第13話 第七码頭
第13話 第七码頭
夜のロレント港。
潮風が静かに吹き抜ける。
無数の倉庫。
積み上げられた貨物。
そして、海へ停泊する巨大な黒い奴隷船。
船体には鉄格子付きの小窓が並び、まるで巨大な牢獄だった。
港には武装したオーク達が巡回している。
だが、その空気は妙だった。
港で働く人間達は、誰もオーク達と目を合わせようとしない。
まるで、“見ないふり”をしているようだった。
見張り台。
桟橋。
倉庫屋根。
完全武装の警備網。
だが。
既に、その港には“死”が潜り込んでいた。
⸻
倉庫街の屋根の上。
スケルトン狙撃部隊が静かに伏せている。
青白い鬼火だけが暗闇に浮かぶ。
照準。
呼吸。
標的固定。
次の瞬間。
――パシュッ。
小さな破裂音。
見張りのオークの眉間へ穴が空いた。
崩れ落ちる。
だが、誰も気付かない。
別の屋根。
別の見張り。
再び。
――パシュッ。
一人。
また一人。
港の警備兵が静かに消えていく。
潮風だけが吹いていた。
⸻
その頃。
スケルトン工作兵団は港中へ散開していた。
倉庫の裏。
船底。
積荷の隙間。
火薬樽。
爆薬。
魔導起爆装置。
無言のまま、工作兵達が港を“爆破準備”していく。
そして。
更なる闇が動き出した。
「第七の棺、解放」
クロエの背後に漆黒の棺が現れる。
棺の扉がゆっくり開く。
中から現れたのは、十体のスケルトン暗殺部隊。
黒装束。
短刀。
サプレッサー付き拳銃。
完全なる暗殺特化部隊。
鬼火の光すら抑え込まれている。
存在感そのものが薄い。
視界から外した瞬間、どこに居るのか分からなくなるほどだった。
「制圧開始」
次の瞬間。
暗殺部隊は闇へ溶けるように消えた。
⸻
港湾倉庫前。
一人のオークが退屈そうに欠伸をする。
「……暇だな」
その瞬間。
背後から骨の手が口を塞いだ。
「ッ!?」
銀色の刃が喉を裂く。
鮮血。
悲鳴すら上がらない。
別の場所でも。
別の見張りでも。
闇の中から現れた骸骨達が、静かに命を刈り取っていく。
ナイフ。
絞殺。
消音射撃。
気付けば。
港は異様なほど静まり返っていた。
潮風だけが吹いている。
さっきまで聞こえていた見張り達の声は、もうどこにも無かった。
⸻
クロエは静かに目を閉じる。
魂で繋がった諜報部隊の視界が流れ込んでくる。
『捕虜確認』
『奴隷船地下』
『倉庫地下にも複数』
『総数百二十七』
「……多いわね」
クロエは小さく呟く。
そして命令する。
「工作兵団。港の灯を全て破壊」
次の瞬間。
ガシャン!!
バリン!!
港中の魔導灯が次々破壊される。
光が消えた。
港が闇へ沈む。
月明かりだけが海面を照らしている。
その闇の中で、青白い鬼火が静かに灯った。
悲鳴。
怒号。
「な、何だ!?」
「灯が消えたぞ!!」
混乱。
だが。
闇こそ、クロエの領域だった。
「第八の棺、解放」
空間が歪む。
巨大な棺が現れた。
その扉が開いた瞬間。
重武装の骸骨達が次々姿を現す。
スケルトン突撃部隊。
その数、二百。
防弾装備。
アサルトライフル。
閃光弾。
突入用装備。
完全武装の制圧部隊。
「突入」
次の瞬間。
閃光弾が港を白く染めた。
轟音。
悲鳴。
そして。
死兵達が一斉に奴隷船へ雪崩れ込む。
⸻
船内は地獄だった。
腐臭と潮風が混ざり合っている。
湿った船底には、鎖に繋がれた人々が折り重なるように押し込められていた。
鎖。
鉄檻。
泣き声。
怯える人々。
だが。
オーク達が武器を構えるより早く。
突撃部隊の銃口が火を吹く。
銃弾。
血飛沫。
制圧。
死兵達は一切迷わない。
瞬く間に船内が制圧されていく。
クロエも船内へ足を踏み入れた。
その時。
背筋が凍る。
殺気。
本能が叫んでいた。
避けろ、と。
(っ――)
クロエは反射的に後方へ飛んだ。
次の瞬間。
さっきまで首があった位置を、湾曲した曲刀が通り過ぎる。
空気が裂けた。
背後の鉄壁へ、深い斬撃痕が刻まれる。
まともに受けていれば、首ごと両断されていただろう。
「あら」
闇の中から声が響く。
「殺ったと思ったのに」
そこに立っていたのは、大柄な人影だった。
だが。
ハイオークのような怪物ではない。
細い。
いや。
無駄が削ぎ落とされている。
浅黒い肌。
引き締まった筋肉。
長い手足。
そして、不気味なほど妖艶な笑み。
男なのに、どこか女のようだった。
だが、その奥にあるのは色気ではない。
“殺し”に慣れ切った獣の気配だった。
「あんた、予想より良い動きするじゃない?」
曲刀を肩へ担ぎながら、細身の男が嗤う。
その瞳には、絶対的な自信が宿っていた。
クロエは静かに目を細める。
(……強い)
瞬時に理解する。
今までの敵とは格が違う。
空気が違う。
気配が違う。
そして何より。
この男は、“殺し”に慣れ過ぎていた。
船の闇の中。
骸骨達の青白い鬼火が揺れる。
男は楽しそうに笑った。
「さぁて……」
「どっちが殺されるのかしらねぇ?」




