11*Appear
Appear――現れる
▼C17H15ClN4S
私とリタリンさんは瑠璃光総合病院の病棟にいる。リタリンさんの参考服薬者を案内してもらうためだ。
「着くまで、どれくらいかかりますか?」
「うーん…結構かかるかも」
「そうなんですね…あ!」
見覚えのある人影を見つけた。
「明菜…だよね?」
片岡明菜。
かつて、私の参考服薬者だった人。
「デパス…大丈夫。もう貴方に頼ったりしない」
デパスというのは、私の分身の商品名、つまり医薬品としての名前だ。
「暁さん、少し時間をもらえませんか?」
「そうだね。あまり早く着き過ぎても、向こうがリハビリ中かもしれないし。ロビー行こう?片岡さんも」
瑠璃光総合病院 ロビー
「えっと、当時は学校が嫌すぎて、軽いうつになったんだよね。夜は眠れないし、昼は体調つらすぎて寝るし…っていう生活リズムになっちゃってさ」
そうだった。あの時は確かにそうだった――
そこで心療内科の医者が明菜を診たところ、自律神経失調症との診断結果が出た。そこで、私が少量処方されることになったのだ。多すぎると私に依存する可能性があるので、まずは1錠で飲んでもらうことにした。
ちなみにその年は、私達に関する法律が変わった年でもあった。
『30日分しか出せないのだけど、書類上は1日2錠出すから2ヶ月持つはずだよ。でも1日1錠は守ってね』
自由な医者だな、と思ったのは私だけではないだろう。
「それで、デパスを処方してもらってから夜の気分の落ち込みがなくなってさ、ちゃんと寝れるようになったの」
しかし、彼女は1錠でも効き過ぎたらしく、昼間まで寝てしまっていた。
「昼間の疲れは取れなくて、何とか午後の講義だけは出れるようになったんだ。けどさ、そのまま就活に突入はまずいなって…だから次の年は休学して、実家で療養とリハビリをしよう、ってさ」
結局彼女が私の分身を飲んでいたのは、半年ぐらいだった。
その後の明菜がどうなっていたのかは知らなかったのだが、悪化していないようでとりあえず安心した。
「この経験から、わかった気がするの。やっぱり薬は短期的にはありがたい存在だけど、根本的治療には規則正しい生活を見守る家族の元でのリハビリが大切なんだなってね…それでも、デパスは本当にしんどい時にはありがたい存在だった…久々にちゃんとした時間に寝れる喜びを得られたのは、デパスのおかげだよ。ありがとう、でももう私は大丈夫」
薬冥利に尽きるとは、このことか。
「それで明菜は何の為に?」
「友達のお見舞い。あの子も参考服薬者なんだよね」
「リタリンさんの?」
「いや…あの子はソラナックスがどうとかって…」
ソラの参考服薬者…ということは、おそらくだが不安障害などが考えられる。
「はいはい、そろそろ行きましょう。メチルフェニデートさん」
「わかりました。…またな、エチゾラム。片岡さんも」
リタリンさんと暁さんは、私に手を振って行った。
***
▼C14H19NO2
「メチルフェニデートさん、ここだよ。分身は一足先に受け取ってくれてるはず」
「…失礼します」
青髪を長く伸ばした、同い年ぐらいの少女がベッドに寝ていた。
彼女が、私の参考服薬者――
「彼女は神宮寺彼方さんといって、ナルコレプシーに罹っているの。元々はモダフィニルを使っていたのだけれど、効かなくなって…」
ナルコレプシー――あるいは日本語で居眠り病とは、日中において場所や状況を選ばず起こる強い眠気の発作を主な症状とする睡眠障害であり、自発的に覚醒を維持する能力、およびレム睡眠を調節する機能の両者が阻害される。オレキシンの欠乏が病因とされる。
私が『リタリン』として治療できるのは、ナルコレプシーに限定されている。
「…眠い…あれ、夢…かな?」
彼女はやっと目を覚ましたようで、私に目線を向けている。
「神宮寺さん、夢じゃないよ。目の前にいるのはリタリンといって、貴方の新しいお薬なの」
「初めまして、リタリンだ――宜しく頼む」
「はーい…カナでいいよ。宜しくね」
薬――殊に現身は、基本的に普通の人間との接触が少ない。特進科の薬は処方箋なしでは入手できないものがほとんどなので、尚更少なくなる。
だからこそ個人として、薬として人間を守りたいと――そう思った。
――ロヒプノールさんの影響を受けたのかな。
同時刻 私立薬師寺学院特進科校舎 会議室
「ねえ、新入生が学校のキーになるなんて素敵じゃない?なんか物語みたーい」
桃色の髪を、それぞれ違う色のリボンで2つに結わえた少女。
「素敵でしょ?いいとこ見せてくれるじゃないか、あの子もさー」
くすんだ金髪とアシンメトリーな髪型が特徴的な少女。
「そうだよね、僕もそう思う。あの子、謎が多いよね…」
黒髪に青目の、大人しそうな少年。
「…………」
水色がかった銀髪の、人形のような少女。
「少し、メチルフェニデートを買い被りすぎたのかもしれません」
無機質で兵器を思わせる、黒髪と翠眼の少年。
