第18話 衛兵
第18話 衛兵
市場を歩きながら、クロエは小さく欠伸をした。
両手には紙袋。
焼き立てのパン。
果物。
串焼き。
どこにでも居る普通の少女のような光景。
だが。
(……三人)
黄金色の瞳が僅かに細まる。
尾行。
気配の隠し方が甘い。
視線も雑。
素人に毛が生えた程度だった。
クロエは何事も無いように歩き続ける。
だが、その足取りは少しずつ変化していた。
人通りの多い大通り。
露店の並ぶ市場。
賑やかな広場。
そこから徐々に、人の少ない路地へ進路を変えていく。
細い裏道。
薄暗い石畳。
湿った空気。
そして。
気付けば周囲から人影は消えていた。
クロエは静かに足を止める。
「……出てきたら?」
次の瞬間。
背後から鎧の擦れる音が響いた。
「動くな」
数人の衛兵達が姿を現す。
剣。
槍。
簡易魔導具。
完全に包囲する形だった。
先頭の男が、威圧的に告げる。
「貴様を、港湾爆破及び大量殺人、器物破損の容疑で拘束する」
「へぇ」
クロエはゆっくり振り返る。
その表情に焦りは無い。
まるで、他人事のようだった。
「随分と物騒な話ね」
「抵抗するなよ」
衛兵の男が鼻で笑う。
「上からの命令だ」
「平民の冒険者一人が逆らえる相手じゃない」
クロエは小さく目を細めた。
(……やっぱり)
権力側。
予想通りだった。
だが。
クロエは逃げない。
むしろ。
静かに笑った。
「そう」
その瞬間。
ヒュッ――
空気を裂く音。
「っ!?」
衛兵達の身体が硬直する。
いつの間にか。
黒装束の骸骨達が、全員の背後へ立っていた。
スケルトン暗殺部隊。
青白い鬼火。
喉元へ突き付けられた鋭いナイフ。
誰一人、気配すら察知できなかった。
「な……」
「いつ……!?」
衛兵達の顔色が変わる。
クロエは静かに歩み寄った。
コツ。
コツ。
石畳へ靴音が響く。
「質問するわ」
黄金色の瞳が冷たく細まる。
「誰の差し金?」
沈黙。
だが。
衛兵の一人が怒鳴った。
「ふ、ふざけるな!!」
「こんな事をして、ただで済むと思っているのか!?」
「俺達は衛兵だぞ!!」
状況を理解していない。
未だに、自分達の権力が通用すると思っている。
クロエは小さく溜息を吐いた。
「……なるほど」
次の瞬間。
空間が歪む。
黒い棺が路地裏へ現れた。
衛兵達の顔から血の気が引く。
「な、何だ……?」
第六の棺。
棺の扉が、ゆっくり開く。
ギギギギギ……
軋む音。
闇。
そして。
中から巨大な影が姿を現した。
スケルトン拷問官。
異様に長い腕。
錆び付いた拘束具。
無数の拷問器具。
青白い鬼火が闇の奥で揺れている。
「ひっ……!」
衛兵の一人が悲鳴を漏らした。
拷問官が、ゆっくり首を傾ける。
骨が軋む不快な音が、静かな路地へ響いた。
クロエは、その横へ立つ。
「答えるつもりが無いなら仕方ないわね」
ニコリ。
少女は柔らかく微笑んだ。
だが、その笑みは恐ろしく冷たい。
「彼に聞いてもらうのと、どっちが良い?」
「――ッ!!」
衛兵達の顔色が完全に青ざめる。
「ま、待て!!」
「喋る!喋るから!!」
あっさりだった。
クロエは少しだけ呆れたように目を細める。
「最初からそうすれば良かったのに」
衛兵達は震えながら白状する。
「ろ、ロレント伯爵家だ……!」
「伯爵令嬢の使用人から命令された!」
「黒髪の女を捕まえろって……!」
「港の件を全部押し付けろって言われたんだ!!」
クロエは静かに目を閉じる。
(……やっぱり)
予想通り。
だが。
「想像以上に腐ってるわね」
小さく溜息を吐く。
衛兵。
ギルド。
貴族。
全部繋がっている。
そして何より。
相手は既に、自分を認識して動いている。
クロエは少しだけ面倒臭そうに髪を掻き上げた。
「はぁ……」
深い溜息。
「せっかく無視してあげようとしていたのに……」
衛兵達が怯えた目でクロエを見る。
暗い路地。
黒衣の少女。
死霊。
闇。
まるで、自分達が化物へ喧嘩を売ってしまったかのようだった。
クロエは静かに笑う。
その黄金色の瞳には、冷たい光が宿っていた。
「そっちがその気なら……仕方ないわね」
その頃。
路地裏を見下ろす建物の屋根の上では、一人の影が夜風に髪を揺らしていた。
浅黒い肌。
妖艶な笑み。
細身に見えて、鋼のように引き締まった肉体。
腰には湾曲した曲刀。
“紫風”の異名を持つ傭兵。
オカマは、頬杖を突きながら、路地裏の光景を見下ろしていた。
衛兵達は完全に腰を抜かしている。
暗殺部隊。
拷問官。
そして。
黒衣の少女。
まるで、衛兵達の方が獲物のようだった。
「……だから忠告したのに」
オカマは呆れたように溜息を吐く。
「おバカねぇ」
だが、その瞳は僅かに細められていた。
先日の港での戦い。
あの時感じた違和感。
死霊軍団を指揮しながら、一切取り乱さなかった少女。
そして今。
衛兵に囲まれてなお、余裕すら崩していない。
オカマは静かに笑った。
「ほんと……何者なのかしら、アレ」
夜風が吹き抜ける。
その瞬間。
クロエがふと視線を上げた。
黄金色の瞳が、真っ直ぐ屋根の上を捉える。
「……っ」
オカマの笑みが、一瞬だけ固まった。
距離はある。
気配も消していた。
それなのに。
“見られた”。
そんな感覚が走る。
だが。
クロエは何も言わない。
ただ一瞬だけ視線を向けると、再び衛兵達へ視線を戻した。
オカマは乾いた笑みを漏らす。
「……やっぱり嫌だわぁ、アレと本気でやるの」




