悪役令嬢は焼きたての香りを追いかける
ネタをAIに下書きしてもらい、修正しています。
タイトルはパロってますが、内容はそこまで某番組とは関係ないです。
悪役令嬢ものとして、少し情緒的な描写を入れているため、前回よりも少し長いです。
うららかな日差しが庭園を照らしていた。
色とりどりの花々が風に揺れ、遠くで鳥がさえずっている。白い東屋の天蓋を抜けた春風が、ほんのりと紅茶の香りを運んだ。
向かいに座る相手がカップを置く。
ちょうどそのタイミングで侍女のメアリーが近づき、冷めかけた紅茶を新しいものへと取り替えた。
「……失礼致します。何かございましたらお声掛けください」
深々と頭を下げ、メアリーは静かに下がっていく。無表情を装っているが滲み出る心配の色が隠せていない。
私はその背中を見送りながら苦笑した。
「すみません。過保護なんです」
「慕われているのですね」
「そうみたいです」
少しだけ照れ臭い。
昔は違ったのだけれど。
「本日はよろしくお願いいたします。まずは異世界に来た経緯からお聞かせいただけますか?」
庭園に拭く風のように穏やかな問いかけだった。
私はカップを手に取り、小さく息を吐く。
「交通事故です」
「と、言いますと」
「スマホを見ながら横断歩道を渡っていたらトラックが来ました」
「なるほど」
「お約束ですよね」
「よく伺います」
なぜだろう。
インタビューアー……ユウさんのその言葉には妙に説得力があった。
私は肩をすくめる。
「それで気が付いたら乙女ゲームの悪役令嬢になっていました」
「驚かれたでしょう」
「ええ。だって知ってる世界でしたから」
前世で何周もプレイしたゲームだった。
攻略対象も、イベントも、スチルも、隠しルートも、様々なメディアミクスも全部網羅した大好きな乙女ゲーム。
だから、
「私の末路も知っていました」
「どのような」
「婚約破棄からの国外追放です」
さらりと言う。
今だから言える。
当時は笑えなかった。
「ゲーム開始時点で十二歳だったので、絶望しました」
「絶望、ですか」
「ええ、その年に私は王子様と婚約するんです。何の自覚も準備もできないまま」
あの時を思い出すと恥ずかしくなる。ベッドで婚約したくないと泣きじゃくったし、お嬢様にあるまじき大暴れまでしてしまった。
おかげで躾に厳しかったメアリーは過保護になった。
「断罪回避は難しかったと」
「難しくはありませんでした」
私は紅茶を一口飲む。
上質なミルクと砂糖の甘い紅茶。
ついで、皿に並べられたクッキーに手を伸ばす。
噛めばさくり、ほろりと崩れて舌の上で溶け、ほどよい甘さとチョコのほろ苦さを感じた。
「嫌われなければいいだけでしたから」
「なるほど」
「問題は、私が悪役令嬢のことを好きだったことですね」
風が花壇を撫でる。
薔薇の香りがふわりと漂った。
「悪役令嬢のこと、がですか」
「大好きでした」
「意地悪で高飛車で素直じゃない子でしたけど、ちゃんと努力家だったんです」
ゲームの中では描かれない部分も設定資料集を読んで知っていた。
朝は日の出前に起きて歴史や法律を学び、昼は王妃教育、夜は外交用の外国語や礼儀作法の勉強。
舞踏会で恥をかかないよう何度もダンスを練習し、スプーンの上げ下げ一つでも家庭教師に厳しく指導されていた。
同年代の子供が遊んでいる時間も、彼女はずっと机に向かっていた。
疲れていても、辛くても、お茶会では笑顔を絶やさず、舞踏会では誰よりも美しく振る舞う。
誰よりも努力していた少女。
その裏でどれだけ努力していたか、プレイヤーには見えないだけだったんです。
それなのに。
「主人公に負けるためだけに存在していた」
胸が痛んだ。
こんなに、頑張っているのに。
「だから婚約破棄を回避したかったわけではないんです」
「では?」
「幸せになってほしかったんですよ」
それだけだった。
だから、私も頑張れた。
そして、彼女の見落としていたものを拾った。
勉強や王妃教育も大事だけど、それ以上に周囲に気を配った。
使用人とも話した。
家族とも向き合った。
本当の友人もたくさん作った。
そして何より、王子様との関係改善に奔走した。
気付けば。
「婚約者より人気になっていました」
「それはまた」
「王子様が焦っていましたね。嫉妬もされたし、喧嘩もしました」
思わず笑う。
懐かしい。
「では、婚約破棄は」
「婚約破棄、されませんでした」
「成功ですね」
「いえ」
私は首を振った。
「私から婚約解消しました」
庭の噴水が静かな音を立てる。
少しだけ間が空いた。
でも、焦らない。丁度いい間だった。
「理由を伺っても?」
私は少しだけ考える。
どう説明すればいいだろう。
たぶん、とてもくだらない理由だ。
「お菓子を作りたかったんです」
「お菓子、ですか」
「ええ」
周囲との関係を改善するために悩んだ結果、私は厨房に通っていた。
前世の知識も使えた。
珍しいお菓子を作ると、みんな喜んでくれた。
それが嬉しかった。
「ある日気付いたんです」
「何にでしょう」
「私、お菓子作りが好きなんだなって」
窓の外で風が花を揺らした。
「前世でも母とよく作っていたんです」
初めて作ったクッキー。
上手にできたパウンドケーキ。
失敗して膨らまなかったシュークリーム。
