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魂と鋼の魔女  作者: カミサマ
33/50

第33話 もう、人形じゃない

第33話 もう、人形じゃない


 雨は止まなかった。


 グランヴェイル南区。


 地下闘技場。


 違法賭博。


 奴隷売買。


 獣人闘技。


 麻薬。


 誘拐。


 この街の腐敗を煮詰めたような場所だった。


 地下へ続く巨大な鉄扉の前で、見張りの男達が煙草を吸っていた。


「ったく、今日は客少ねぇな」


「雨だからだろ」


 その時だった。


 ギギ……。


 重い金属音。


 男達が顔を上げる。


「……あ?」


 暗闇の奥。


 雨の中。


 無数の赤紫色の光が浮かんでいた。


 足音。


 軍靴。


 鎧の軋み。


 そして。


 死臭。


「な、なんだ……?」


 男の声が震える。


 次の瞬間。


 暗闇から現れた。


 黒鉄の重装甲。


 巨大な魔導機関銃。


 腐肉を纏う異形の兵士達。


 グール重装兵団。


「――撃て」


 冷たい声。


 黒いドレスを纏ったクロエが、静かに命令する。


 瞬間。


 ドガガガガガガガガガガッ!!


 紫色の閃光が雨を裂いた。


「ぎゃああああああっ!?」


 見張り達の身体が吹き飛ぶ。


 肉片。


 血飛沫。


 鉄扉ごと粉砕された。


 地下闘技場の空気が凍り付く。


「し、死霊術師だぁぁ!!」


「敵襲!!」


 マフィア達が武器を抜く。


 剣。


 斧。


 魔導弩。


 毒煙。


 だが。


 グール重装兵団は止まらない。


 矢が刺さる。


 肉が抉れる。


 それでも。


 腐肉が蠢き、瞬時に再生する。


「なっ……!?」


「ば、化け物……!」


 グール兵達は無言だった。


 ただ。


 前進する。


 そして。


 撃つ。


 ドガガガガガガッ!!


 魔導機関銃が火を吹いた。


 マフィア達が次々と蜂の巣になる。


挿絵(By みてみん)



 地下闘技場最奥。


 豪華なソファへ腰掛けていた女が、舌打ちした。


「役立たず共が」


 紫色の髪。


 妖艶な化粧。


 細い指先には、毒液が滴っている。


 毒使いサリア。


 南区幹部の一人だった。


「死霊術師ぃ?」


 サリアは嗤う。


「なら、まとめて腐らせてやるよ」


 毒霧が放たれた。


 緑色の煙。


 空気が腐る。


 普通の人間なら数秒で死ぬ猛毒。


 だが。


 グール兵達は止まらなかった。


「……は?」


 サリアの笑みが凍る。


 死体に毒は効かない。


 その瞬間。


 クロエの黄金色の瞳が、冷たくサリアを見た。


「撃て」


 ドガガガガガガガッ!!


「ぎゃあああああっ!?」


挿絵(By みてみん)


 サリアの身体が吹き飛ぶ。


 壁へ叩き付けられた。


 蜂の巣だった。


 クロエは一瞥すらしない。


「次」



 娼館が燃える。


 賭博場が崩壊する。


 奴隷市場の檻が砕け散る。


 解放された獣人達が呆然とクロエを見ていた。


 血塗れ。


 黒いドレス。


 死霊軍団。


 まるで魔王だった。


「……助けて、くれたのか?」


 震える声。


 クロエは振り返らない。


「好きにしなさい」


 冷たい声だった。


「ここは、もう終わりよ」


 崩れた娼館の奥。


 薄暗い部屋の中で、女達が震えていた。


 獣人。


 人間。


 エルフ。


 皆、痩せ細り、怯えた瞳をしている。


 首には、黒い首輪。


 紫色の術式が刻まれていた。


 隷属の首輪。


 命令への逆らえなさ。


 恐怖。


 服従。


 人格すら削り取る呪具。


 クロエの足が、止まる。


「……っ」


 喉が詰まった。


 首輪。


 その形。


 術式。


 全部、覚えている。


 自分が嵌められていた物より粗悪だ。


 だが。


 意味は同じだった。


 少女達の瞳には、生気がない。


 逆らうことを諦めた目だった。


 その時。


 一人の少女が、ゆっくりと口を開いた。


「ご……主人様……」


 震える声。


 反射だった。


 命令を待つように、少女が頭を下げる。


 クロエの黄金色の瞳が揺れた。


 胸の奥が、酷くざわつく。


 まるで。


 数時間前までの自分を見ているようだった。


「……違う」


 クロエは低く呟く。


 そして。


 少女の首輪を掴んだ。


 バキィッ!!


 義手が、首輪ごと術式を握り潰す。


 紫色の光が弾け飛んだ。


「ぁ……」


 少女が呆然とする。


 クロエは次々と首輪を破壊していく。


 義手が軋む。


 金属音。


 だが。


 クロエは止まらない。


「もう、命令されなくていい」


 冷たい声だった。


「好きに生きなさい」


 少女達が呆然とクロエを見る。


 黒いドレス。


 死霊軍団。


 返り血。


 その姿は、

 まるで冥界の魔女だった。


 だが。


 一人の獣人少女が、涙を流す。


「……ありがとう」


 クロエの足が、一瞬だけ止まる。


 義足の駆動音が、静かに鳴った。


 クロエは振り返らない。


 そのまま歩き出す。


 だが。


 黄金色の瞳だけが、僅かに揺れていた。




 その瞬間だった。


 ゾワリ、と。


 クロエの背筋へ悪寒が走る。


「……っ」


 義手が、勝手に動いた。


 指先が痙攣する。


 義足が止まる。


 黄金色の瞳が見開かれた。


「まさか……!」


 パチ、パチ、パチ。


 拍手。


 闇の奥。


 そこに。


 黒髪の青年が立っていた。


「素晴らしい」


 ジェラは微笑む。


「やはり、貴女は最高傑作だ」


「ジェラァァァ!!」


 ユナが雷を放つ。


 だが。


 その瞬間。


 無数の糸が空間へ張り巡らされた。


 紫色の魔力糸。


 見えない蜘蛛の巣。


「ッ!?」


 クロエの身体が止まる。


 義手。


 義足。


 全てへ糸が絡み付いていた。


「やめ……ッ!」


 指が勝手に動く。


 脚が持ち上がる。


 地下工房。


 拘束。


 快楽。


 恐怖。


 矯正。


 記憶が一気に蘇った。


「ぁ……ッ……!」


挿絵(By みてみん)


