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魂と鋼の魔女  作者: カミサマ
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第24話 満月の夜

第24話 満月の夜


 深森街道を、黒い装甲車が爆走していた。


 巨大なタイヤが泥を巻き上げ、鬱蒼とした森の中を轟音と共に突き進む。


 枝葉が窓を叩き、夜風が装甲車の表面を唸るように撫でていく。


「速っ!? 速いニャァァァ!!」


挿絵(By みてみん)


 車内で、ユナが窓へ張り付いていた。


 灰色の獣耳がぴこぴこと忙しなく動き、尻尾まで大きく揺れている。


「何ニャこれ!? 本当に馬いないニャ!?」


「うるさいわね……」


 後部座席で地図を広げていたクロエが、呆れたように溜息を吐く。


「魔導エンジンで動いてるのよ」


「意味分からないニャ!?」


 ユナは完全に興奮していた。


 村から出たことなど殆ど無い。


 ましてや、こんな鉄の怪物に乗るなど初めてだった。


 窓の外を流れていく森を見ながら、子供のように目を輝かせる。


「しかも全然揺れないニャ! 馬車より凄いニャ!」


「中古だけどね」


「これ中古なの!?」


 クロエは適当に返しながら紅茶を口に運ぶ。


 前方では、スケルトン工作兵団が無言で操縦を続けていた。


 そんな時だった。


 ――グギャアアアアアアッ!!


 耳障りな咆哮が、夜空を裂く。


 ユナの耳がピクリと動いた。


「……上ニャ!」


 次の瞬間。


 巨大な影が、森の上空を横切った。


 黒い鱗。


 蝙蝠のような翼。


 鋭い牙。


 長い尾。


 ワイバーン。


 しかも、一体ではない。


 十数体もの群れが、装甲車を追うように空を旋回していた。


挿絵(By みてみん)


 巨大な翼が羽ばたく度、森全体が揺れる。


 木々の上空を旋回するだけで、小枝が吹き飛び、葉が暴風に巻き上げられていく。


 ワイバーン。


 人里近くへ現れれば、それだけで村一つが壊滅すると言われる災害級の魔物。


 鋼の鎧すら貫く牙。


 人間を丸呑みに出来る顎。


 そして、空から一方的に獲物を蹂躙する飛行能力。


 冒険者ギルドでも、群れとの交戦は禁止級に指定されていた。


 そんな怪物達が、獲物を見つけた肉食獣のように装甲車を追っていた。


「うわっ、多いわね」


 クロエが少しだけ眉を顰める。


 ワイバーンはA級に近い危険種だ。


 飛行能力に加え、火炎ブレスを吐く厄介な魔物として知られている。


 ユナが窓から身を乗り出す。


「追ってきてるニャ!」


「みたいね」


 直後。


 先頭のワイバーンが口を大きく開いた。


 灼熱の炎が吐き出される。


 ゴォォォォォォォッ!!


挿絵(By みてみん)


 爆炎が装甲車を呑み込んだ。


 熱風だけで周囲の木々が爆ぜる。


 湿った森が、一瞬で灼熱地獄へ変わった。


 炎に触れた巨木が燃え上がり、枝葉が崩れ落ちる。


 普通の馬車なら、乗員ごと一瞬で炭になっていただろう。


「燃えたニャァァァ!?」


「騒がない」


 クロエは平然としていた。


 炎の中を、装甲車が何事も無かったかのように突き抜ける。


 黒い装甲板が赤熱しているだけだった。


「……え?」


 ユナが固まる。


「だから言ったでしょ」


 クロエは紅茶を飲みながら淡々と言った。


「そこらの魔物程度じゃ、この装甲車は壊れないわ」


「意味分からないニャ……」


 ユナは本気で困惑していた。


 その間にも、ワイバーン達は上空を旋回し続ける。


 獲物を逃がす気は無いらしい。


 次の瞬間。


 一体のワイバーンが急降下した。


 巨大な爪が、装甲車の天井へ叩き付けられる。


 ギャリィィィィン!!


