第七話
何から話したら良いのだろう。
あの後、翌週になって学園に登校した私が耳にしたのは、ジュリアン殿下が斬りつけられたという事件の話だった。
彼女はその場に居合わせたことから、参考人として王宮へ連れて行かれたのだ。そして、そのまま退学することになった。
彼女と顔を合わせるのは気まずいはずなのに、それでも納得できなかった私は、今日に至るまであの日何が起こったのかを研究の合間に調べ続けた。
◇
彼女が退学になった直後、私は殿下やその学友、彼女についての情報を集めようと、学園の生徒たちに声をかけた。しかし私は、己の社交性のなさを見誤っていた。
クラスメイトたちは私同様に詳しい事情を知る者はいなかった。ならば他クラスや他学年はどうだろう。我が家より家格の低い家の生徒であれば話は聞いてくれるものの、やはりこれといった情報は得られなかった。
同格以上の家の生徒とは、まず接点を作ることに苦労した。なんとか会話の機会を得られても、詳細は知らないどころか、「知っていたとして君に教える利点は何だ?」と返されることもあった。
情報集めに行き詰まった私は結局、兄にどうにか頼み込み、他言無用の約束であの日何が起こったのかを教えてもらった。
まずわかったことは、ジュリアン殿下を斬りつけたのはブラッドフォード侯爵令息ということだ。なんでも彼女に懸想していた侯爵令息は、殿下が身分を振りかざし、彼女に関係を強要したと思い込んでいたそうだ。
彼がなぜそのような思い込みをしたのか。それは私たちが入学する20年程前、ジュリアン殿下の父である王太子殿下の在学中に起こった、ある事件が原因だった。
そう、一人の子爵令嬢──『悪女』が王太子殿下や高位貴族の令息たちを誑かしたとされる事件だ。
しかし、ブラッドフォード侯爵令息が聞きかじった噂は少し違っていた。「当時、子爵令嬢には領地に恋人がいて、王太子殿下や令息たちの言動に困りきっていた」という話だった。ジュリアン殿下たちに対する彼女の一歩引いた姿勢に、ブラッドフォード侯爵令息は聞きかじった噂を結びつけたのだ。
この件の処罰としてブラッドフォード家は、軍務卿の退任および一部領地の返還と子爵位への降爵を命じられ、令息だけが極刑に科されることになった。処罰が甘いと言う者もいたが、長年に渡る王家への献身を鑑みた結果だそうだ。
彼女に関わることなら些細なことでも構わない。そう思った私は『悪女事件』について、当時の学園を知っていそうな教師たちに尋ねてまわった。が、やはり彼らは何とも言えない複雑な顔をして、皆同様に口をつぐんだ。
私が卒業するまでの間、何度も何度もしつこく尋ねた結果、教師の一人が「これ以上は勘弁してくれ」という言葉とともにこぼしたのは、「ミレイユ・ソルージュ」という『悪女』の名前と、ミレイユと彼女はよく似ているということだった。
◇
研究所に就職した私は、環境の変化と慣れない仕事に忙殺され、彼女についても『悪女』についても何も調べられないまま月日が過ぎていった。
だが数年後、ある噂が市井に出回ったのだ。
『悲劇の令嬢、ミレイユ・ソルージュ』
北部の田舎で暮らしていた令嬢は、家族や将来を誓い合った恋人とともに、慎ましやかな、けれども小さな幸せに満ちた日々を送っていた。
その幸せに翳りが見られるようになったのは、令嬢が学園に入学した頃からだった。令嬢はその美しい容姿から、令息たちから言い寄られるようになり、意図せず風紀の乱れの原因となってしまった。
同時期に在学していた王太子も令嬢と交友関係にあったことから、王家の権威の失墜を過剰に恐れた王族関係者──特に王妃とその実家であるモントゴメリー公爵家が、王妃の妹が嫁いだブラッドフォード侯爵家に指示をして、何の罪もない令嬢を始末した。
という筋書きだった。
