第1話 魂と鋼の魔女
第1話 魂と鋼の魔女
東京湾岸地区。
深夜零時。
本来なら眠りに包まれているはずの工業地帯は、地獄の戦場へ変わっていた。
爆炎。
銃声。
崩れ落ちる高架道路。
赤黒い炎が夜空を焦がし、黒煙が高層ビル群を覆い尽くしている。
そして。
その戦場の中心には、“死者の軍勢”が居た。
カタカタと骨を鳴らす白骨兵。
腐敗した肉体を引き摺る屍兵。
漆黒の甲冑を纏った騎士型アンデッド。
数千。
いや、数万にも及ぶ不死者達が、武装集団と激突していた。
「撃て!! 撃ち続けろ!!」
黒い戦闘服を纏った男達が叫ぶ。
自動小銃。
ロケットランチャー。
対魔術装備。
現代兵器による凄まじい火力が、不死者達を次々と吹き飛ばしていく。
だが。
死者は止まらない。
頭を撃ち抜かれても。
腕を失っても。
脚を砕かれても。
それでも立ち上がり、前へ進み続ける。
まるで死そのものの軍勢だった。
「化け物め……!」
「怯むな! 魔女を殺せば終わる!!」
男達の視線が、一斉に“空”へ向けられる。
そこに、一人の少女が浮かんでいた。
漆黒のロングコート。
夜風に揺れる黒髪。
黄金色に輝く瞳。
年齢は二十歳前後。
だが、その姿から放たれる威圧感は、人間のものではない。
彼女の周囲には、無数の銃火器が浮遊していた。
突撃銃。
狙撃銃。
拳銃。
さらには、鋼鉄の破片や鉄骨までもが重力を失ったように宙を舞っている。
それら全てが、少女の意思に従っていた。
黒木絵里。
現代に生き残る最後の魔女。
そして――。
『魂と鋼の魔女』と呼ばれる存在だった。
「……しつこいわね」
絵里は冷たい瞳で地上を見下ろす。
彼女の周囲へ、青白い魔法陣が幾重にも展開された。
同時に。
浮遊していた数十丁の自動小銃が、一斉に男達へ照準を向ける。
「撃ちなさい」
次の瞬間。
銃火器が火を噴いた。
轟音。
弾幕。
鋼の嵐。
魔力によって操作された無数の銃弾が、雨のように降り注ぐ。
「ぐああああっ!?」
「伏せろ!!」
武装集団が次々と吹き飛ぶ。
血飛沫。
断末魔。
爆炎。
その光景は、もはや戦争だった。
いや。
一方的な虐殺に近い。
だが、それでも。
男達は退かなかった。
「神の敵を殺せ!!」
「魔女を滅ぼせ!!」
狂信的な叫び声。
彼らの胸元には、銀色の十字紋章が刻まれていた。
魔女狩り教団。
中世から続く、異端殲滅組織。
神の力を授かった狂信者達は、数百年に渡って魔女を狩り続けてきた。
そして今。
最後の魔女を殺す為に、ここへ集結していた。
「本当に面倒ね……」
絵里は小さく息を吐く。
右手を軽く振る。
瞬間。
地面に突き刺さっていた鉄骨が宙へ浮かび上がった。
数十本。
いや、数百本。
鋼の槍となった鉄骨が、一斉に教団員達へ向けられる。
「終わりよ」
鉄の豪雨が放たれた。
轟音と共に、教団員達が串刺しになる。
装甲車すら貫通し、爆発炎上した。
その圧倒的な光景に、生き残った教団員達の顔が恐怖に染まる。
「ば、化け物……!」
「これが……最強の魔女……!」
絵里は無表情だった。
既に何百人殺したかも覚えていない。
だが。
その時だった。
「――動くな」
低い声。
絵里の瞳が細まる。
視線の先。
崩れたコンテナの陰から、一人の少女が引き摺り出されていた。
「っ……!」
絵里の表情が、初めて揺らぐ。
「……美咲」
拘束されているのは、親友だった。
普通の人間。
魔術とは無縁の少女。
だからこそ、絵里が唯一、戦いへ巻き込みたくなかった存在。
その首筋へ、教団員が短剣を突き付けていた。
「武器を捨てろ、魔女」
男が嗤う。
「さもなくば、この娘を殺す」
空気が凍った。
絵里の周囲で浮遊していた銃火器が、静かに停止する。
「……汚いわね」
「魔女狩りに綺麗も何もあるか」
男は勝ち誇ったように笑う。
「貴様は強過ぎた。だから、こうするしかなかった」
絵里は黙っていた。
黄金色の瞳が静かに揺れる。
そして。
ゆっくりと右手を下ろした。
次の瞬間。
轟音が響いた。
「ッ――!!」
凄まじい衝撃。
教団が隠していた対魔術砲撃。
超高濃度の聖銀弾が、絵里の身体を貫いた。
鮮血が夜空へ散る。
空中でバランスを崩し、絵里の身体が地面へ落下した。
「絵里ィッ!!」
美咲の悲鳴。
だが、教団員達は止まらない。
「撃て!! 殺せ!!」
無数の銃口が絵里へ向けられる。
血が流れる。
身体が動かない。
魔力回路が焼き切れていく。
死が近い。
だが。
絵里は笑った。
「……そう」
口元から血を流しながら。
それでも、不敵に笑う。
「なら、最後まで足掻いてあげる」
その瞬間。
絵里の背後に、巨大な黒い棺が現れた。
99999の闇の棺。
一族が代々受け継いできた、魔女の秘宝。
その棺へ、無数の魔術言語が浮かび上がる。
「我が魂を対価に」
黄金色の瞳が、妖しく輝いた。
「転生魔術――発動」
世界が、黒く染まった。




