第19話 首狩り
第19話 首狩り
暗い路地裏で衛兵達から情報を吐かせた後、クロエは宿へ戻った。
机の上に広げられているのは、下水道で手に入れた証拠の写し。
奴隷売買の帳簿。
港湾倉庫の使用記録。
賄賂の流れ。
そして、衛兵達から聞き出したロレント伯爵家の名前。
「……思ったより根が深いわね」
クロエは頬杖をつき、面倒臭そうに資料を眺める。
「第一の棺。ロレント伯爵家を洗いなさい」
影が揺らぐ。
スケルトン諜報部隊が音もなく現れた。
「人脈、収入源、兵力、財産、裏稼業との繋がり。全部よ」
黒装束の骸骨達は、静かに闇へ消えた。
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数日後。
クロエの元には、ロレント伯爵家の全容が集まり始めていた。
ダイヤモンド鉱山。
違法薬物の農場。
奴隷商人達との取引。
衛兵やギルド職員への賄賂。
裏社会の組織との癒着。
その全てが、伯爵家の権力を支えていた。
「権力って、結局お金なのよね」
クロエは冷めた声で呟く。
「なら、まずはお金を断ちましょう」
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その夜。
ロレント伯爵家所有のダイヤモンド鉱山。
坑道の奥で、スケルトン工作兵団が無言で爆薬を仕掛けていた。
骨の指が異様なほど正確に導火線を組み、支柱の要所へ魔導爆薬を固定していく。
そして。
轟音。
山が揺れた。
鉱山の入口が崩落し、採掘用の設備が炎に包まれる。
伯爵家の大きな収益源が、一夜にして沈黙した。
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ロレント伯爵邸。
「鉱山が崩落……?」
レオーネは報告書を見ながら眉を顰めた。
「は、はい……!」
「坑道が完全に潰れたと……」
レオーネは深く溜息を吐き、紅茶へ口を付けた。
「たかが鉱山一つでしょう?」
苛立ちは見せている。
だが、まだ余裕はあった。
ロレント伯爵家は巨大な財力を持つ。
一つ潰れた程度では揺るがない。
――そのはずだった。
「復旧を急がせなさい」
「はい……」
使用人が頭を下げる。
だが、その声には既に怯えが混じっていた。
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同じ夜。
郊外の隠し農場。
違法薬物の原料となる植物が一面に広がっていた。
そこへ潜り込んだスケルトン諜報部隊が、青白い鬼火を灯す。
次の瞬間。
炎が走った。
乾いた薬草畑は一気に燃え広がり、夜空を赤く染める。
農場の管理者達が駆け付けた時には、もう全てが灰になっていた。
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「農場も全焼……?」
レオーネの声が僅かに掠れる。
「……偶然?」
鉱山崩落。
農場炎上。
タイミングが近過ぎる。
偶然にしては、出来過ぎていた。
赤い瞳が、僅かに揺れる。
「……誰かが、私を狙ってる?」
部屋の空気が静まり返った。
だが、誰も答えられない。
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そして、街の裏通り。
奴隷商人達が一人、また一人と消えていく。
倉庫の奥。
酒場の裏口。
地下取引所。
闇の中から現れたスケルトン暗殺部隊が、音もなく命を刈り取っていく。
悲鳴は無かった。
ただ翌朝、裏社会には噂だけが広がった。
黒衣の死兵が来る。
青白い鬼火を見た者は帰らない。
そして――首狩りが歩いている。
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処刑人のジャック。
No.101。
クロエは街の浄化を、彼に任せた。
「犯罪組織と賞金首。好きに処理していいわ」
ジャックは無言で首切り刀を担いだ。
「首は?」
「賞金首だけでいいわ。証明に使えるから」
その夜から、ロレントの裏社会は震え上がった。
盗賊団の首領。
海賊の密輸頭。
闇商会の護衛隊長。
賞金首達の首が、冒険者ギルドの裏口へ次々届けられた。
誰が持ってきたのかは分からない。
ただ、血の付いた賞金首の証明札だけが添えられていた。
今夜もまた、首が増える。
その噂は、裏社会を静かに蝕み始めていた。
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「……裏切り者が居るわね」
