第30話 壊れた人形
第30話 壊れた人形
ギチ――
ギチギチギチ。
関節が軋む音が、地下工房へ響いた。
ユナは目を見開く。
ガラスケースの中にいた少女達が、ゆっくりと立ち上がっていた。
死人のような瞳。
吊られた糸。
不自然に揺れる四肢。
まるで壊れた人形だった。
「……ッ」
ユナが爪を構える。
だが。
少女達は、生きていた。
怯えている。
涙を流している。
それなのに。
身体だけが、勝手に動いていた。
「や……だ……」
「たす、け……」
掠れた声。
しかし。
次の瞬間。
糸が締まり、少女達の身体が無理矢理前へ飛び出した。
ナイフ。
針。
鋼糸。
一斉にユナへ襲い掛かる。
「くッ……!!」
ユナは横へ飛ぶ。
雷が弾ける。
石畳が砕けた。
だが。
反撃出来ない。
「チッ……!」
少女の首元へ爪が届く寸前で、ユナは無理矢理軌道を逸らした。
その隙。
別の少女の蹴りが腹へ突き刺さる。
「ガッ……!」
吹き飛ぶ。
床を滑る。
ユナは舌打ちした。
(やりづらいニャ……!!)
倒せない。
斬れない。
だが。
向こうは本気だった。
⸻
「素晴らしいでしょう?」
ジェラが穏やかに笑う。
「みんな、私の大切なコレクションです」
「……狂ってるニャ」
「よく言われます」
ジェラは肩を竦める。
その指先で、紫色の糸がゆっくりと踊っていた。
そして。
その糸は。
クロエにも繋がっている。
「ッ……!」
ユナがクロエを見る。
クロエは震えていた。
笑顔を作らされながら。
涙を滲ませながら。
黄金色の瞳だけが、必死にユナへ訴えている。
逃げろ、と。
来るな、と。
だが。
ジェラの指が動いた。
ギチリ。
「ぁ……ッ!」
クロエの身体が持ち上がる。
壊れた人形のように。
ぶらり、と。
腕が揺れる。
脚が揺れる。
糸が無ければ、自分の身体すら支えられない。
「やめろォォォ!!」
ユナが叫ぶ。
だが。
クロエの右腕が、ゆっくりと持ち上がった。
黒い魔銃。
ジェラが持たせたのだ。
糸が指へ絡み付く。
引き金へ。
「や、め……ッ」
クロエの声が震える。
だが。
止まらない。
黄金色の瞳から涙が零れ落ちる。
「嫌ぁぁぁぁッ!!」
発砲。
轟音。
ユナが横へ飛ぶ。
紫電が散る。
背後の柱が吹き飛んだ。
「クロエ!!」
「来るなぁぁぁッ!!」
クロエが叫ぶ。
しかし。
身体は止まらない。
再び照準が向く。
糸が、無理矢理指を動かしていた。
ユナは歯を食い縛る。
「クソッ……!」
⸻
ジェラは、うっとりとクロエを見ていた。
「やはり美しい」
「壊れかけの人形は、最高ですね」
「黙れッ!!」
ユナの雷が炸裂する。
青白い閃光。
稲妻が地下工房を貫いた。
ジェラの糸へ直撃する。
バチバチバチィッ!!
「――ぁ」
クロエの右腕へ繋がっていた糸が、焼き切れた。
一瞬。
沈黙。
そして。
ゴトリ。
クロエの右腕が、床へ落ちた。
「……え」
ユナの顔が凍り付く。
クロエの身体が傾く。
支えを失った人形みたいに。
ガクン、と。
床へ崩れ落ちた。
「ぁ……ッ!!」
クロエは、自分で身体を支えられない。
立てない。
起き上がれない。
指一本、動かせない。
ただ。
床へ転がることしか出来なかった。
「クロエ……?」
ユナの声が震える。
クロエは顔を伏せる。
黒髪が散らばる。
「見るな……」
掠れた声。
「見るなッ!!」
叫ぶ。
涙が零れる。
「見るなぁぁぁぁッ!!」
その声は。
怒りではなかった。
壊れそうな悲鳴だった。
⸻
ジェラが、落ちた腕を拾い上げた。
「駄目ですよ」
優しい声。
まるで壊れた玩具を扱うように。
「大切に扱わないと」
「触るニャァァァァッ!!」
ユナが飛び込む。
雷を纏った爪が、ジェラへ迫る。
だが。
無数の糸が空間を走った。
少女達が立ち塞がる。
「ッ……!!」
ユナは止まる。
斬れない。
その瞬間。
鋼糸がユナの肩を切り裂いた。
「ガァッ!!」
血が飛ぶ。
ジェラは静かに笑った。
「優しいですね」
「だから、壊れてしまう」
ユナの瞳へ怒りが宿る。
雷が激しく弾けた。
「……絶対に」
爪が石畳へ食い込む。
「絶対に、お前を殺すニャ」
ジェラは微笑む。
そして。
床へ崩れ落ちているクロエを見下ろした。
「ですが」
「その子は、もう歩けませんよ?」
ユナの瞳が揺れる。
クロエは、悔しそうに唇を噛み締めていた。
涙を流しながら。
壊れた人形のように、床へ転がったまま。




