第17話 包囲網
第17話 包囲網
ロレント貴族街。
豪奢なシャンデリアが黄金色の光を落とす大広間で、レオーネ・フォン・ロレントは優雅に紅茶を口へ運んでいた。
深紅のドレス。
金糸の刺繍。
長い金髪。
まるで人形のように美しい。
だが、その赤い瞳の奥には冷たい嗜虐が宿っている。
足元では、鎖に繋がれた奴隷の女が静かに震えていた。
口枷を嵌められ、声も出せない。
レオーネは退屈そうに視線を落とす。
「……遅いわね」
その時。
大広間の扉が開いた。
「お待たせぇ」
気怠そうな声。
入ってきたのは、あのオカマだった。
浅黒い肌。
無駄の無い筋肉。
妖艶な笑み。
腰には湾曲した曲刀。
風属性の闘気使い――“紫風”。
ソードマスター級に迫る怪物。
だが。
レオーネは椅子へ腰掛けたまま、つまらなそうに頬杖を付いている。
「遅いわ」
「忙しいのよぉ、ワタシも」
オカマはワインを受け取ると、そのままソファへ腰掛けた。
「で? 今日は何の用?」
レオーネは机の上の写真を滑らせる。
そこには、黒髪に黄金色の瞳を持つ少女が写っていた。
クロエ・ハートフィリア。
オカマの目が、一瞬だけ細くなる。
「あら」
「知ってる顔かしら?」
「えぇ」
オカマは笑う。
だが、その笑みは先日の余裕とは少し違った。
「あの港を壊した小娘よぉ」
レオーネは楽しそうに目を細める。
「捕まえて欲しいの」
オカマは沈黙した。
数秒。
そして。
「嫌よぉ」
即答だった。
レオーネの眉が僅かに動く。
「理由を聞いても?」
「あのバケモノ相手にするなら、普段の十倍は積んで貰わなきゃ割に合わないわ」
ワインを揺らしながら、オカマは肩を竦める。
「転移じみた闇魔術」
「死霊軍団」
「異常な指揮能力」
「しかも本人も冷静」
「アレ、絶対まだ本気じゃないもの」
レオーネは鼻で笑った。
「大袈裟ね」
「そう思うなら自分で行きなさいな」
オカマは紅い唇を吊り上げる。
「臆病なくらいが長生きするのよぉ?」
レオーネの赤い瞳が僅かに冷える。
「貴方がそこまで言うなんて意外だわ」
「命は一つしか無いもの」
オカマは笑いながら立ち上がる。
「ワタシは金にならない仕事は嫌いなの」
そう言い残し、そのまま部屋を出ていく。
静寂。
レオーネは不機嫌そうに足を組み替えた。
その動きで、足元の奴隷女の頭が床へ押し潰される。
「んっ……!」
「鬱陶しいわね」
ヒールで頭を踏み付けながら、レオーネは冷たく呟く。
そして。
ゆっくり笑った。
「……なら、別の方法を取りましょう」
⸻
ロレント衛兵詰所。
数人の衛兵達が机を囲んでいた。
その中央へ、重たい袋が置かれる。
金貨。
ぎっしり詰まっている。
衛兵達の喉が鳴った。
「黒髪の女を探しなさい」
レオーネの側近が冷たく告げる。
「港湾爆破」
「大量殺人」
「器物破損」
「奴隷商人襲撃」
「十分、犯罪者として成立するわ」
「で、ですが……」
一人の衛兵が躊躇う。
「あの港の件、オークが絡んでるって噂も……」
「関係ある?」
側近の声が冷えた。
「貴方達は、伯爵家に逆らうの?」
沈黙。
衛兵達は顔を見合わせる。
そして。
袋の金貨を見る。
「……分かりました」
側近は満足そうに笑った。
「賢明ね」
机へ、一枚の似顔絵が置かれる。
黒髪。
黄金の瞳。
フード付きの黒衣。
「この女を見つけ次第、拘束しなさい」
⸻
一方、その頃。
クロエは市場を歩いていた。
両手には紙袋。
中にはパンや果物、肉の串焼きが入っている。
「……平和ねぇ」
昨日まで港で死闘を繰り広げていたとは思えない。
街はいつも通り賑わっていた。
だが。
クロエは気付いていない。
既に、自分を探す視線が街中へ広がり始めていることを。
路地裏。
酒場。
衛兵詰所。
黒髪の少女を探す者達が動き始めていた。
そして。
市場の遠く。
一人の衛兵が、クロエの横顔を見て立ち止まる。
「……黒髪?」
クロエはまだ気付かない。
自分が今、ロレントの権力者達から狙われ始めていることを。




