第35話 聖女
第35話 聖女
王都アルセリア。
シエロ王国最大の城塞都市。
巨大な白亜の城壁と聖王教会の尖塔が朝日に照らされ、神々しい光を放っていた。
その王都正門前は――今、異様な空気に包まれていた。
「……止まれ!!」
聖騎士達が剣を抜く。
白銀の鎧。
聖印。
槍。
緊張した怒声。
その視線の先には。
黒鉄の装甲車。
輸送トラック。
そして。
無数のグール兵。
死人の軍勢だった。
重装グール達は巨大な魔導機関銃を構え、無言で聖騎士達を見下ろしている。
一触即発。
空気が張り詰めた。
「闇属性の死霊術師だと……?」
「な、なんだあの軍隊……」
「王都へ入れるな!!」
市民達が恐怖でざわめく。
だが。
装甲車の上へ腰掛けていたクロエ・ハートフィリアは、静かに空を見上げていた。
青空だった。
皮肉なくらい。
綺麗だった。
「……クロエ」
ユナが不安そうに声を掛ける。
クロエは静かに立ち上がった。
黒いミニスカートドレスが風に揺れる。
長い黒髪。
黄金色の瞳。
そして。
人工皮膚で覆われた義手義足。
一見しただけでは分からない。
だが。
関節部分だけ、僅かな繋ぎ目が存在していた。
「私はクロエ・ハートフィリアよ」
静かな声だった。
その瞬間。
聖騎士達が息を呑む。
「……は?」
「ハートフィリア……?」
「公爵令嬢だと……!?」
ざわめきが広がる。
行方不明になっていた第一王子の婚約者。
クロエ・ハートフィリア。
王都中で捜索されていた少女が。
死霊軍団を率いて帰還した。
衝撃は凄まじかった。
⸻
数分後。
正門前へ、一台の白銀の馬車が到着する。
王家の紋章。
そして。
聖王教会の旗。
馬車の扉が開いた。
「クロエ……!!」
最初に飛び出してきたのは第一王子だった。
金髪。
紫色の瞳。
息を切らしている。
ずっと探していたのだろう。
その後ろから。
純白の聖女服を纏った少女が降り立つ。
聖女アリシア。
黄金色の髪。
澄んだ蒼い瞳。
神聖そのもののような存在。
クロエとは真逆の少女だった。
アリシアはクロエを見るなり眉を顰める。
「……義務を放棄して居なくなったと思えば」
冷たい声。
「また、トラブルを引き起こしたのですか?」
周囲が凍り付く。
だが。
クロエは反論しなかった。
ただ静かに、輸送トラックを見る。
「……お願いがあるの」
「は?」
アリシアが怪訝そうに目を細める。
その時だった。
グール工作兵団が、輸送トラックの荷台を開いた。
そこに居たのは。
痩せ細った少女達。
獣人。
人間。
エルフ。
そして。
白い布を掛けられた、手足を失った少女達。
「……ッ」
アリシアの表情が変わる。
第一王子も息を呑んだ。
「なんて事を……」
アリシアが青ざめる。
しかし。
次の瞬間。
その蒼い瞳がクロエを睨んだ。
「まさか……貴女がやったのですか!?」
聖騎士達がざわめく。
ユナが怒鳴ろうとした。
だが。
クロエがそれを制した。
「……私の事は、なんて言っても構わないわ」
静かな声。
そして。
クロエは地面へ膝を付く。
「クロエ!?」
第一王子が目を見開く。
だが。
クロエは、そのまま頭を下げた。
土下座。
王都の正門前。
公爵令嬢が。
第一王子の婚約者が。
地面へ額を擦り付ける。
「お願い……」
声が震える。
「この子達を救えるのは、貴方だけなの」
アリシアの瞳が揺れる。
第一王子も絶句していた。
誰より誇り高かったクロエが。
他人のために頭を下げている。
「……」
アリシアは数秒黙り込む。
そして。
少女達を見る。
怯えた瞳。
失われた四肢。
絶望。
聖女として。
見捨てられるはずがなかった。
「……分かりました」
静かな声だった。
「神殿へ搬送します」
⸻
聖騎士達が慌ただしく動き始める。
少女達が次々と神殿へ運ばれていく。
その様子を見て。
クロエは小さく息を吐いた。
「……これで」
ホッとしたように笑う。
「私の役目は果たしたわね」
ユナがクロエを見る。
「クロエ……」
「神殿が保護すれば、あの子達も悪いようにはされないでしょ」
クロエはそう言って笑った。
疲れ切った顔だった。
「行こっか」
ユナは驚く。
「え……?」
「クロエの手足は……?」
当然だった。
ユナは、クロエも治療を受けると思っていた。
だが。
クロエは何も言っていない。
自分の事を。
一切。
「……別にいいわよ」
クロエは視線を逸らす。
「今更だし」
「クロエ……」
ユナが何か言おうとした。
その時。
「待て!!」
第一王子だった。
彼は駆け寄ると、クロエの腕を掴む。
「ッ……!」
クロエの身体が強張る。
そして。
第一王子の表情が凍った。
「……冷たい」
違和感。
硬さ。
人間の感触ではない。
僅かな金属音。
第一王子の瞳が、クロエの腕を見る。
そこには。
関節部分にだけ存在する、僅かな繋ぎ目。
「お前……」
声が震える。
「その手は……どうした?」
クロエは黙る。
第一王子の視線が、ゆっくり下へ落ちる。
脚。
膝。
足首。
そこにも。
同じ繋ぎ目。
そして。
彼の脳裏へ、先程の少女達が蘇る。
手足を失った少女達。
怯えた瞳。
絶望。
そこまで理解した瞬間。
第一王子の顔から血の気が引いた。
「……嘘、だろ」
紫色の瞳が震える。
「クロエ……お前……」
クロエはゆっくり視線を逸らした。
何も答えなかった。
だが。
その沈黙こそが、答えだった。