 呼吸が乱れる。


 身体が震える。


 ジェラは嬉しそうに笑った。


「こんな醜い手足を付けるなんて」


 細い指が動く。


 クロエの義手が無理矢理持ち上がる。


「お仕置きが必要みたいですね?」


 クロエがビクッと震えた。


 顔色が青ざめる。


 ジェラは優雅に続ける。


「そうですねぇ……」


「次は娼館で、ダルマの置物として展示してみますか?」


 その言葉を聞いた瞬間。


 クロエの脳裏へ、先程の娼館で見た光景が焼き付くように蘇った。


挿絵(By みてみん)


 紫色の魔石灯。


 甘ったるい香水の臭い。


 濁った酒。


 男達の下卑た笑い声。


 そして――


 部屋の奥に並べられていた、“展示台”。


 まるで高級な人形でも飾るかのように。


 少女達が座らされていた。


 獣人。


 人間。


 エルフ。


 皆、美しく着飾られていた。


 白い水着。


 宝石。


 レース。


 香油で艶めかしく整えられた髪。


 一見すれば、美しい商品だった。


 だが。


 腕が無い。


 脚が無い。


 虚ろな瞳。


 首輪。


 逃げることも。


 拒絶することも出来ない。


 ただ。


 “飾られていた”。


 客達は、その少女達を眺めながら笑っていた。


 値踏みするように。


 品評するように。


 まるで人間ではなく、物として。


「――ぁ……」


 クロエの呼吸が止まる。


 吐き気が込み上げた。


 もし。


 ユナが助けに来なければ。


 自分も、あそこへ並べられていた。


 白い水着を着せられ。


 手足を奪われ。


 笑顔すら作れないまま。


 虚ろな瞳で、男達に見世物にされていた。


 いや。


 ジェラなら、もっと酷い。


 もっと美しく。


 もっと壊れた“作品”へ作り替えていた。


挿絵(By みてみん)


「いや……ッ」


 クロエの顔から血の気が引く。


 義手が震える。


 義足が軋む。


 まるで。


 今もジェラの糸が、自分の身体へ絡み付いているかのようだった。


 ジェラは、その反応を見て嬉しそうに微笑む。


「おや」


 紫色の瞳が、細く歪む。


「想像できてしまいましたか?」


「……っ」


「皆さんに人形として可愛がって貰えば、少しはドールとしての自覚が湧きますかね?」


「やめ……ッ!!」


 クロエの瞳へ、明確な恐怖が浮かぶ。


 その瞬間。


「クロエ!!」


 ユナが叫んだ。


「あんな奴の言葉に惑わされるな!!」


 銀髪が雷光に照らされる。


「クロエは強いニャ!!」


「……ユナ」


「人形なんかじゃない!!」


 その言葉に。


 クロエの瞳が揺れた。


 そして。


 背後から、巨大な黒炎が噴き上がる。


「王よ」


 低い声。


 髑髏の騎士アーサーだった。


「命令を」


 クロエは息を呑む。


 震える義手を見る。


 違う。


 これは。


 ジェラの手足じゃない。


 自分の手足だ。


 ゆっくりと。


 クロエは顔を上げた。


 黄金色の瞳へ、怒りが宿る。


「アーサー」


 静かな声。


「冥界の炎で――焼き払いなさい」


 次の瞬間。


 黒炎が爆発した。


 ゴォォォォォォッ!!


 冥界の炎。


 死を燃やす漆黒の業火。


 空間を覆っていた糸が、一斉に燃え上がる。


挿絵(By みてみん)


「……おや」


 初めて。


 ジェラの表情から笑みが消えた。


 糸が焼ける。


 崩壊する。


 クロエの身体が自由を取り戻した。


「ぁ……ッ!」


 クロエは自分の意思で、義手を握る。


 震えている。


 でも。


 今度は、自分の意思だった。


「私は……」


 雨の中。


 クロエはジェラを睨み付ける。


「もう、人形じゃない」


 黄金色の瞳が、憎悪で燃えた。


 ジェラは数秒、クロエを見つめる。


 そして。


 嬉しそうに笑った。


「……ますます欲しくなりました」


 次の瞬間。


 無数の人形兵が一斉に動き出す。


 混沌。


 銃声。


 雷鳴。


 悲鳴。


 黒炎。


 戦場が崩壊する。


 その隙に。


 ジェラの姿が闇へ消えた。


「待てッ!!」


 ユナが飛び出そうとする。


 だが。


 もう居ない。


 残っているのは。


 不気味な声だけだった。


「いつか必ず」


 闇の奥から。


 静かな声が響く。


「私のコレクションに入れてあげますからね」


 空気が凍る。


 クロエの義手が、小さく震えた。


 だが。


 その手へ。


 ユナがそっと触れる。


「……もう大丈夫ニャ」


 クロエは黙ったまま。


 ゆっくりと義手を握り締めた。


 雨が降り続いていた。

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