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09*Alter

Alter――変える

▼C17H13ClN4

 フェンタニルさんから、『こちら側』にリタリンさんを引き込んでみないか、と提案を受けた。

 リタリンさんを探し、なんとか話をつけようと、教室までの道を歩いている。


 腰辺りまでの銀髪、二本の三つ編み、青緑色の瞳。目の前を歩く姿は、見知った薬のそれだった。

「あっ、リタリンさんじゃないっすかー!」

「ソラ…!一体どうした!」

「はい、実は――とあるお願いがあるんすけど」

「とあるお願い…?」


「――こちら側に協力してくれないっすか?」


「…ちょっと待て。それは一体どういうことだ」

 やっぱりそういう対応をするのは目に見えていた。誰でも、事情を知らぬまま『協力してくれ』と頼まれたら普通は戸惑うだろう。

「貴方の無くした記憶――取り戻せるかもしれませんよ?」

 リタリンさんの瞳に、光が灯った。

「それは…本当、か?信じていいんだな?」

「今の所、俺にはわからないっす。けどジアセチルさんなら、何か知っているかもしれないっすよ?」

「ということはジアセチルさんも、ソラの側なのか?」

「そうっすね。というか、ジアセチルさんに協力している、って言った方が正しいでしょうか」

「…あの人は何がしたいんだ?本当に、私が力を貸さねばならないのか?」

「さあ?けど…貴方の力は強いですし」

「そうか…」

 リタリンさんは少し考え込んで、顔を上げた。

「…わかった。協力しよう。ただし――必ず取り戻させてくれるんだろうな?」

「ありがとうございます!では連絡させてください!」


 松本まつもと先生へと通信を飛ばす。

「もしもし、C17H13ClN4、アルプラゾラムっす」

『ええ、何かしら?』

「ジアセチルさんの封印を解除してもらっていいすか?」

『話し合うのね…了解したわ』

 通信を切って、リタリンさんへと顔を向ける。

「連絡着いたので、早速ジアセチルさんの所に行きましょう!」

「…ああ!」


「遅いですよ、2人とも」

 相変わらず無表情のフェンタニルさんと、笑顔を浮かべたままのメサドンさん。その間にはジアセチルさんがいた。…俺が解除要請したのだから当然と言えば当然だが。

「協力の件ですが…私、乗りますよ?」

「ええ…嬉しいわ」

「ただし条件があります。私の記憶を必ず取り戻させてくれること――それ一つです」

「まだ時間が掛かるけど…必ずそうするわ。むしろ、そうしなければならないの」

「…何故ですか?」


「前の貴方の方が強いからよ。向こうでの貴方の強さは、貴方が一番わかっているはずでしょう?」


「…………っ!それ以上は…!」

 どうやら思い出したくなかったようで、それを聞いただけで崩れ落ちてしまった。

「リタリン気絶しちゃったみたいだから、僕が松本先生のところに運んでおくね」

「お願いね、メサドン」


 ***


▼C22H28N2O

「向こうでのリタリンさんの強さ…って、どういうことっすか?」

 メサドンが戻ってきた後、アルプラゾラムが問う。

「そのままの意味よ。あの子はもっと強かったはずなの」

「そうですね。メチルフェニデートの場合、大部分の製品はデキストロメチルフェニデートとレボメチルフェニデートが半分ずつのラセミ体です。ですが、薬理活性を持つのはデキストロ体のみです」‬

 一部の国ではフォカリンなど、純粋なデキストロメチルフェニデートを含む製品も流通している。これは即効性を持ち、異性体の混合物よりも素早く身体に吸収され、ピーク濃度に達する時間や排出時間もより短い。‬

 メチルフェニデートの力を引き出すには、デキストロ体のみに特化させた方が確実だろう。

「デキストロメチルフェニデートって…フェンタニルさんのカル化みたいなものっすかね?」

「いいえ、少し違います。俺はカルボメトキシを『付加』しますが、メチルフェニデートの場合はデキストロ体のみに『特化』させるのです」

 俺のカル化――カルフェンタニルの形態の場合は麻酔剤や鎮痛剤としての薬効を買われているが、部隊を気絶させて人質にとったり、電車の駅のような密閉空間で市民を殺害したりと、兵器としての働きの方が強い。けれどデキストロメチルフェニデートはどうなのだろう?

「それで、何が目的なのですか。メチルフェニデートに関わることですか」

「そうね…目的――1つしかないわ」


「クーデターを起こすのよ。兄さんを会長の座から引きずり下ろすの」


 クーデター。

 フランス語で『国家に対する一撃』を意味し、一般に暴力的な手段の行使によって引き起こされるものを言う。体制そのものの変革や、支配の変更を達成するための行動ではない。

 ――武力行使によって、権利を奪うのだ。

「で、どうして分裂したの?」

「コークさんとリゼさんとアイスさんは私が許せなくて、エクスタシーはどうでも良いって感じだったから」

「あのエクスタシーが…?意外だね」

 エクスタシー――メチレンジオキシメタンフェタミンは、楽しいこととあらば積極的に首を突っ込んでかき回していくタイプだが、今回のことには関わらないらしい。

 どうやら、会長が誰だかということには、然程こだわりがないようだ。

 俺は正直言って、デザイナードラッグ呼ばわりされていることもあり、お嬢のことはあまり気に入ってはいない。が、モルヒネさんよりはお嬢の方がまだ良いだろう。

 メサドンとアルプラゾラムの思惑は知らない。だが、メチルフェニデートには『記憶を取り戻す』という目的がある。


 もしかしたらお嬢は本当は会長の座などどうでもよくて、ただ封印状態から脱したいのかもしれない。

 お嬢が現在その薬効を発揮できる場所はスイスくらいのものだ。

 スイスでは麻薬中毒患者に無料でお嬢の分身わかちみを処方することで中毒治療を行うプログラム『ヘロイン計画』がある。そこでは毎日約400ミリグラムの純粋なものを、朝晩2回注射する。お嬢の薬効が切れると禁断症状が出るためだ。

 けれど、それも国の管理と医師の監視の元で、自由に動けるとはとても言い難い。メチルフェニデートの記憶と引き換えに、お嬢は自由を手に入れようとしているのではないだろうか。

 まずそれにはメチルフェニデートに深く関わっているとされるエフェドリンさんに出逢わなければ――

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