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魂と鋼の魔女  作者: カミサマ
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第34話 帰る場所

第34話 帰る場所


 雨は、いつの間にか止んでいた。


 グランヴェイル南区。


 夜明け前の空は薄青く染まり始め、崩壊した地下街へ静かな朝日が差し込んでいる。


 燃え落ちた娼館。


 崩れた賭博場。


 転がる死体。


 硝煙。


 血。


 焦げた臭い。


 地獄のような光景だった。


 その中心を。


 黒いドレスを纏ったクロエ・ハートフィリアが静かに歩いていた。


 コツ……。


 義足が石畳を鳴らす。


 人工皮膚で覆われた脚は、見た目だけなら本物と変わらない。


 だが。


 クロエ自身だけは知っている。


 これは、自分の脚ではない。


「……逃げられた」


 小さく呟く。


 ジェラ。


 黒い糸を操る狂気の人形師。


 クロエの身体を壊し。


 恐怖を植え付けた男。


 思い出しただけで、義手の指先が小さく震えた。


「……ッ」


 クロエは反射的に義手を押さえる。


 怖い。


 今でも。


 あの糸を見るだけで身体が強張る。


 拘束。


 切断。


 快楽。


 矯正。


 思い出したくもない記憶が、未だに脳裏へ焼き付いていた。


 しかも。


 ジェラは生きている。


 また来る。


 必ず。


「……最悪」


 クロエは苦々しく呟いた。


 マフィアは壊滅した。


 だが。


 肝心の怪物だけが消えていない。


 あれはもう、人間ではない。


 執念そのものだ。



 その時。


「クロエ様」


 背後から声がした。


 振り返ると、グール工作兵団が静かに跪いていた。


 血塗れの作業着。


 無機質な仮面。


 死人特有の濁った瞳。


「保護対象の収容、完了」


「……そう」


 クロエは静かに歩き出す。


 崩壊した娼館の奥。


 そこには。


 解放された少女達が集められていた。


 獣人。


 人間。


 エルフ。


 皆、痩せ細っている。


 怯え切った目。


 傷だらけの身体。


 そして――


 手足を失った少女達。


 白い布を掛けられた身体。


 震える肩。


 虚ろな瞳。


「……」


 クロエの足が止まった。


 胸が苦しくなる。


 見たくない。


 でも、目を逸らせなかった。


 そこに居たのは。


 “もし助からなかった自分”だった。


 少女の一人が、怯えたようにクロエを見る。


 黒いドレス。


 死霊軍団。


 返り血。


 まるで魔王。


 当然だ。


 怖くないはずがない。


「……すみません」


 少女が小さく震えた。


「ごめんなさい……」


 クロエは言葉を失う。


 何を謝っているのかも分からない。


 ただ。


 生き残っただけなのに。


「……謝らなくていいわ」


挿絵(By みてみん)


 クロエは静かに答えた。


 だが。


 その声は少し震えていた。



 どうすればいい?


 クロエは少女達を見る。


 このまま解放したところで。


 まともに生きられるはずがない。


 手足を失った少女達が。


 この世界で。


 一人で。


 どうやって?


「……」


 理性では分かっていた。


 見捨てるべきだ。


 ここまで助けただけでも十分だ。


 これ以上抱え込めば、自分まで潰れる。


 だが。


 感情が、それを許さない。


 自分と重なる。


 どうしても。


「……クソ」


 クロエは顔を押さえた。


 感情が上手く制御できない。


 死霊術師らしく。


 冷酷に。


 合理的になれれば楽なのに。


「クロエ」


 ユナが隣へ来る。


 銀髪のウェアウルフ少女は、少女達を見ながら静かに言った。


「聖女様なら、失った手足でも再生できるって噂だニャ」


 クロエの瞳が揺れる。


「……聖女」


 アリシア。


 光の聖女。


 教会の象徴。


 そして。


 クロエにとっての天敵。


 闇属性である自分とは、決して相容れない存在だった。


「教会に頼れって言うの?」


「他に方法あるニャ?」


「……」


 無い。


 少なくとも、クロエには。


 死人は扱えても。


 生者の身体を再生することは出来ない。


「……最悪ね」


 クロエは苦笑した。


 結局。


 自分の感情を優先できなかった。


 放っておけない。


 どこまで行っても。


 自分は悪になりきれない。


「……王都に帰るわよ」


 ユナが目を見開く。


「本気ニャ?」


「嫌だけどね」


 クロエは吐き捨てるように言った。


「でも、それしかないなら行くしかないでしょ」



 次の瞬間。


 クロエの影が広がる。


 黒紫色の魔力が地面を侵食した。


「――第零の櫃、解放」


挿絵(By みてみん)


 ゴゴゴゴゴ……。


 影の中から巨大な物体が浮上する。


 黒鉄の輸送トラック。


 二台。


 さらに。


 重装甲の魔導装甲車が四台。


 死霊術と魔導工学が融合した異形の軍用車両だった。


 少女達が息を呑む。


「な、なに……」


「魔導車……?」


 グール工作兵団が無言で整列する。


 そして。


 運転席へ乗り込んだ。


 死人達がエンジンを起動する。


 ゴォォォォ……。


 低い駆動音。


 朝焼けの街へ響く。


「保護対象を搬送します」


 グール達が少女を丁寧に抱き上げていく。


 その光景を見て。


 一人の少女が、クロエの義手を見る。


「あなたも……」


 クロエは視線を向ける。


 少女は小さく震えながら言った。


「同じ、なんですね……」


「……」


 クロエは少しだけ黙った。


 そして。


 小さく頷く。


「まぁね」


 それだけだった。


 だが。


 少女の表情から、僅かに怯えが消えた。



 朝日が昇る。


 崩壊した南区。


 その中を。


 死霊軍団の車列がゆっくり進み始める。


 輸送トラック。


 装甲車。


 グール兵。


 そして。


 黒いドレスを纏うクロエ。


 まるで亡者の軍勢だった。


 装甲車の上へ腰掛けたクロエは、流れていく街を静かに見つめる。


挿絵(By みてみん)


 王都。


 逃げ出した場所。


 帰りたくなかった場所。


 だが。


 今は戻るしかない。


 義足が静かに駆動音を鳴らす。


 クロエは空を見上げた。


 青空だった。


 なのに。


 胸の奥は、少しも晴れていなかった。

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