第4話 魔術学園
第4話 魔術学園
翌朝。
クロエは静かに鏡の前へ立っていた。
黒を基調とした魔術学園の制服。
胸元には、ハートフィリア公爵家の紋章。
そして、腰まで流れる艶やかな黒髪。
黄金色の瞳が、鏡越しに自分自身を見つめている。
「……まあ、悪くないわね」
クロエは小さく呟く。
前世の黒木絵里と、この身体は驚くほど似ていた。
整った顔立ち。
長い手足。
白い肌。
だが、その奥に宿る空気はまるで違う。
以前のクロエには、怯えがあった。
他人の視線に怯え。
嫌われる事に怯え。
愛されない事に怯えていた。
だが今は違う。
黄金色の瞳には、静かな冷たさが宿っていた。
(さて)
クロエは制服の襟を整える。
(この世界の魔術水準、見せてもらおうかしら)
⸻
王立魔術学園。
王国最高峰の魔術教育機関。
貴族子女を中心に、優秀な魔術師を育成する場所だった。
巨大な白亜の校舎。
魔力灯が輝く回廊。
中庭では魔術訓練を行う生徒達の姿も見える。
だが。
クロエが正門を通った瞬間。
空気が変わった。
「……あれ」
「クロエ・ハートフィリア?」
「生きてたんだ」
視線。
囁き。
嘲笑。
その全てが、クロエへ向けられる。
以前のクロエなら、俯いていたかもしれない。
だが、今のクロエは気にも留めない。
雑音だった。
そして。
「あら?」
甲高い声が響く。
クロエが視線を向けると、数人の女子生徒が立っていた。
先頭に居るのは、赤茶色の縦ロールを揺らした少女。
侯爵令嬢、ミレイア・フォン・ローゼンベルグ。
以前のクロエを執拗に虐めていた中心人物だった。
その周囲には取り巻き達。
全員が露骨な笑みを浮かべている。
「毒を飲んで死んだって聞いてましたのに」
ミレイアが口元を隠しながら笑う。
「また仮病でしたの?」
周囲がクスクスと笑う。
「まあ、無能に毒を飲む度胸なんてありませんわよね」
「何をやってもダメだから、無能なんですもの」
聞こえるように。
わざとらしく。
悪意を向けてくる。
だが。
「…………」
クロエは無反応だった。
ミレイアが僅かに眉を顰める。
以前なら涙目になっていた。
怒鳴り返すか、怯えるかしていた。
だが今のクロエは違う。
まるで、路傍の石でも眺めるような目だった。
興味が無い。
本気でそういう目だ。
「……何ですの、その目」
ミレイアの笑みが少し引き攣る。
クロエは小さくため息を吐いた。
「別に」
それだけ言って歩き出す。
ミレイア達が唖然とした。
完全に予想外だったのだろう。
⸻
そして。
午前の実践魔術授業。
巨大な円形訓練場には、生徒達が集まっていた。
中央には魔術障壁。
観覧席。
そして実戦用フィールド。
講師が声を響かせる。
「本日は対人実践訓練を行う!」
生徒達がざわめく。
「では対戦相手を決めるぞ!」
その瞬間。
「先生ぇ」
嫌な声が響いた。
ミレイアの取り巻きの一人。
土属性魔術を得意とする男子生徒、ガルドだった。
ニヤつきながらクロエを見る。
「クロエ・ハートフィリアとやってみたいです」
周囲がざわつく。
露骨だった。
完全に嫌がらせだ。
講師も少し迷う表情を見せた。
以前のクロエは落ちこぼれだった。
実戦能力も低い。
だが。
「……クロエ、どうする?」
講師が尋ねる。
クロエは静かにガルドを見る。
相手はニヤついている。
周囲も見世物でも見るような顔だ。
(まあ)
クロエは小さく思う。
(この世界の魔術レベルを測るには丁度良いかしら)
「受けます」
静かな声。
周囲が少し驚いた。
⸻
訓練場中央。
クロエとガルドが向かい合う。
「ははっ、逃げなくて良いのか?」
ガルドが笑う。
「怪我しても知らねぇぞ?」
クロエは答えない。
講師が開始宣言をした。
「――始め!」
瞬間。
ガルドの足元から大量の土が巻き上がった。
「潰れろッ!!」
土属性魔術。
圧縮された石塊が高速回転を始める。
ドリル状。
しかも。
(音速……?)
クロエの目が細められる。
殺意がある。
訓練用ではない。
頭部へ直撃すれば普通に死ぬ威力だった。
「やめろ!!」
講師が叫ぶ。
だが遅い。
石槍は既にクロエへ放たれていた。
空気を裂き、轟音を響かせながら迫る。
そして。
クロエは静かに右手を上げた。
闇の魔力が流れる。
同時に。
周囲の砂鉄が浮き上がった。
「……え?」
生徒達が目を見開く。
大量の黒い金属粒子が空中で圧縮される。
そして。
漆黒の鉄壁が形成された。
直後。
石槍が激突する。
轟音。
だが。
黒い壁は微動だにしない。
「なっ!?」
ガルドの顔が引き攣る。
クロエは静かに前を見る。
「なるほど」
魔術構築速度は遅い。
出力も低い。
術式精度も粗い。
(思ったよりレベル低いわね)
その瞬間。
クロエの背後へ巨大な闇が広がった。
空間が裂ける。
冷気が吹き荒れる。
そして。
巨大な黒い棺が現れた。
第二の棺。
戦闘歩兵部隊保管棺。
「っ……!?」
講師の顔色が変わる。
棺の蓋が開く。
中から現れたのは。
黒い軍服を纏ったスケルトン兵達だった。
二十体。
全員が無機質に整列している。
そして。
それぞれの手には、黒い自動小銃。
異世界には存在しない武器。
生徒達が息を呑む。
「な、何だあれ……!?」
「魔導具……!?」
「違う……!」
クロエは静かに右手を振り下ろした。
「撃て」
次の瞬間。
銃口が火を吹いた。
凄まじい轟音。
弾幕。
高速連射。
ガルドの身体が跳ねる。
「ぎ――」
血飛沫。
肉片。
一瞬だった。
全身を撃ち抜かれ、ガルドは地面へ崩れ落ちる。
原型すら留めていない。
訓練場が静まり返った。
誰も動けない。
そして。
クロエは静かに歩み寄る。
死体へ手を翳した。
闇が広がる。
「魂喰らい」
瞬間。
黒い靄のような魂が引きずり出される。
それをクロエは吸収した。
熱。
力。
魔力。
全てが身体へ流れ込んでくる。
クロエの口元が、僅かに吊り上がった。
(……良い感じね)
魔力総量が増えている。
確かに。
魂は力へ変換されていた。
「き、貴様……!!」
ミレイアが叫ぶ。
顔を青ざめさせながらクロエを指差す。
「な、何をしたのよ!!」
クロエは静かに視線を向ける。
「正当防衛だけれど?」
「っ……!」
「先に殺そうとしてきたのは、そちらでしょう?」
ミレイアが言葉を失う。
事実だった。
しかも。
講師ですら動けていない。
未知の武器。
未知の死霊術。
未知の魔術体系。
落ちこぼれだったクロエが、一瞬で生徒を虐殺した。
理解が追いついていないのだ。
クロエは小さく笑う。
「責任追及したいなら、お好きにどうぞ」
そう言って背を向ける。
「さて」
黄金色の瞳が静かに細められた。
「次は魔導図書館に行ってみようかしら?」




