表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魂と鋼の魔女  作者: カミサマ
2/24

第2話 クロエ・ハートフィリア

第2話 クロエ・ハートフィリア


 ――寒い。


 それが、最初の感覚だった。


 黒木絵里は、ゆっくりと意識を浮上させる。


 重い瞼。


 鉛のように怠い身体。


 喉の奥に残る、焼けるような苦味。


「……ぅ」


 小さく呻きながら、絵里は目を開いた。


 視界に映ったのは、見覚えのない天井だった。


 白い装飾。


 豪華なシャンデリア。


 見慣れない異国風の家具。


「……ここ、は?」


 掠れた声が漏れる。


 その瞬間。


 脳裏へ大量の記憶が流れ込んできた。


「っ――!?」


 激痛。


 頭の奥を掻き回されるような感覚に、絵里は思わず頭を押さえた。


 断片的な映像。


 豪華な屋敷。


 冷たい視線。


 嘲笑。


 罵声。


 そして――。


『闇属性なんて不吉だ』


『出来損ない』


『殿下に相応しくない女』


 無数の声が頭の中へ響く。


「……何、これ」


 絵里は荒い呼吸を繰り返しながら、必死に情報を整理する。


 ここは日本ではない。


 少なくとも、自分の知る世界ではない。


 そして。


 自分は既に死んだ。


 魔女狩り教団との戦い。


 親友を人質に取られ、最後に転生魔術を発動した。


 そこまでは覚えている。


 問題は、その後だった。


 絵里はゆっくりと、自分の手を見る。


 白い指。


 細い腕。


 だが、その姿には見覚えがあった。


「……私?」


 鏡を見なくても分かる。


 この身体は、前世の自分とよく似ていた。


 黒髪。


 白い肌。


 そして――。


 黄金色の瞳。


 だが、明らかに違う部分もある。


 身体が異常に弱い。


 呼吸が浅い。


 全身に倦怠感が纏わり付いている。


 まるで、身体の奥が腐っているような感覚。


「闇属性の侵食……?」


 口にした瞬間。


 再び、断片的な記憶が流れ込んできた。


 クロエ・ハートフィリア。


 それが、この身体の名前だった。


 公爵令嬢。


 第一王子の婚約者。


 そして――闇属性の魔力を持つ少女。


 だが、その人生は幸福とは程遠かった。


 闇属性は忌み嫌われている。


 負のエネルギー。


 死。


 呪い。


 不吉の象徴。


 クロエは幼い頃から恐れられ、疎まれ、蔑まれて生きてきた。


 しかも。


 魔術の才能は低い。


 闇属性に魂を蝕まれ、身体は虚弱。


 魔力制御も不安定。


 名門魔術学園では落ちこぼれ扱い。


 家柄だけで第一王子の婚約者になった無能。


 陰では、そんな風に呼ばれていた。


「……酷い人生ね」


 絵里は静かに呟く。


 そこで、ふと視線が机へ向いた。


 引き出しが少しだけ開いている。


 絵里はゆっくり立ち上がり、それを開いた。


 中に入っていたのは、一冊の日記だった。


 クロエの日記。


 絵里は静かにページを捲る。


挿絵(By みてみん)


『今日も殿下は私を見てくれなかった』


『アリシア様は優しくて素敵な方だった』


『どうして私は上手く出来ないのだろう』


『皆が怖い』


『殿下に嫌われたくない』


『もっと頑張らないと』


 ページを捲る度に、胸が重くなる。


 そこに居たのは、悪女ではなかった。


 愛されたかっただけの少女だ。


 周囲に認められたかった。


 婚約者に振り向いてほしかった。


 だが、その努力は全て空回りしていた。


 悪い噂を流され。


 冤罪を押し付けられ。


 誰からも信じてもらえず。


 最後には――。


 絵里の視線が、最後のページで止まる。


『もう疲れた』


『私なんて居なくなればいい』


『殿下、ごめんなさい』


 そして。


 机の奥には、小瓶が転がっていた。


 毒薬。


 絵里は静かに目を閉じる。


「……服毒自殺、ね」


 胸の奥が、少しだけ痛んだ。


 その時だった。


 ガチャリ、と扉が開く。


「ようやく起きたか」


 冷たい声。


 絵里が視線を向ける。


 そこに立っていたのは、金髪の青年だった。


 整った顔立ち。


 王族特有の威圧感。


 第一王子――シオン・エスパーダ。


 クロエの婚約者。


 だが、その瞳に優しさは無い。


 向けられているのは、露骨な嫌悪だった。


「ふん」


 シオンは鼻で笑う。


「どうせ、また俺の気を引こうとして倒れたフリでもしていたんだろう?」


「…………」


「全く、くだらない女だ」


 後ろに控える使用人達も、小さく笑っていた。


 嘲笑。


 侮蔑。


 誰もクロエを心配していない。


 絵里は、その光景を静かに見つめる。


(なるほど)


 クロエが壊れる訳だ。


 誰も味方が居ない。


 愛されない。


 信じてもらえない。


 それでいて、周囲からは悪女扱い。


 絵里は小さくため息を吐いた。


(この体の持ち主には悪いけど)


 そして、ゆっくり顔を上げる。


 黄金色の瞳が、シオンを真っ直ぐ見据えた。


(好きに生きさせてもらうわよ)


 今度の人生で求めるものは、一つだけ。


 平穏。


 静かな暮らし。


 誰にも追われず、怯えずに生きること。


 その為なら、全部捨てる。


 絵里――クロエは静かに口を開いた。


「悪いけど」


 声は驚くほど冷めていた。


「今、気分が悪いの。出て行ってくれるかしら?」


挿絵(By みてみん)


「……は?」


 シオンが目を見開く。


 使用人達も固まった。


 今までのクロエなら、自分へ縋り付いていた。


 必死に愛想を振り撒き、嫌われまいとしていた。


 だが、今のクロエは違う。


 その視線は冷たい。


 まるで、下らないゴミでも見るような目。


 シオンは眉を顰めた。


(……何だ、こいつは)


 別人のようだった。


 いや。


 本当に別人になったかのような違和感がある。


 だが、シオンはすぐに不快そうに顔を歪めた。


「ふん」


 吐き捨てるように言う。


「言われなくても、貴様の顔など見たくもない」


 そして、そのまま踵を返して出て行った。


 使用人達も慌てて後を追う。


 静寂が戻る。


 クロエはゆっくり息を吐いた。


「……さて」


 まずは情報収集だ。


 この世界の知識。


 魔術体系。


 国家情勢。


 神殿。


 貴族社会。


 そして、自分の立場。


 生き残るには、知らなければならない。


 クロエは静かに立ち上がる。


 向かう先は、一つ。


 ハートフィリア家の大書庫だった。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