 凄まじい金属音。


 車体が大きく揺れた。


「ニャァァァッ!?」


 ユナが悲鳴を上げる。


 鋼鉄製の装甲板へ、深い爪痕が刻まれていた。


 もし生身の人間なら、胴体ごと引き裂かれていた威力だった。


「しつこいわね」


 クロエは小さく溜息を吐く。


 そして。


「ユナ」


「ニャ?」


「撃ち落としてきなさい」


 天井ハッチを指差した。



 装甲車上部。


 夜風が吹き荒れる。


 ユナは機関銃座へよじ登りながら、目を丸くした。


「な、何ニャこれ……」


 巨大な黒鉄の機関銃。


 弾帯。


 回転機構。


 普通の人間なら、見ただけで扱いを諦める代物だった。


「そこ握って引き金引くだけよ」


「雑ニャ!?」


 クロエの声が下から聞こえる。


 ワイバーンの群れが急降下してきた。


「来るニャァァァ!!」


 ユナは咄嗟に引き金を握る。


 ドガガガガガガガガガッ!!


 轟音。


 火花。


 大量の薬莢が飛び散った。


 12.7mm弾が夜空を切り裂く。


 先頭のワイバーンの翼へ直撃した。


「ギャアアアアアッ!?」


 翼が弾け飛ぶ。


 巨体が回転しながら森へ墜落した。


「……え?」


 ユナが目を瞬かせる。


 そして。


「落ちたニャ!!」


 赤紫色の瞳が輝いた。


「楽しいニャァァァ!!」


挿絵(By みてみん)


 ドガガガガガガガッ!!


 再び銃火が夜空を裂く。


 今度は別個体の頭部が吹き飛んだ。


 血と鱗を撒き散らしながら、ワイバーンが墜落する。


「ニャハハハハハ!!」


 ユナは完全にテンションが上がっていた。


 動体視力。


 反射神経。


 野生の勘。


 ウェアウルフとしての能力が、初めて触る機関銃と異様な相性を見せていた。


 クロエは車内からそれを見上げ、小さく目を細める。


「……センスあるわね」


 普通なら初見で扱える武器ではない。


 それなのに、ユナは既に偏差射撃まで感覚で覚え始めていた。


 ワイバーン達が火炎を吐く。


 だが。


 装甲車は止まらない。


 森を突き進みながら、対空機関銃が次々と飛竜を撃ち落としていく。


 まるで移動要塞だった。



 数十分後。


 最後のワイバーンが、炎を撒き散らしながら森へ墜落する。


 轟音。


 木々が倒れ、炎が燃え広がる。


 ユナは息を呑んだ。


 村に居た頃、ワイバーンは“空の死神”だった。


 群れに遭遇すれば逃げるしかない。


 それほど危険な魔物。


 なのに。


 自分は今、その怪物を撃ち落としている。


 恐怖より先に、高揚感が込み上げていた。


「全部落としたニャ……!」


「上出来」


 クロエは装甲車から降りる。


 周囲には、墜落したワイバーンの死体が散乱していた。


 折れた翼。


 砕けた牙。


 まだ煙を上げる黒い鱗。


 ユナが近付く。


「ワイバーンってこんな簡単に倒せるのかニャ?」


「普通は倒せないわよ」


 クロエは死体を見下ろす。


「装備が悪いだけ」


 そう言いながら、ワイバーンの頭部へ触れた。


 黄金色の瞳が静かに細まる。


「……飛行戦力は便利そうね」


「ニャ?」


 クロエは指を鳴らした。


「第10,002の櫃」


 空間が歪む。


 黒い巨大な棺が、森の中へ出現した。


 紫色の魔法陣。


 黒霧。


 冷たい冥界の気配。


 ユナが引き攣った顔になる。


「また増やす気ニャ!?」


「当然でしょ」


 棺の扉が開く。


 内部には、黒霧に包まれた冥界の空が広がっていた。


 ワイバーンの死体が、一体ずつ闇へ沈んでいく。


挿絵(By みてみん)


「空を飛べる駒は貴重なのよ」


「死体見る目が完全に軍人ニャ……」


 ユナが後退る。


 クロエは平然としていた。


「そのうち空から黒炎吐けるようになるかもしれないし」


「怖いニャ!?」


 スケルトン工作兵団が黙々と死体回収を続ける中、クロエは静かに満月を見上げた。


 夜空には、大きな月が浮かんでいる。


 その光を見た瞬間。


 ユナの耳が、ぴくりと震えた。


「……っ」


 クロエが横目で見る。


「ユナ?」


 だが。


 ユナは答えなかった。


 ただ。


 赤紫色の瞳だけが、ゆっくりと赤く染まり始めていた。

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