この噂に端を発し、ジュリアン殿下が斬りつけられた事件も、モントゴメリー公爵家が黒幕だったという噂まで広まった。
権力に固執した一部の王族とその恩恵に与っていたモントゴメリー公爵家は、ジュリアン殿下を傀儡にしようとしていたというのだ。もはや陰謀論と言ってもいいだろう。
そんな中でもたらされた一報は、唐突なものだった。
実のところ学園時代にミレイユに侍っていた失態から、王太子エドワードを飛ばしてジュリアンに王位を継承させるべきだという風潮が強かった。しかしエドワードは、モントゴメリー公爵家を始めとする現体制を支持する王家派を抑えて、正式に即位することになったのだ。
彼は、地方の有力貴族や富裕層、知識人からなる貴族派を取り込んでいた。即位に際して、こう述べている。
「王国を守護する騎士たちを束ねるブラッドフォードが、一つの家門と結びつくなど言語道断である。モントゴメリーの専横は許されない。絶大な権力は──王家であればなおさら、公平な法の下にあるべきだ」
『悪女』から一転、『悲劇の令嬢』となったミレイユ・ソルージュは結局どのような女性だったのだろうか。
どうにか実家の名で入り込んだ社交界で、ミレイユやモントゴメリー公爵家の断罪に関する情報を得ることができた。さり気なく聞き耳を立てていても目立たない、凡庸な容姿であることに思わず感謝したのは良い思い出だ。
私も実際に確認したのだが、ミレイユに恋人がいたという話は、ソルージュ子爵領の領民たちが証言している。
学園で高位貴族に目を付けられたミレイユは、ひそかに実家と連絡を取って、恋人とともに身を隠そうとしていたようだ。逃げ出したときにはすでに刺客が差し向けられた後であり、彼らは命を落とした可能性が高い。
当時の状況を見るに、刺客を差し向けたのはモントゴメリー公爵家。その命を受けたのは、当時王太子殿下の側近候補でもあった、ブラッドフォード侯爵令息──軍務卿の兄君だろう。
彼は、公には「王族警護の任務中に殉職」とされている。しかし関係者の証言を集めてみると、ミレイユたちを排除する任務の最中に、北の隣国の手勢と交戦した後、消息不明というのが実際のところらしい。
ただ、ミレイユ本人を排除したにもかかわらず、たかだか田舎の一子爵家を丸ごと潰したのはなぜなのか、という点が妙に引っかかった。
答えは北の隣国からもたらされた。
かの国で前王弟派の残党を名乗っていた一派が粛清されたのだ。きっかけはジュリアン殿下の事件──いや、彼女だった。
彼女の父親──ミレイユの恋人は隣国の前王弟が興した公爵家の子息だった。混乱の中、我が国まで逃げ延びた彼は、きっとそこでミレイユと出会ったのだ。
私などにはもはや想像もつかないが、この残党粛清の一件、そしてソルージュ子爵家の件は、両国間で何らかの密約があったのだろう。
◇
随分長く綴ってしまったが、結局のところ彼女についてわかったことなどほとんどないのだ。
彼女のことを知りたかった。
それだけなのに、たいして興味も持てなかった政治情勢にばかり詳しくなった。彼女が孤児院時代に何度か見慣れぬ男と話しているのを見かけたという証言はあったが、ただそれだけだ。
彼女はどこに行ってしまったのだろう。
今も人混みを歩くたび、彼女に似た髪色、背丈の女性を目で追ってしまう。しとしと降る雨が上がった後の燃えるような夕暮れには、あの日の君が何を考えていたのか、朱色の中に答えを探してしまう。
ああ、ソーレ。
紛れもなく、
──あなたは私の太陽だった。
本編、完。
7話目を作り終えてから、ふと思いました。
ソーレちゃんの立場から見ると、朱色の中に答えを探してポエム書いてる場合じゃないんですよね……
#そういうところだぞ、アンソン
エピローグが続きます。