バレンタインのガトーショコラ。
誕生日の大きなショートケーキ。
休日の台所。
甘い匂い。
母のやわい声がレシピを教えてくれる。
今となっては遠い記憶だ。
「不思議ですよね」
「と言いますと」
「異世界に来ても、バターを練る感触も、生地を混ぜる感覚も変わらなかった」
だから少しだけ思えた。
私は確かに別の世界から来たのだと。
そして。
あの頃の家族との時間は、今も自分の中に残っているのだと。
「だから思ったんです」
「はい」
「王妃になったら気軽にお菓子を作れない、作ってる場合じゃないって」
沈黙。
「それが理由ですか」
「一番の理由です」
「なるほど」
否定されなかった。笑われなかった。ありのままの事実をありのまま受け入れた相槌だった。
だから、ユウさんにはすらすらと話せてしまう。
「それでは転生して一番大変だったことは?」
「お菓子の材料集めですね」
「材料ですか」
「ええ」
私は即答した。
「砂糖が高いんです」
「なるほど」
「牛乳もバターもチーズも生産が安定しませんし、小麦も品質がばらばらで」
「深刻ですね」
「死活問題でした」
真顔で言う。
実際、深刻だった。
中世レベルの材料では理想の焼き菓子が作れない。
これほど悲しいことはない。
「なので改革しました」
「改革ですか」
「酪農と農業を」
「規模が大きくありませんか」
「必要だったんです、切実に……!」
良い牛乳が欲しかった。
良い小麦も欲しかった。
結果として。
品種改良。
灌漑整備。
流通改革。
乳牛の育成。
保管技術の向上。
上げれば数限りなくやることがある。
「牛が病気になれば牧場へ走りましたし、小麦の収穫量が落ちれば畑にも行きました。
商人と値段交渉をして、職人と保存方法を研究して、気付けばお菓子屋より農業家みたいになっていました」
時間も、お金も、労力もかかった。
ただ、理想のお菓子が作りたい、その一念でのみでがむしゃらに続けた。
気付けば、なぜか国の食料事情そのものを改善していた。
「それで今は」
「王都で一番人気のお菓子屋です」
少しだけ胸を張って笑う。
「お見事ですね」
「ええ」
私は少しだけ笑う。
「全部、おいしいクッキーを焼くためですけど」
よければどうぞとユウさんにもクッキーを差し出す。
「おいしいです」
「私が焼きました」
「これは、貴方の努力の味ですね」
そう、血と汗と、努力の味だ。
ただし、私だけのものではなく、関わった全ての人の、努力の味。
「ありがとうございます」
窓の外では花壇の花々が揺れている。
紅茶をもう一口。
ずいぶん長くしゃべったせいか、冷めた紅茶に苦みを感じる。
その苦みに、思わず小さなため息が零れた。
「でも、正直なところ」
「はい」
「王子様たちとは、もう少し距離を置きたかったですね」
「攻略対象の方々ですか」
「ええ」
思わず苦笑する。
「悪い人たちじゃないんです」
むしろ善人だ。
優秀で、誠実で、責任感もある。
だから困る。
「皆さん話を聞かないんですよ」
「そうなのですか」
「説明しても突っ走るんです。止めても突っ走るんです」
「なるほど」
「しかも本人たちは善意なんです」
それが一番厄介だった。
助けようとしてくれる。
守ろうとしてくれる。
大切に扱ってくれる。
ありがたいことなのだろう。
けれど。
「疲れるんです」
ぽつりと漏れる。
こんなこと、誰にも言ったことはなかった。
「……疲れるし、邪魔なんです」
心配されるのも、守られるのも、助けてくれるのも、うれしかった。うれしかったけど、邪魔だった。
現実は、ゲームと違う。
綺麗ごとだけじゃ何もできない。
守られて、助けられて、ガラス細工みたいに大切にされるだけでは、何もできない。
だけど、彼らは私に少しの汚れも、苦労も、傷も、許そうとしなかった。
大好きなお菓子作りにすら口出しをして、止めようとする。
君のためだ。
危ないからやめろ。
苦労はしなくていい。
そんな言葉ばかりだった。
だから――
「君のため、君のため、君のためって……うるさいんですよ!」
思わず語気が強くなる。
ああ、いけない。淑女失格だ。
一つ、こほんと咳をして仕切り直す。
「……焼きたてのクッキーをほうばるくらい、いいじゃないですか。少しくらい火傷したって、焼きたての誘惑には敵わないんですから」
結果として、全員追い払った。
「それは……大変でしたね」
「男性が少し苦手になりました」
また婚約だの求婚だの言われたらたまらない。
私はただ、お菓子が作りたいだけなのだ。
そして、こうして、お茶を飲みながらお菓子を食べて。
友人とおしゃべりして。
そのくらいで十分幸せだった。
「だからでしょうか」
「はい」
「こうして女同士でお茶を飲みながら、他愛ない話をするのは楽しいですね」
風が吹く。
ティーカップが小さく音を立てた。
穏やかな午後だった。
私はそこでふと首を傾げる。
「そういえば」
「はい」
「失礼でしたら申し訳ないのですが」
少しだけ迷う。
けれど、聞いてみたくなった。
「ユウさんって、女性ですよね?」
短い沈黙。
そして穏やかな声が返ってくる。
「見てのとおりです」
お読みいただきありがとうございました。
気に入っていただければ幸いです。
のんびり続ける予定です。