「そうっすかねー…素直に凄い人だなーって思うっすけど」
余り袖の服を着た、幼げな少年。
「ほな、そろそろ始めるか?楽しみにしとったんやろ?」
さっぱりした印象を受ける、赤髪の少女。
「まだよ。…今はまだ、」
王冠を着けた、長い黒髪の少女。
「――あの子が来ていないわ」
彼ら彼女らは、人間ではない。
――人間に擬態した向精神薬なのであった。
桃色の髪の少女は『多彩のナイトメア』メチレンジオキシメタンフェタミン。
メタンフェタミンに似ているものの幻覚作用も併せ持っており、多種多様な色や形を持った錠剤として売られている。多幸感を与えるものの、副作用として悪夢を見せることも多い。
麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。
くすんだ金髪の少女は『変幻自在サイケデリックス』リゼルグ酸ジエチルアミド。
非常に強烈な作用を有する半合成の幻覚剤で、純粋な形態では透明な結晶だが、液体の形で製造することも可能であり、これを様々なものに垂らして使うことができるため、様々な形状を取る。
麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。
大人しそうな少年は『篭絡の皇帝』メサドン。
彼が姉として慕う少女――ジアセチルモルヒネへの欲求を減少させる効果があるが、中にはジアセチルモルヒネよりも彼から抜け出すことのほうが難しいと感じる者もいる。
麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。
人形のような少女は『銀氷の女王』メタンフェタミン。
覚醒剤の一種であり、日本国内における薬物事犯では彼女関連での検挙が最も多い。濫用開始から依存に至るまでの期間は約30ヶ月とされており、メチルフェニデートと比較すると長い。
覚せい剤取締法で指定されている。
翠眼の少年は『百発百中の殺戮兵器』フェンタニル。
鎮痛剤のなかで最も強い鎮痛効果があり、その効果はジアセチルモルヒネの50倍で、中毒者はほぼ死ぬといわれている。
麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。
余り袖の少年は『荒神の操り手』アルプラゾラム。
アメリカでペットとして飼育されていたチンパンジーを突如狂暴化させ、飼い主の友人の顔面を食い千切るように仕向ける、フェンタニルと複合的に作用した結果オーバードーズで急逝させるなど、基本的に表に出ずに裏で糸を引く。
麻薬及び向精神薬取締法で第三種向精神薬に指定されている。
赤髪の少女は『熱血ハイテンションガール』ベンゾイルメチルエクゴニン。
概ねコカインと呼ばれ、精神に火を付けるように高揚させる。作用はメタンフェタミンと比べて短時間なものの、作用は強烈である。ちなみに本人はその本名を覚えておらず、周りにはコークと呼ばせている。
麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。
王冠を着けた少女は『麻薬界の女帝』ジアセチルモルヒネ。
概ねヘロインと呼ばれ、専門家による薬物の評価では快感3点、精神的依存3点、身体依存3点といずれも最高の3点となっている唯一の薬物である。
麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されており、その規制は他の麻薬よりも厳しいものとなっている。
この陣営ができたのは、とある理由がある。
人間への反逆を目論むジアセチルモルヒネが、アルプラゾラム、フェンタニル、メサドンに協力を持ちかけ、メチルフェニデートにも記憶を取り戻すことと引き換えに味方してもらうよう要請した。
その後、自分に反対していたベンゾイルメチルエクゴニン、メタンフェタミン、リゼルグ酸ジエチルアミド、メチレンジオキシメタンフェタミンも自分の陣営に引き込んだのだ。
「リタリンさんはまだっすかねー…」
「メチルフェニデートは、今は瑠璃光総合病院にいると思われます」
「あー…参考服薬者かー。俺にもそう言えばいたっすね…」
「ちょっと、僕が聞いてくるよ」
メサドンは席を立ち、会議室を出た。
「戻ってきたって」
会議室の前に青いデバイスをかざし、扉を開ける。
「あら、帰ってきたのね」
後ろには銀髪と三つ編みの少女がいた。
「…座しなさい、リタリン――いえ、『無色のジョーカー』」
彼女こそが『無色のジョーカー』、メチルフェニデート。
日本ではリタリンと、徐放製剤のコンサータが認可されている。比較的依存形成しにくいものの、精神的依存の報告がある。
麻薬及び向精神薬取締法で第一種向精神薬、医薬品医療機器等法で処方箋医薬品・劇薬に指定されている。
「――ああ、解っているさ」
メチルフェニデートは、9つ並んだ椅子のうち、真ん中の空席に座した。
その瞳に、普段より強い光を湛えながら。




