第25話 満月に吠える獣
第25話 満月に吠える獣
夜。
深森の奥で、焚き火が静かに揺れていた。
ワイバーンとの戦闘を終えたクロエ達は、森の中で野営をしていた。
スケルトン工作兵団が手際よく設営した軍用テント。
周囲には警戒用のスケルトン兵が巡回している。
装甲車のエンジン音も止まり、森には虫の鳴き声だけが響いていた。
クロエは椅子へ腰掛けながら、地図を広げる。
「ここを抜ければ、次はリヴィエール街道ね……」
紅茶を一口飲む。
そんなクロエの向かい側では、ユナがまだ興奮していた。
「機関銃、凄かったニャ!」
尻尾をぶんぶん振っている。
「ワイバーンがバラバラになったニャ!」
「アンタちょっと楽しみ過ぎじゃない?」
「だって楽しかったニャ!」
ユナは目を輝かせる。
「空飛んでる怪物を撃ち落とすとか最高ニャ!」
クロエは呆れたように溜息を吐いた。
「ウェアウルフって、みんなそんな戦闘狂なの?」
「知らないニャ。でも身体が勝手に楽しくなるニャ」
ユナは焚き火の前へ座り込む。
だが。
その直後だった。
「……っ」
ユナの耳が、小さく震えた。
クロエが視線を向ける。
「ユナ?」
「……何でもないニャ」
そう言う声が、少し掠れていた。
呼吸も荒い。
顔も赤い。
クロエは眉を顰める。
「アンタ、顔真っ赤じゃない」
「へ、平気ニャ……」
ユナは視線を逸らした。
だが、様子が明らかにおかしい。
尻尾は落ち着きなく揺れ続け、耳も敏感に反応している。
しかも。
やたらとクロエの方ばかり見ていた。
「……?」
クロエが不思議そうに首を傾げた時だった。
雲が流れる。
夜空に浮かぶ巨大な満月が、森を青白く照らした。
その瞬間。
ユナの身体がビクリと震えた。
「ッ……!」
赤紫色の瞳が、一気に深紅へ染まる。
バチッ――!!
青白い電撃が、ユナの身体から漏れ出した。
「ちょっ!?」
空気が焦げる。
雷属性魔力が暴走していた。
「ユナ!?」
「……クロエ」
声が熱い。
獣のようだった。
ユナはふらつきながら立ち上がる。
「アンタ、本当に大丈夫――」
「いい匂いするニャ……」
「は?」
クロエが固まる。
ユナは完全に様子がおかしかった。
熱に浮かされたような瞳。
荒い呼吸。
紅潮した頬。
そして。
獲物を見る肉食獣のような視線。
「ちょ、ちょっと待ちなさい」
「無理ニャ……」
ユナが一歩近付く。
バチバチッ!!
再び雷が漏れる。
「身体、変ニャ……」
その声には、苦しさが混じっていた。
「落ち着きなさい」
「無理ニャ……!」
次の瞬間。
ユナがクロエへ飛び掛かった。
「きゃっ――!?」
押し倒される。
椅子ごと地面へ倒れ込んだ。
クロエの上へ、ユナが覆い被さる。
「ユ、ユナ!?」
近い。
熱い。
獣の匂い。
満月に照らされた赤い瞳。
そして。
バチィィィッ!!
「ンアアッ!?」
強烈な電撃がクロエの身体を貫いた。
背中が跳ねる。
金色の瞳が見開かれた。
「ちょっ……痛っ……!」
ユナの身体から、制御不能になった雷が漏れていた。
クロエへ抱き付くたび、電流が流れる。
「離れなさい!」
「やニャ……!」
ユナはクロエへしがみついたまま離れない。
まるで甘える獣だった。
しかも。
理性が完全に飛びかけている。
「クロエ……」
「な、何よ!?」
次の瞬間。
ユナがクロエの唇へ噛み付くようにキスした。
「――っ!?」
クロエの思考が止まる。
柔らかい感触。
熱。
そして感電。
「んぅっ……!?」
再び電撃が走った。
クロエの身体がびくりと震える。
ユナは離れない。
むしろ擦り寄るように抱き締めてくる。
「ユナッ!!」
クロエは顔を真っ赤にしながら叫んだ。
「良い加減にしなさい!!」
直後。
森の暗闇。
スケルトン狙撃兵団が一斉に照準を合わせる。
パンッ!!
小さな破裂音。
麻酔弾がユナの首筋へ突き刺さった。
「ニャ……?」
ユナの身体から、力が抜ける。
そのまま、クロエの胸元へ倒れ込んだ。
「すぅ……」
寝た。
完全に寝た。
静寂。
クロエはしばらく硬直したまま、呆然としていた。
「…………は?」
髪は乱れ。
服は引っ張られ。
身体はまだ少し痺れている。
しかも。
胸元へ顔を埋めて眠るユナ。
クロエの額へ、ぴくりと青筋が浮かんだ。
「……この馬鹿猫」
⸻
翌朝。
森へ差し込む朝日と共に、ユナはゆっくり目を覚ました。
「……ニャ?」
ぼんやりと目を擦る。
頭が重い。
身体も妙に怠かった。
「……何で地面で寝てるニャ?」
視線を動かした瞬間。
少し離れた場所で、クロエが無言で紅茶を飲んでいた。
黒髪は少し乱れている。
服も微妙に皺だらけだった。
そして。
もの凄く不機嫌そうだった。
「……クロエ?」
ユナが首を傾げる。
クロエは答えない。
ただ、じぃっとユナを見ている。
「な、何ニャ……?」
その目が怖い。
いつもの冷たい視線とは違う。
なんというか。
怒っているのに、少しだけ気まずそうだった。
「アンタ」
クロエが静かに口を開く。
「昨日のこと、覚えてる?」
「昨日?」
ユナは少し考える。
「ワイバーン倒して……」
「その後」
「……?」
本気で分かっていない顔だった。
クロエの額へ、ぴきりと青筋が浮かぶ。
「覚えてないの?」
「ニャ?」
ユナは困惑した。
「何かあったニャ?」
沈黙。
クロエは紅茶を飲む。
無言。
だが耳だけ少し赤い。
ユナの視線が、クロエの服へ向いた。
「……何で服ボロボロニャ?」
「誰のせいだと思ってるのよ」
「ニャ!?」
ユナが飛び起きる。
「わ、私!?」
「アンタ以外誰がいるの」
クロエはムスッとしながら言う。
「いきなり押し倒すし、感電させるし、離れないし……」
ユナの顔がみるみる赤くなった。
「えっ」
「えっ」
「キスまでしてきたし」
「ニャアアアアアアアッ!?」
ユナの悲鳴が森へ響いた。
耳と尻尾が爆発したように逆立つ。
「う、嘘ニャ!? 私そんな事したニャ!?」
「したわよ」
クロエはジト目だった。
「しかも、かなり必死だったわね」
「忘れてニャアアアアア!!」
ユナは頭を抱えて転げ回る。
顔が真っ赤だった。
クロエはそんな姿を見ながら、小さく溜息を吐く。
「……馬鹿猫」
そう呟く声音は。
昨日より、ほんの少しだけ柔らかかった。




