第21話 深森街道
第21話 深森街道
馬車の車輪が、軋む音を立てながら深い森の中を進んでいた。
鬱蒼と茂る木々。
昼だというのに薄暗い空。
湿った土の臭い。
遠くから聞こえる獣の唸り声。
ここは、ロレントと次の街を繋ぐ“深森街道”。
魔物の出没が多く、まともな商隊ですら護衛を雇わなければ通れない危険地帯だった。
当然、定期便の馬車など殆ど存在しない。
だから。
「……買えば良いじゃない」
クロエは中古の荷馬車を丸ごと買い取った。
現在、その御者席には黒装束のスケルトン工作兵団が座っている。
骨の手が無言で手綱を握り、黙々と馬車を進ませていた。
普通の人間が見れば悲鳴を上げそうな光景だったが、クロエは全く気にしていない。
むしろ。
「……お尻痛い」
荷台のクッションへ埋もれながら、クロエは不満げに呟いた。
石畳でも無い悪路。
揺れる車体。
硬い座席。
前世の車や電車に慣れていたクロエからすると、馬車の乗り心地はかなり劣悪だった。
「サスペンションって偉大だったのね……」
誰も理解できない感想を漏らしながら、クロエは小さく溜息を吐く。
⸻
その時だった。
森の奥で、木々が激しく揺れた。
ガサガサッ!!
次の瞬間。
巨大な影が飛び出してくる。
灰色の毛皮。
鋭い牙。
赤い瞳。
ウルフ型魔物――グレイファング。
「グルルルルルッ!!」
数は五。
馬車を囲むように森から飛び出した。
だが。
クロエは荷台で寝転がったまま、ちらりと視線を向けるだけだった。
「……うるさいわね」
直後。
パンッ!!
乾いた破裂音が森へ響く。
「ギャインッ!?」
一体の頭部が吹き飛んだ。
続けて。
パンッ!!
パンッ!!
パンッ!!
森の木陰。
いつの間にか配置されていたスケルトン狙撃部隊が、魔銃による精密射撃を行っていた。
グレイファング達は何が起きたのか理解する間もなく、次々と倒れていく。
最後の一体が逃げようと振り返った瞬間。
パンッ!!
後頭部を撃ち抜かれ、地面へ崩れ落ちた。
静寂。
再び森は静かになる。
クロエは欠伸をした。
「……ちゃんと周囲警戒してるのね。偉いわ」
スケルトン狙撃部隊は無言だった。
ただ静かに魔銃を下ろし、再び森の闇へ溶けるように消えていく。
⸻
その日の夜。
クロエ達は森の中で野営していた。
開けた空間。
焚き火。
無数のスケルトン達。
工作兵団が慣れた手付きでテントを設営していく。
骨の指が杭を打ち込み、ロープを固定し、あっという間に野営地が完成していく光景は、異様でありながら妙に洗練されていた。
更には。
鍋でシチューを作っているスケルトンまで居る。
「……便利よねぇ」
クロエは折り畳み椅子へ座りながら、しみじみ呟いた。
誰も文句を言わない。
疲れない。
逃げない。
しかも有能。
クロエからすると、非常に快適だった。
木々の隙間から見える夜空を眺めながら、クロエはスープを口へ運ぶ。
「ん、美味しい」
工作兵団の料理技術は、地味に高かった。
そんな中。
クロエは、ふと荷馬車へ視線を向ける。
ギシ……。
古い車体が嫌な音を立てた。
「……やっぱり乗り心地悪いのよね」
クロエは小さく眉を顰める。
そして。
「第零の棺」
空間が歪む。
黒い巨大な棺が、森の中へ出現した。
禍々しい漆黒の棺。
地面へ刻まれる紫色の魔法陣。
周囲の空気が、僅かに震える。
スケルトン工作兵団達が一斉に跪いた。
棺の扉が、ゆっくり開く。
ギギギギギ……
重たい音。
そして。
中から現れたのは、“鉄の怪物”だった。
黒い装甲。
分厚い車輪。
鋼鉄の車体。
重厚な魔導装甲車。
異世界の技術体系では到底説明できない異質な兵器だった。
クロエは、その車体を軽く叩く。
「やっぱり、こっちの方が快適そうね」
次の瞬間。
荷馬車が闇収納へ吸い込まれる。
代わりに、装甲車が森の中へ鎮座した。
工作兵団達は即座に動き始める。
整備。
燃料確認。
魔導機関点検。
そして、一体のスケルトンが運転席へ座った。
骨の手がハンドルを握る。
クロエは満足そうに頷く。
「うん。文明って素晴らしいわ」
⸻
翌朝。
深森街道を、一台の黒い装甲車が走っていた。
重低音。
回転する車輪。
巻き上がる土煙。
森の魔物達は、その異様な鉄の塊を見るだけで逃げ出していく。
そして運転席には、無表情な骸骨。
窓際では、黒髪に黄金の瞳を持つ少女が、コーヒー片手に外を眺めていた。
「……揺れないって最高ね」
その姿は、もはや旅人というより。
移動する災厄そのものだった。




