第15話 少しやり過ぎたわね
第15話 少しやり過ぎたわね
翌朝――いや、既に昼過ぎだった。
クロエはベッドの上でぐったりと横になっていた。
「……だるい」
気怠い。
とにかく全身が重い。
指一本動かすのすら億劫だった。
昨日。
第101番の棺を強引に解放した反動が、今になって一気に押し寄せていた。
魔力回路が焼け付くように痛む。
特に胸の奥。
魔力コア周辺の違和感が酷い。
(……急激に魔力量が増え過ぎたせいね)
魂喰らい。
大量の魂。
そして第101番。
短期間で無理矢理力を引き出した結果、魔力コアの“器”が現在の魔力量へ適応し切れていない。
身体が拡張に追いついていないのだ。
だから怠い。
だから眠い。
まるで高熱でも出しているようだった。
「……んぅ」
クロエはベッドへ顔を埋める。
柔らかい枕が気持ち良い。
このまま一日中寝ていたい。
だが。
「……お風呂」
港の煤と血の臭いを思い出し、クロエは渋々身体を起こした。
⸻
湯気が立ち昇る。
温かな湯へ肩まで浸かり、クロエは小さく息を吐いた。
「はぁ……」
熱が身体へ染み渡る。
戦闘の疲労。
精神疲労。
魔力疲労。
ようやく少しだけ和らいでいく。
濡れた黒髪が肩へ張り付く。
窓の外では、ロレントの街並みが見えていた。
今日も人々は生きている。
昨日、あれだけの騒ぎが起きたとは思えないほど、街は普通に動いていた。
だが。
遠くには、まだ黒煙が上がっている。
港だった。
「……まぁ、そうなるわよね」
港区画を半壊させたのだ。
当然、街中が大騒ぎになっているだろう。
クロエは湯を掬いながら、ぼんやり考える。
昨日のオカマ。
あの異常な強さ。
(ソードマスター級……)
恐らく、本物ではない。
だが。
限りなく近い。
少なくとも、今のクロエが正面から戦って勝てる相手ではなかった。
ジャック。
狙撃部隊。
突撃部隊。
全てを投入して、ようやく互角。
(この世界、思ってたより危険ね)
クロエは少しだけ目を細めた。
今までの相手は、軍勢で押し潰せた。
だが、本当に強い個には、数が通じない。
あのオカマは、それを教えてきた。
⸻
風呂から上がったクロエは、黒いフード付きの服へ着替える。
まだ少し怠い。
だが、腹は減っていた。
「……何か食べましょ」
⸻
ロレント中央区。
石畳の大通りは、昼間だというのに妙に騒がしかった。
「港が吹き飛んだらしいぞ!」
「オークの死体が山ほど出たって……」
「死霊の軍勢が現れたんだと!」
「黒髪の魔女だ!!」
あちこちで噂話が飛び交っている。
衛兵達も慌ただしく走り回っていた。
街中が、昨日の事件一色だった。
クロエはフードを深く被りながら歩く。
そのまま通り沿いのカフェへ入った。
⸻
窓際の席。
クロエは運ばれてきたコーヒーへ口を付ける。
「……苦」
だが、美味しい。
疲れた身体へ染み渡る。
窓の外では、人々が未だ騒いでいた。
「死霊使いだってよ!」
「いや、冥府の魔女だ!」
「港を丸ごと燃やしたらしい!」
クロエは小さく苦笑した。
「……少しやり過ぎたわね」
完全に都市伝説扱いだった。
まぁ、実際かなり暴れた。
港爆破。
奴隷船沈没。
オーク壊滅。
普通に考えて大事件である。
クロエはコーヒーを飲みながら考える。
(さて……依頼の報告はどうしようかしら?)
オークの死体。
奴隷商人の資料。
貴族との繋がりを示す証拠。
全て闇収納へ保管してある。
提出すれば、事件解決として大功績になるだろう。
だが。
(目立つのは避けたいのよねぇ)
クロエは現在、絶賛家出中である。
目立てば面倒になる。
しかも。
(貴族が絡んでる以上、ギルドも腐敗してる可能性が高い)
証拠を渡したところで、握り潰される可能性は十分ある。
最悪。
証拠隠滅。
口封じ。
あり得る話だった。
クロエは頬杖を付きながら窓の外を見る。
ロレントは思った以上に深い闇を抱えている。
オークだけではない。
人間側も腐っている。
そして。
(昨日のオカマ……)
あの実力。
あれほどの強者が、ただの傭兵として雇われていた。
つまり。
この世界には、まだ見ぬ怪物達が山ほど存在している。
今のクロエでは、まだ足りない。
もっと強くなる必要がある。
「……はぁ」
考えることが多過ぎた。
その時。
「お待たせしました〜♪」
店員が満面の笑みで皿を置く。
クロエの前へ現れたのは――
三段重ねのふわふわパンケーキだった。
たっぷりの生クリーム。
溶けるバター。
黄金色のシロップ。
甘い香りがふわりと広がる。
「……」
クロエは数秒考える。
そして。
「……まぁ、後で考えればいっか」
思考を放棄した。
今は、それより。
目の前のパンケーキの方が重要だった。




