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魂と鋼の魔女  作者: カミサマ
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第37話 壊れた心

第37話 壊れた心


 クロエが目を覚ました時。


 窓の外は、夕焼けだった。


「……ん」


 ぼんやりとした意識。


 柔らかなベッド。


 白い天井。


 静かな部屋。


 一瞬だけ。


 昔の感覚が蘇る。


 王城。


 公爵令嬢。


 婚約者。


 何不自由ない生活。


 だが。


 次の瞬間。


「……っ」


 違和感。


 身体が異様に軽い。


 いや。


 違う。


 “感覚が無い”。


 クロエの黄金色の瞳が見開かれる。


 肩から先。


 太腿から先。


 そこに在るはずの感覚が消えていた。


「……え?」


 心臓が跳ねる。


 恐る恐る視線を下げる。


 布団の膨らみが、不自然だった。


 何も無い。


「っ……!?」


 クロエの呼吸が止まる。


 その時。


 ベッドの横に置かれていた机が視界へ入る。


 そこには。


 自分の義手義足が、静かに並べられていた。


 無機質な人工四肢。


 まるで工具のように。


「なっ……」


挿絵(By みてみん)


 クロエの顔が青ざめる。


「何よ……これ……!!」


「起きたか」


 低い声。


 ソファへ座っていた第一王子が立ち上がる。


 金髪。


 紫色の瞳。


 かなり疲れた顔をしていた。


「アンタ……!!」


 クロエが睨み付ける。


「何で外してんのよ!?」


「逃げるだろ」


「っ……」


 即答されて、クロエが言葉に詰まる。


 図星だった。


 第一王子は静かに続ける。


「王城の結界で魔術も封じた」


 クロエの瞳が見開かれる。


「はぁ!?!?」


「死霊術も闇魔法も使えない」


「アンタ、正気!?」


「正気じゃなきゃ、お前を止められない」


 低い声だった。


 クロエは悔しそうに唇を噛む。


 身体が動かない。


 魔法も使えない。


 完全に無力だった。


「……最悪」


 クロエが吐き捨てる。


 第一王子は小さく息を吐いた。


「一週間眠ってたんだ」


「……え?」


「ずっと起きなかった」


 クロエの表情が固まる。


 一週間。


 その言葉が、妙に重かった。


「……そんなに?」


「ああ」


 第一王子が静かに頷く。


「身体も精神も限界だったらしい」


 クロエは視線を逸らした。


 何も言い返せない。



 コンコン。


 扉が開く。


「起きたニャ!?」


 ユナだった。


 銀灰色の髪。


 獣耳。


 尻尾。


 クロエを見るなり、ホッとしたような顔をする。


「心配したニャ……」


「大袈裟よ」


 クロエはぶっきらぼうに返す。


 だが。


 ユナは気付いていた。


 クロエの声に、力が無い事を。


「……お腹空いてるだろ」


 第一王子がテーブルから皿を持ってくる。


 温かいスープ。


 パン。


 簡単な食事。


 クロエが嫌そうな顔をする。


「……自分で食べれる」


「その状態で?」


「っ……」


 クロエが黙る。


 腕が無い。


 どうしようもない。


 第一王子はスプーンを持つ。


「ほら」


「……子供じゃないんだけど」


「知ってる」


 クロエは露骨に嫌そうな顔をした。


 だが。


 空腹には勝てない。


 渋々、口を開く。


 スープが口へ入る。


 暖かい。


「……」


挿絵(By みてみん)


 クロエは黙ったまま飲み込む。


 その時。


 第一王子の手が僅かに揺れた。


 スプーンからスープが零れる。


 ポタッ。


 クロエの黒いドレスへ落ちた。


 その瞬間だった。


 カシャン。


 スプーンが皿へ当たる音。


 その音で。


 クロエの身体が、ビクリと震えた。


『失敗しましたね』


 脳裏へ蘇る。


 地下工房。


 解体台。


 糸。


 金属音。


 ジェラの笑み。


『お仕置きが必要です』


「っ……!」


 クロエの呼吸が止まる。


 黄金色の瞳が揺れる。


「ご、ごめんなさい……」


 小さな声。


 第一王子が固まる。


 だが。


 クロエは止まらなかった。


「ごめんなさい……っ」


 震える声。


「ごめんなさい、ごめんなさい……!!」


 顔が青ざめる。


 呼吸が乱れる。


 まるで怯えた子供だった。


「クロエ?」


 第一王子が目を見開く。


 クロエは涙を浮かべながら、必死に謝り続ける。


「次はちゃんとするから……っ」


「壊さないで……」


挿絵(By みてみん)


 第一王子の顔から血の気が引いた。


 ユナも絶句している。


 クロエ自身、止められていない。


 完全な反射だった。


「クロエ!!」


 ユナが慌てて抱き締める。


「もう大丈夫ニャ!!」


「ごめんなさい……っ」


挿絵(By みてみん)


