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婚約破棄された私は、もう誰かのために笑うのをやめました ~捨てた王子は後悔しても、もう遅いです~  作者: カルラ


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第七章 恋の始まり

秋の気配が深まる頃、レオンハルト様から一通の招待状が届いた。

 

『よければ、私の滞在している屋敷に来てほしい』

『君に見せたいものがある』

 

その文面を読みながら、私は少し胸が高鳴るのを感じていた。

レオンハルト様がこの国に滞在している間、借り受けているという屋敷は、王都の外れに位置していた。

質素ながらも品のある佇まいのその屋敷を訪れると、彼自らが玄関で出迎えてくれた。

 

「よく来てくれた」

 

「お招きいただき、ありがとうございます」

 

案内された先は、屋敷の裏手にある広い敷地だった。

そこには、いくつもの小さな建物が並んでいる。

 

「ここは……」

 

「戦争孤児のための保護施設だ」

「私が個人的に運営している」

 

その言葉に、私は驚きを隠せなかった。

隣国の第一王子である彼が、私財を投じてこのような施設を運営しているとは。

 

「アークレイン王国は、数年前まで隣国との国境紛争を抱えていた」

「その中で、多くの子供たちが親を失った」

 

レオンハルト様の表情に、深い陰りが差す。

 

「戦場で無敗と呼ばれた私だが、守れなかった命も数え切れないほどある」

「せめて、生き残った子供たちだけでも、幸せに暮らせるようにと」

 

その言葉には、彼の背負ってきたものの重さが滲んでいた。

 

施設の中を案内してもらいながら、私は多くの子供たちと出会った。

孤児院で見た子供たちとはまた違う、どこか影のある瞳をした子供もいる。

けれど、レオンハルト様が近づくと、皆一様に表情を明るくした。

 

「レオン様だ」

 

小さな女の子が駆け寄ってきて、彼の足に抱きついた。

レオンハルト様は少し表情を緩め、その子の頭を優しく撫でる。

普段の凛とした佇まいとは違う、柔らかな一面だった。

 

「レオン様は、いつもここに来てくれるの」

 

「今日はお客さんも一緒だよ」

 

女の子は私の顔をじっと見つめた後、にっこりと笑った。

 

「お姉さんも、レオン様のお友達なんだね」

 

その無邪気な言葉に、私は思わず頬が熱くなるのを感じた。

 

施設を一通り見て回った後、私たちは庭にあるベンチに腰を下ろした。

夕暮れの光が、辺りを橙色に染めている。

 

「素晴らしい活動をされているのですね」

 

素直な感想を口にすると、レオンハルト様は少し照れくさそうに視線を逸らした。

 

「大したことはしていない」

「ただ、放っておけなかっただけだ」

 

謙遜するその姿勢に、かえって彼の誠実さを感じる。

 

「戦場で無敗の英雄と呼ばれているとお聞きしました」

「けれど、こうして子供たちに接する姿を見ると、少し意外な気がします」

 

私がそう言うと、レオンハルト様は静かに笑った。

 

「戦場での私と、ここでの私は、同じ人間だ」

「ただ、守るべきものが違うだけだ」

 

その言葉に、彼の生き方の一貫性を感じた。

強さと優しさは、決して相反するものではないのだと。

 

「氷の王子、と呼ばれているそうですね」

 

以前、社交界で聞いた噂を思い出しながら尋ねると、レオンハルト様は苦笑いを浮かべた。

 

「感情を表に出さないから、そう呼ばれているらしい」

「だが、恋愛だけは本当に不器用でな」

 

その言葉に、私は少し驚いて彼を見た。

 

「不器用、ですか」

 

「ああ。想いを伝えることが、どうにも苦手だ」

「戦場では迷いなく判断を下せるのに、こういうことになると、途端に臆病になる」

 

その素直な告白に、私は思わず微笑んでしまった。

 

「意外です」

「レオンハルト様には、そういう弱さもあるのですね」

 

「君の前でだけは、隠せていないようだ」

 

その言葉の意味を、私はまだ深く考えていなかった。

 

夕暮れが夜へと変わる頃、私たちは施設を後にした。

帰り道、静かな並木道を並んで歩きながら、私はふと今日一日を振り返っていた。

戦場での英雄という一面と、子供たちに慕われる優しい一面。

そのどちらもが、レオンハルト様という一人の人間を形作っている。

 

「今日は、本当にありがとうございました」

 

改めてお礼を言うと、レオンハルト様は少し立ち止まった。

 

「エレシア嬢」

 

真剣な声色に、私も足を止める。

 

「はい」

 

「君と過ごす時間が、私にとってどれほど大切なものか、伝わっているだろうか」

 

その問いかけに、私は一瞬言葉に詰まった。

 

「私も……レオンハルト様と過ごす時間は、とても穏やかで、心が安らぎます」

 

正直な気持ちを伝えると、レオンハルト様は柔らかく目を細めた。

 

「その言葉だけで、十分だ」

 

夜風が静かに吹き抜ける中、私たちはしばらく無言のまま歩き続けた。

不思議と気まずさはなく、むしろ心地よい沈黙だった。

 

屋敷の近くまで送ってもらった頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。

 

「送っていただき、ありがとうございました」

 

そう言って頭を下げようとした瞬間、自然と言葉が口をついて出た。

 

「あなたといると、安心します」

 

言った後で、自分の言葉に驚いた。

以前の私であれば、こんな素直な気持ちを口にすることなどできなかっただろう。

けれど今は、不思議とその言葉が、ごく自然に溢れ出していた。

レオンハルト様は一瞬目を見開いた後、優しく微笑んだ。

 

「その言葉が、どれほど嬉しいか」

「君は、まだ気づいていないのかもしれないな」

 

その意味深な言葉に、私は少し首を傾げる。

 

「今日は、ゆっくり休んでほしい」

「また、近いうちに会いに来る」

 

そう言い残し、レオンハルト様は静かに去っていった。

彼の背中を見送りながら、私は自分の胸の内に芽生えた感情に、初めて気づき始めていた。

 

自室に戻り、ベッドに横たわりながら、私は今日の出来事を何度も思い返していた。

子供たちと戯れるレオンハルト様の柔らかな表情。

不器用だと告白した時の、少し照れたような声。

そして、あなたといると安心する、と自然に口にできた自分自身。

これまで感じたことのない、温かな感情が胸の奥に広がっていく。

婚約破棄されたあの日、私は誰かを愛することの意味さえ、見失っていたように思う。

けれど今は、少しずつ、新しい感情の輪郭が見え始めている。

窓の外に浮かぶ月を眺めながら、私は静かに目を閉じた。

この気持ちが何であるか、まだはっきりと言葉にはできない。

けれど、確かに何かが、私の中で芽生え始めている。

そんな予感を胸に抱きながら、私はゆっくりと眠りについた。





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