レオーネの声が冷える。
次々と情報が漏れている。
収益源を、正確に潰されている。
偶然ではあり得ない。
「使用人を全員調べなさい」
「ギルド側との連絡も洗い直して」
「衛兵にも裏切り者が居るはずよ」
使用人達の顔色が変わる。
屋敷の空気が、少しずつ壊れ始めていた。
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その頃。
クロエはカフェで紅茶を飲んでいた。
窓の外では、街が妙に静かだった。
犯罪者達が消え始めたからだ。
夜の通りから怒鳴り声が減り、裏路地から危険な気配が薄れていく。
「……案外、住みやすくなったわね」
クロエは小さく呟く。
まるで他人事のように。
だが、彼女の影の中では、今日も死者の軍勢が動いていた。
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「どうして同時に起きるのよ……」
レオーネは机へ両手を突いた。
返事は無い。
静かだった。
使用人達は誰も目を合わせない。
部屋の中には、重苦しい沈黙だけが広がっていた。
レオーネは、その空気に初めて寒気を覚える。
まるで。
屋敷全体が沈み始めているようだった。
「お嬢様……奴隷商会側が、こちらとの取引を打ち切ると……」
「ふざけないで!!」
レオーネは机の上の花瓶を叩き落とした。
砕けた陶器が床へ散らばる。
「待ちなさい……!」
レオーネの声に、僅かな焦りが混じる。
だが。
側近達は、もう以前のように動かなかった。
視線を逸らす者。
無言で俯く者。
その態度が、何より雄弁だった。
――誰も、伯爵家の沈みかけた船へ乗り続けたくないのだ。
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数日後。
ロレント伯爵家は完全に孤立した。
裏社会は離反。
衛兵は沈黙。
ギルドの内通者も姿を消した。
使用人達も逃げ始めた。
⸻
屋敷は静かだった。
いや。
静か過ぎた。
いつも居た使用人達の姿が無い。
衛兵も居ない。
廊下に響くのは、自分の足音だけ。
「……何よ」
レオーネは無意識に呟く。
返事は無い。
その時。
遠くで、扉が閉まる音がした。
ガチャン。
レオーネの背筋に、冷たいものが走る。
⸻
そして最後に、レオーネを裏切ったのは、彼女が長年利用してきた奴隷商人達だった。
「何をするの!? 私はロレント伯爵家の――!」
「もう伯爵家に金は無ぇ」
奴隷商人の男が冷たく笑う。
「それに、あんたなら高く売れる」
「や、やめなさい!」
レオーネは後退る。
だが、もう誰も彼女を守らない。
いつもなら、命令一つで人が動いた。
衛兵が跪き。
使用人が従い。
奴隷達が怯えた。
なのに今は。
誰も居ない。
「……嫌」
初めてだった。
自分が、“値踏みされる側”へ落ちたのは。
鎖の音。
閉じられる扉。
かつて人を売っていた令嬢は、今度は自分が商品として運ばれていく。
その行き先は、彼女が何度も人を送り込んできた場所。
オークの国だった。
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翌朝。
クロエは馬車乗り場にいた。
黒いフードを深く被り、荷物は少ない。
ロレントの街は、どこか落ち着きを取り戻し始めていた。
腐った根は、ほとんど切り落とした。
「もう、この街での仕事は終わりね」
クロエは馬車に乗り込む。
車輪が動き出す。
ロレントの街並みが、ゆっくり遠ざかっていく。
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その頃。
入れ違いのように、王都から第一王子シオンの一行がロレントへ到着していた。
王家の監査官。
近衛騎士。
封鎖命令。
伯爵家への強制捜査。
そして、伯爵家取り潰し。
屋敷は封鎖され、やがて取り壊されることになる。
シオンは崩壊した伯爵邸を静かに見上げた。
金庫は空。
帳簿は消失。
裏社会は壊滅。
夜の街は、不気味なほど静かだった。
そこにクロエの姿は無い。
けれど。
この街に残された痕跡の全てが、彼女の存在を示していた。
「まさか……一人で片付けたのか」
シオンは小さく呟く。
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その頃、馬車の中。
クロエは揺れる座席に身体を預けながら、眠そうに欠伸をしていた。
「……次は、もう少し静かな街がいいわね」




