第27話 人形の檻
第27話 人形の檻
目を覚ました時。
クロエは、白い天井を見上げていた。
ぼんやりと揺れるシャンデリア。
甘ったるい香水の香り。
柔らかな寝具。
だが。
その空間には、生理的嫌悪感を催すほどの違和感があった。
「……っ」
起き上がろうとした瞬間。
全身へ鈍い痛みが走る。
糸。
見えない何かが、全身へ絡み付いていた。
指。
腕。
脚。
首。
腰。
関節の奥へ入り込むような不快感。
まるで身体そのものを誰かに握られている感覚だった。
「……気持ち悪い」
クロエは顔を顰める。
その瞬間。
カチャ。
部屋の扉が開いた。
「おはようございます、クロエ」
入ってきたのは、ジェラだった。
黒いスーツ。
病的に白い肌。
細い指。
そして。
糸。
紫色に光る呪いの糸が、彼の指先から幾重にも伸びていた。
「……アンタ」
クロエが睨み付ける。
だが。
身体が動かない。
ジェラが指を軽く動かしただけで、クロエの身体は勝手にベッドへ座らされた。
「っ……!」
ギリ、と歯を噛み締める。
「やめなさい」
「駄目です」
ジェラは微笑む。
「暴れると傷が付くでしょう?」
その言い方は。
まるで高級な陶器でも扱うようだった。
⸻
そこは、ジェラのアトリエだった。
街の地下深く。
存在すら知られていない秘密の空間。
薄暗い廊下には、無数の人形が並んでいる。
ガラスケース。
絵画。
ドレス。
香水。
そして。
糸で吊られた“人形達”。
クロエは、奥の部屋へ連れて行かれた。
そこで待っていたのは、数人のメイドだった。
「本日の衣装はこちらです」
差し出されたのは。
黒と紫を基調にした、レースだらけのゴシックドール衣装だった。
コルセット。
フリル付きのドールスカート。
ガーターベルト。
そして、猫耳のカチューシャと黒い尻尾。
まるで“観賞用の人形”そのものだった。
「…………は?」
クロエの黄金色の瞳が、据わった。
「嫌よ」
「そうですか」
ジェラが指を動かす。
次の瞬間。
クロエの身体が勝手に動いた。
「っ!?」
服が脱がされる。
腕が上がる。
脚が動く。
身体が、自分の意思を完全に無視して操られていた。
「や、やめ――」
ゴシックドール衣装が着せられる。
猫耳。
尻尾。
首輪。
クロエの顔が一気に赤く染まった。
「……殺す」
低い声。
だが。
ジェラは嬉しそうだった。
「とても似合っています」
「死ね」
「その反抗的な目も素敵です」
クロエのこめかみに青筋が浮かぶ。
ジェラが、満足そうに指を動かす。
次の瞬間。
クロエの身体が、ゆっくりと宙へ持ち上がった。
「っ……!?」
脚が開く。
猫耳付きのゴシックドール衣装。
白い太腿。
しなやかな身体が、見世物の人形のように無理矢理ポーズを固定されていく。
「や、やめなさい……!」
糸が関節へ食い込む。
クロエの左脚が、高く持ち上げられた。
まるで舞台展示用のフィギュアのような、美しさだけを追求した柔軟姿勢。
糸が身体を支え、完璧な角度で静止させる。
クロエの顔が一気に赤く染まった。
「~~~~ッ!!」
羞恥で涙目になる。
だが。
口元だけは、糸によって無理矢理笑顔へ吊り上げられていた。
ジェラは、その姿をうっとりと眺める。
「素晴らしい」
「本当に美しい」
「やはり、あなたは最高傑作になれます」
クロエは震える指へ力を込める。
だが、動かない。
黄金色の瞳だけが、強い殺意を宿していた。
(……絶対に殺す)
⸻
そして。
ジェラが指を動かした。
クロエの身体が、勝手に四つん這いになる。
「っ!?!?」
猫のようなポーズ。
尻尾が揺れる。
しかも。
口元まで糸で引っ張られ、無理矢理笑顔を作らされていた。
「~~~~ッ!!」
羞恥で耳まで赤くなる。
だが。
止められない。
「にゃー、と言ってください」
「誰が言うか!!」
ジェラが指を弾いた。
クロエの唇が、勝手に動く。
「……にゃ、ぁ……」
沈黙。
クロエの顔が真っ赤になった。
「~~~~~~ッ!!」
黄金色の瞳に涙が滲む。
悔しい。
恥ずかしい。
殺したい。
だが。
身体が言うことを聞かない。
ジェラはうっとりとクロエを眺めていた。
「素晴らしい」
「本当に」
「完璧な人形だ」
⸻
それから、一週間。
クロエは、“人形”として扱われ続けた。
朝。
メイド達が髪を梳かす。
長い黒髪を丁寧に整えられ、リボンを付けられる。
昼。
衣装を変えられる。
水着。
ドレス。
メイド服。
踊り子衣装。
ジェラは、クロエを様々な姿へ着せ替えて楽しんでいた。
夜。
音楽が流れる。
糸が動く。
クロエの身体が、勝手に踊り始める。
優雅に。
美しく。
まるで舞台人形のように。
「……っ」
クロエは必死に抵抗する。
だが。
糸が食い込む。
手首。
脚。
関節。
血が滲む。
その瞬間。
ジェラが眉を顰めた。
「駄目です」
糸が緩む。
「傷が付くでしょう?」
クロエは息を荒げながら睨み付ける。
「アンタ……本当に頭おかしいわ」
「よく言われます」
ジェラは微笑んだ。
⸻
食事ですら地獄だった。
長いテーブル。
対面へ座るジェラ。
クロエの腕が、勝手にスプーンを掴む。
口へ運ぶ。
咀嚼する。
全部、糸で操られていた。
「……ッ」
自分で食べている感覚が無い。
まるで。
誰かの身体を中から見ているようだった。
「口元に付きましたよ」
ジェラがハンカチでクロエの口元を拭う。
クロエは本気で嫌そうな顔をした。
「触らないで」
「嫌われましたね」
「当たり前でしょう」
ジェラは少しだけ困ったように笑った。
「ですが、私はあなたを気に入っています」
クロエは即答する。
「最悪」
⸻
そして。
ある日。
クロエは再び抵抗した。
糸を引き千切ろうと、無理矢理魔力を流す。
しかし。
封魔の呪具が反応した。
「ッ……!!」
激痛。
魔力回路が焼ける。
クロエの身体が崩れ落ちた。
糸が食い込み、肌から血が滲む。
ジェラの表情が、初めて曇る。
「……そんなに嫌ですか?」
「嫌に決まってるでしょう……!」
クロエが睨む。
ジェラは少し考えた後。
穏やかに言った。
「なら、娼館送りにも出来ますが」
空気が止まった。
「観賞用の人形と、娼館」
「どちらが良いですか?」
クロエは歯を食い縛る。
屈辱。
怒り。
悔しさ。
全部が込み上げる。
だが。
理解していた。
ジェラは本気だ。
逆らえば、本当に売る。
長い沈黙の後。
クロエは、悔しそうに俯いた。
「……観賞用の方が……マシよ」
その声は、震えていた。
ジェラは嬉しそうに微笑む。
「安心しました」
細い指が、クロエの頬へ触れる。
「私はあなたを大切に扱います」
クロエは、その手を殺意の籠もった瞳で睨み付けた。
(……絶対に殺す)
口元だけは、糸によって笑顔へ吊り上げられたまま。