 クロエの身体が震える。


「ごめんなさい、ごめんなさい……!!」


 第一王子は、何も言えなかった。


 目の前の少女は。


 もう。


 本当に壊されていた。


 ただ義手義足にされた訳じゃない。


 心まで。


 人格まで。


 恐怖を刻み込まれている。


「……ジェラ」


 第一王子の瞳へ、怒りが宿る。


 紫色の魔力が滲む。


 空気が震えた。


「絶対に……許さない」


挿絵(By みてみん)



 数日後。


 クロエは王城の一室へ半ば軟禁されていた。


 魔術封印結界。


 義手義足は取り上げられたまま。


 四つん這いにならなければ、歩くことすら出来ない。


 逃げる事は不可能だった。


「……屈辱」


 クロエが吐き捨てる。


 その時だった。


 部屋の扉が開く。


 数人のメイド達。


 クロエと同年代くらいの少女達だった。


 だが。


 その目には明確な悪意があった。


「ふーん」


 一人のメイドが鼻で笑う。


「本当に手足無いんだ」


「悪女の末路って感じよね」


 クロエの瞳が細くなる。


 王立学園時代。


 いじめっ子達が流していた噂。


 傲慢な悪女。


 王子へ執着する女。


 聖女を虐める最低の女。


 彼女達は、それを信じていた。


「こんなの飼ってどうするのかしらね?」


「鞭で芸でも仕込んだら、見世物くらいにはなりそうじゃない?」


 クスクスと笑う。


 クロエの表情が強張った。


 鞭。


 その言葉だけで。


 背筋が凍る。


『躾は大切ですよ』


 ジェラの声。


 紫色の糸。


 痛み。


「……っ」


 クロエの呼吸が乱れる。


「ほら、芸してみなさいよ」


 パシッ!!


「っ!?」


 鞭が肩を打つ。


 クロエの身体がビクリと震えた。


「やっ……」


 後退る。


 だが。


 義足が無ければ上手く動けない。


 メイド達は笑った。


「本当に怯えてる」


「面白……」


挿絵(By みてみん)


 パシッ!!


 再び鞭。


 クロエは反射的に頭を下げる。


「ごめんなさい……!!」


 その場へ跪く。


「ごめんなさい、ごめんなさい……っ」


 完全な条件反射。


 メイド達が愉快そうに笑う。


「何それ」


「犬みたい」


 一人のメイドが、愉快そうに笑った。


「本当に犬みたいじゃない?」


 クスクスと笑い声が広がる。


「じゃあ、もっと犬らしくしてあげましょうか」


 そう言って。


 メイドの一人が、部屋の隅から革製の首輪を持ってきた。


 クロエの顔から血の気が引く。


「……や」


 震える声。


 だが。


 メイド達は楽しそうに笑うだけだった。


「ほら、動かないの」


 カチャリ。


 冷たい感触が首へ巻かれる。


「っ……!!」


 首輪。


 そして。


 金属製のリード。


 メイドが、それを軽く引っ張る。


「ふふっ、本当に犬みたい」


「似合ってるじゃない」


 クロエの呼吸が乱れる。


 羞恥。


 屈辱。


 吐き気。


 なのに。


 身体が逆らえない。


『躾は大切ですよ』


 脳裏へ蘇るジェラの声。


 逆らえば。


 怒られる。


 壊される。


「ほら」


 床へ置かれる金属の餌皿。


「ちゃんと犬の真似しなさい」


 鞭が床を叩く。


 パシッ!!


 クロエの身体がビクリと震えた。


「わ……」


 涙が零れる。


「わん……」


挿絵(By みてみん)


 メイド達が吹き出した。


「本当にやった!!」


「最低……っ、ふふっ!」


「もっと犬っぽくしなさいよ!」


 クロエは俯いたまま震えている。


 黒髪が床へ垂れる。


 黄金色の瞳から涙が落ちる。


 悔しい。


 屈辱的。


 なのに。


 身体が恐怖で従ってしまう。


 怖い。


 怒られる。


 壊される。


 身体が勝手に従ってしまう。


 その時だった。


「――何をしている」


挿絵(By みてみん)


 低い声。


 空気が凍った。


 メイド達の顔色が変わる。


 扉の前。


 第一王子が立っていた。


 紫色の瞳。


 怒りで震える魔力。


 その視線の先では。


 クロエが床へ跪き、怯えながら謝り続けていた。


「ごめんなさい……っ」


「次はちゃんとするから……」


 第一王子の表情から感情が消える。


 静かな怒り。


 殺気。


「……お前達」


 低い声だった。


 メイド達の顔が青ざめる。


 そして。


 第一王子の視線が。


 怯えて震えるクロエへ向いた。


 その姿が。


 まるで。


 本当に“躾けられた人形”のようで。


 第一王子の胸へ、激しい怒りが込み上げた。

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