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婚約破棄された私は、もう誰かのために笑うのをやめました ~捨てた王子は後悔しても、もう遅いです~  作者: カルラ


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第五章 私にもできること

レオンハルト様との市場での一日から、一週間が過ぎた。

あの日を境に、私の中で何かが確実に変わり始めていた。

けれど、変わったのは気持ちだけで、日々の生活には相変わらず目的がない。

朝起きて、身支度を整え、庭を歩き、本を読む。

そんな穏やかな日々ではあったが、心のどこかにぽっかりと穴が空いているような感覚が、まだ拭えずにいた。

ある日の午後、庭でお茶をいただいていると、レオンハルト様が屋敷を訪ねてきた。

 

「突然、すまない」

「近くまで来たので、寄らせてもらった」

 

「いえ、ちょうど退屈していたところです」

 

正直にそう答えると、彼は小さく笑った。

侍女が新しいお茶を用意してくれる間、私たちは庭のベンチに並んで座った。

 

「最近は、どう過ごしている」

 

レオンハルト様の問いに、私は少し言葉に詰まる。

 

「特に、何も」

「本を読んだり、庭を眺めたり」

「そんな毎日です」

 

「それは、退屈だろう」

 

図星を突かれ、私は苦笑いを浮かべた。

 

「退屈というより……何をすればいいのか、分からないのです」

「王妃になるための勉強はもう必要ありません」

「けれど、他に何ができるのかも、分からなくて」

 

正直な気持ちを口にすると、レオンハルト様はしばらく考え込むような表情を見せた。

 

「エレシア嬢、君は自分の価値を、王妃という肩書きの中だけで探そうとしていないか」

 

その言葉に、私は思わず顔を上げる。

 

「王妃教育だけが、君の価値じゃない」

 

以前も似た言葉をかけてもらった気がする。

けれど今日の言葉は、もう少し違う響きを持っていた。

 

「君には、税制の知識がある」

「領地経営についても学んできたはずだ」

「その知識を、生かせる場所が本当にないと思うか」

 

その問いかけに、私はしばらく黙り込んだ。

考えたこともなかった。

王妃になるための知識だと、ずっとそう思い込んでいたからだ。

 

「侯爵家の仕事、ですか」

 

呟くように言うと、レオンハルト様は静かに頷いた。

 

「君の父上は、優れた領主だと聞いている」

「けれど、一人ですべてをこなすのは大変なはずだ」

「君が力を貸せる部分は、きっとあるはずだ」

 

その提案は、私の中に新しい光を灯した。

 

その日の夕食の席で、私は父に思い切って切り出した。

 

「お父様、私にも領地の仕事を手伝わせていただけませんか」

 

突然の申し出に、父は手を止めてこちらを見た。

 

「エレシア、それは……」

 

「王妃教育で学んだ知識を、このまま眠らせておくのはもったいないと思うのです」

「私にできることがあるなら、お役に立ちたいのです」

 

真剣な眼差しで訴えると、父はしばらく考え込んだ後、静かに頷いた。

 

「そこまで言うなら、まずは簡単な帳簿の確認から任せてみようか」

 

その言葉に、私は胸が高鳴るのを感じた。

 

翌日から、私は父の書斎に通うようになった。

最初に任されたのは、領地の収支報告書の確認だった。

数字の羅列を前に、最初は戸惑うことも多かった。

けれど、王妃教育で学んだ知識は、確かに役に立った。

 

「お父様、この項目の税率、少し古い制度のままになっているようです」

 

書類に目を通していた私は、あることに気づいて声を上げた。

 

「昨年改正された新しい税制に合わせれば、農民たちの負担を減らしつつ、領地の収入も安定させられると思います」

 

父は驚いた表情で私の説明に耳を傾けていた。

 

「エレシア、それは本当か」

「詳しく説明してくれ」

 

私は自分がまとめた資料を父に示しながら、丁寧に説明していく。

これまで座学でしか触れてこなかった知識が、実際の課題を前にして、確かな力に変わっていく感覚があった。

 

「素晴らしい提案だ」

「早速、担当の者に検討させよう」

 

父の言葉に、私は思わず頬を緩めた。

自分の意見が、誰かの役に立つ。

そんな当たり前のことが、これほど嬉しく感じられるとは思わなかった。

 

それから数週間、私は少しずつ仕事の幅を広げていった。

領地経営の帳簿確認だけでなく、孤児院への支援計画にも関わるようになった。

孤児院を初めて訪れた日、私は施設の厳しい現状を目の当たりにした。

古びた建物、限られた食料、足りない衣類。

けれど、そこで暮らす子供たちの瞳は、驚くほど輝いていた。

 

「お姉さんは、誰ですか」

 

一人の男の子が、興味深そうに私を見上げてくる。

 

「エレシアと言います」

「これから、皆さんのお手伝いをさせていただこうと思って」

 

そう答えると、子供たちは嬉しそうに私の周りに集まってきた。

施設の運営者である初老の女性からも、支援内容について詳しい話を聞くことができた。

 

「本当に助かります、エレシア様」

「これまで、なかなか支援の手が回らなくて」

 

その言葉に、胸の奥が温かくなる。

屋敷に戻ってから、私はすぐに支援計画をまとめ始めた。

必要な物資の一覧、予算の配分、優先順位。

王妃教育で学んだ管理能力が、ここでも生かされていく。

 

一ヶ月ほどが過ぎた頃、孤児院から一通の手紙が届いた。

差出人は、あの時出会った男の子だった。

拙い文字で、けれど心のこもった言葉が綴られていた。

 

『エレシアおねえさん、ありがとうございます』

『あたらしい服、あたたかいです』

 

その手紙を読んだ瞬間、目頭が熱くなった。

「ありがとう」と言われる喜び。

それは、王妃という肩書きでは決して得られなかった、純粋な喜びだった。

 

その夜、レオンハルト様が屋敷を訪ねてきた際、私は最近の出来事を興奮気味に話した。

 

「税制の見直しも、少しずつ形になってきました」

「孤児院の子供たちからも、お手紙をいただいて」

 

嬉しそうに話す私を見て、レオンハルト様は柔らかく目を細めた。

 

「良い表情をしている」

 

「え……?」

 

「以前より、ずっと生き生きとしている」

「自分の力で何かを成し遂げる喜びを、知り始めているのだろう」

 

その言葉に、私は改めて自分の変化に気づく。

婚約破棄されたあの日から、ずっと自分には価値がないと感じていた。

けれど今は、少しずつではあるが、自分にも誰かの役に立てることがあると実感できている。

 

「レオンハルト様のおかげです」

「あの時、声をかけてくださらなければ、私はまだ部屋に閉じこもっていたと思います」

 

素直な気持ちを伝えると、レオンハルト様は少し照れたように視線を逸らした。

 

「私は、きっかけを与えただけだ」

「ここまで歩んできたのは、君自身の力だ」

 

その言葉が、静かに胸に染み渡っていく。

 

窓の外には、満天の星が広がっていた。

かつては、王妃になることだけが自分の存在意義だと思い込んでいた。

けれど今は、少しずつ違う道が見え始めている。

自分の知識や努力が、誰かの笑顔につながる。

そのことに、確かな手応えを感じ始めていた。

まだ道の途中ではあるけれど、確実に前へと進んでいる。

そんな実感を胸に、私はこれからの日々に、少しずつ希望を見出し始めていた。










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