗せる。


 ちゃんと立てる。


 それだけで。


 少しだけ、自分を取り戻せた気がした。


 クロエは黒いパーカーへ袖を通す。


 フードを被る。


 鏡の中に映るのは。


 公爵令嬢ではない。


 王妃候補でもない。


 傷だらけの。


 闇属性の冒険者だった。


「さて」


 黄金色の瞳へ、静かな執念が宿る。


「手足を取り戻しに行きますか」


 その時だった。


 コンコン。


 部屋の扉がノックされる。


「入るぞ」


 第一王子だった。


 クロエは露骨に嫌そうな顔をする。


「……何」


 第一王子は、クロエの姿を見て僅かに安堵する。


 義手義足を付けたクロエは。


 昨日より、遥かに表情が生きていた。


「義手義足は問題無さそうだな」


「当たり前でしょ」


 クロエは吐き捨てる。


「もう二度と、勝手に触れないで」


 第一王子は少しだけ目を伏せた。


「……すまなかった」


 素直な謝罪。


 クロエは僅かに目を見開く。


 だが。


 すぐに視線を逸らした。


「別に」


挿絵(By みてみん)


 気まずい沈黙。


 そして、第一王子はクロエの服装に視線を向けた。


 黒いフード付きパーカー。


 ホットパンツ。


 まるで冒険者の様な姿だった。


 第一王子が眉を顰める。


「……何処へ行く」


「外」


 クロエは短く答える。


「もう、ここには用は無いしね」


 そう言って歩き出す。


 だが。


 部屋を出てすぐ。


 王国騎士達が道を塞いだ。


「申し訳ありません」


「ここから先へは行けません」


「王命です」


 クロエは、一瞬だけ騎士達を見る。


「あっ、そう」


 そして。


 そのまま横を通り抜けようとした。


「止まれ」


挿絵(By みてみん)


 騎士達が慌てる。


 そこへ。


「クロエ」


 低い声。


 第一王子だった。


「一体、何処へ行くつもりだ?」


 クロエは面倒臭そうに振り返る。


「そんなの、貴方には関係ないでしょ」


「関係ある」


 第一王子は真っ直ぐクロエを見る。


「お前は俺の婚約者であり、次期王妃なのだからな」


 その言葉に。


 クロエは、鼻で笑った。


「……はっ」


 乾いた笑い。


「王妃?」


「婚約者?」


 クロエの黄金色の瞳が細まる。


「私の身体、見たでしょ?」


 義手。


 義足。


 人工皮膚の繋ぎ目。


 失われた四肢。


「こんな傷物の壊れた王妃が、何処にいるのよ」


 第一王子の表情が歪む。


 だが。


 クロエは止まらない。


「私が、あそこで何をさせられてたかも知らないで……」


 クロエは目線を逸らす。


 操り人形として矯正される日々。


 ジェラは私に完璧な人形である事を求めた。


 しかも。


 ジェラは、それを自分だけで楽しむ男ではなかった。


 定期的に。


 一部のコレクター仲間や、裏社会のマフィア達を屋敷へ招待し。


 “自分の作品”を披露していた。


挿絵(By みてみん)


 豪華なシャンデリア。


 紫色やピンク色の照明。


 酒と煙草の匂いが混ざる薄暗い広間。


 ソファへ腰掛けた男達が、品定めするような視線でクロエを見る。


『素晴らしいでしょう?』


 ジェラは、いつも誇らしげに笑っていた。


『この子は私の最高傑作です』


 クロエは、黒いドレスを着せられ。


 操り人形のように踊らされた。


挿絵(By みてみん)


 バレエ。


 笑顔。


 仕草。


 視線。


 指先の動きまで。


 全てジェラの理想通りに矯正されていた。


 少しでも笑顔が崩れると。


 鞭。


 薬物。


 “躾”。


挿絵(By みてみん)


 だから。


 クロエは、無理矢理笑うしかなかった。


 ぎこちない笑顔を貼り付けながら。


 心を殺して。


 見世物として踊り続けた。


 仕草、表情、服装、話し方……少しでも彼の理想からズレると、矯正という名のお仕置きが待っている。


 薬物、見世物、鞭、拷問、快楽責め……そして、手足の切断。


 少しずつ……私が……心が……壊れていく気がした。


 それと同時に、自分が少しずつ……人形に近付いていくのを実感した。


挿絵(By みてみん)


 最初は反抗した…だけど、失った自分の手足を見た瞬間……取り返しがつかない事を悟った。


 次第に抵抗する気力も削がれていった。


 いつしか謝り続ける自分がいた。


挿絵(By みてみん)


 思い出すだけで吐き気がする。


「もう、元には戻れないわ」


「汚れた女が王妃になれるわけないでしょ?」


 第一王子が、苦しそうに口を開く。


「……俺は気にしない」


 クロエは即座に返す。


「貴方が気にしなくても、周りは気にするのよ」


 鋭い声だった。


「王族も、貴族も、社交界も」


「ずっと陰で噂する」


「可哀想な公爵令嬢だって」


「傷物の王妃だって」


 クロエは自嘲気味に笑う。


「私は最初から王妃にも貴族にも興味無いし?」


「むしろ平民の冒険者の方が気楽で良いわ」


 第一王子の拳が握られる。


「だったら、俺が全部黙らせる」


 王族らしい言葉。


 だが。


 クロエは呆れたように笑った。


「そういうところが嫌なのよ」


「私はもう、王都じゃ生きられない」


 静かな声だった。


 第一王子は言葉を失う。


 クロエは、そのまま前を向く。


「私は私のやり方で生きていくわ」


挿絵(By みてみん)


 黄金色の瞳へ、強い意志と暗い執念が宿る。


 第一王子の表情が凍った。


 だが。


 クロエは止まらない。


 もう。


 以前の公爵令嬢へ戻るつもりなど無かった。

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