S2-par.16 『全力挑戦! ナツキ流ラストミッション』
ナツキは二人から離れて、ルールの確認をする。
「ルールに変更はない。アタシは動かず、攻防ともに光球ひとつ。合図はない。勝利条件はアタシに触れること、それだけだ」
二人は互いの視線をつなげてうなずく。ツクヨがARKを握ると、彼女に合わせてヒナコもならう。
光が二人を包み、装甲と武器に変化する。ツクヨはただちに射撃板を起動させた。彼女の成果を見るのは、ヒナコは初めてだ。
「さすがだね。ツクヨちゃん」
六つの六角形が広がってゆく。そのときナツキがツクヨに指導する。
「ツクヨ、浮かせるのは二枚にしとけ」
せっかくやる気に満ちているところで、抑えろと指示されたことに、ツクヨは少し不満に感じる。
「なんでですかぁ!」
「オマエにゃまだムリだ」
「できますよ!」
「数秒はな」
痛いところをつかれたツクヨは言葉が出ず、『ん〜』だ『むぅ〜』だ言っている。
「どうせ同時にはひとつしか動かせないんだ。一枚から二枚になっただけ成長だと思え」
ツクヨは膨れながらも素直に、下四つの射撃板を戻した。ナツキはついでにヒナコにも状態を聞く。
「そいつは抜かなくていいのか」
ヒナコの刀はサヤに収まったままだ。彼女は答えず口を閉じた姿で構えをとる。ナツキからもそれ以上の言及はなく、光球の位置を調整する。
ヒナコがツクヨにだけ聞こえる声で頼んだ。
「開始の合図、お願い」
「えぉ? みひひっ。オッケー任せてぇ!」
ツクヨは両腕を前に伸ばし、ナツキの方へ手のひらを見せつけた。その動きに従うように、頭上で左右に座している射撃板が、二枚ともきらめいてゆく。
「ひとつだけじゃないってとこ、見せてあげるんだから!」
強めた光が一閃の攻撃に変わり、二つの輝きとなってナツキに飛びかかる。対するナツキの光球は同威力の光線を二本放ちこれを相殺。戦闘開始のホイッスルは空間にヒビを入れて甲高く張り上がる。音と光に隠れてナツキの口角も上がる。また、二人の声もその中にまぎれた。
「……でどうかな」
「賛っ成!」
再びツクヨが光線を放つ。それと同時にヒナコも走り出した。ナツキはツクヨの光線を撃ち落とし、ヒナコへも一撃を向かわす。だが、散々打ち負かされてきた光線が一発だけでは、もはや彼女を止める手段としては乏しい。ならば何発でも射撃するまで。
光球が喜々として発光し、機関銃並の光線を放つ。数発はツクヨが打ち消す。しかし総数はほとんど変わらない。ヒナコは急遽左横に駆けて回避。当たるか当たらないかまで走り抜ける。
ところがそのギリギリの地点で減速し、片足を軸に反転。ナツキを正面にする勢いのままに刀を振り抜き、野球のバッティングめいて光線を捉える。するとサヤに叩かれた数本の光線は方向を変え、うちいくつかがナツキめがけて返って行く。だがこれらはナツキに到達することなく、新たに放たれた光線とぶつかって消えた。
遅れてツクヨの援護が入る。当然無力化されるが、その間にもヒナコは前進を試みる。そこに光の束が落とされ足止めを食らう。何発かをすくってナツキに打ち返すが、有効打にはなり得ない。攻め手に欠ける状況だ。ナツキの戦法はとにかく弾幕を張ってくるものでもなく、二人の行動を妨げる動きに集中している。
「近接タイプが近づき、遠距離タイプが支援、無難だな。作戦を考えたのはヒナコか」
ナツキが攻撃を止めて話しかけてくる。実力差を感じさせる行為に、ヒナコの答えは荒っぽい。
「余裕ですね」
「余裕だからね」
「なら焦ってください。ツクヨちゃん!」
合図を送り一直線にナツキの元へ駆け出す。ヒナコに応じてツクヨが射撃を繰り出す。合わせて走るヒナコだが、光球が放つ光は敵意むき出しで彼女に襲いかかる。ツクヨの光線を散らし、光線の束がヒナコの正面から降り注ぐ。それまでの散弾ではない。束の密度が高く、それが一本の極太の光線みたくヒナコを仕留めんとした。それでもヒナコの脚は前へ駆ける。
ヒナコは刀の柄を握る両手のうち片方をつばを挟んで隣、サヤへ移す。さらに光に飛び込んだ。その際、アスピュレータなしでは自力で成せない速度で右回転を加えた。
『基本的に各アスピュレータの追加装備には全部に意味があるの』
マシロとの特訓で得た知識、教訓から彼女なりの答えを探した。
『他の型にはないサヤ、もちろん刀身も。通常の種類の刀より少し短いのも』
それを行動で示すため、彼女の意思を反映するため、太陽の周りに見える青よりさらに淡い銀面が光線を反射した。その輝きは外部からは確認できず、彼女の姿は無数の線に埋もれてしまう。
地面に撃ち落とされてしまっただろうか。否、ヒナコは無事だった。超直下型の光の嵐を抜け、サヤに当たり跳ね返った光線とともにナツキに飛びかかる。
考え得る限りもっとも近づける奇襲に打って出た。しかし接触する前に、従えた光線もろとも餌食となってしまった。ようやく詰めた距離がまた離れてしまう。
「宣言通りだな。今のは焦ったよ。その発想があったとはねぇ」
己のアスピュレータの特性を活かし、自らの思いを形にする戦法。ほぼ全身にまとう鋼の和装。気力をはじくサヤ。片手で扱いやすい刀。盾となる、そのために意味のある力。その答えが――。
「スーパーアーマーってやつか?」
ARKを用いることでアスピュレータの展開が可能。アスピュレータが展開されていることで武具の形成が可能。全くの生身で扱える気力を極めても、行き着くところ気功術が限界だ。
だがしかし逆を言えば、アスピュレータの展開さえできていればある程度の気力を扱えるのである。
すでに形成されている部分に影響を与えるには相応の念量が必要だ。ところがツクヨらが放っている光線みたく、固着や維持でなく、単にエネルギーを放出するだけであれば通常より踏ん張れば良い。
ツクヨが射撃板を多く浮遊させると消耗が激しいのは、物理的につながっていないものに遠隔操作をおこなっている点が原因である。ゼプト波エネルギーが吸収されづらいとは言え、母数が増えれば空間を移動する際の損失も多くなる。激しい動きの最中に本人との距離、位置関係が変化すればなおのこと。
ヒナコが実践した気力操作、それは被覆である。ナツキが攻撃前に光球を光らせるように、アスピュレータの外部に放出せずにエネルギーを保ち続けることはできる。それらをアスピュレータの一部として保持し、物理的に接触した状態ぎりぎりで装甲を覆うことで、エネルギーの層が生まれる。この層がアスピュレータを保護するのだ。
保護と言っても物理的接触に対しては意味をなさない。しかし、こと光線のようなエネルギー物質に関しては大いに干渉が叶う。同量のエネルギーがぶつかり消失することで、装甲に到達しての衝撃の発生を防ぐのだ。ナツキに近づくためには光線をかいくぐらなければならない。もとい、押し戻されなければ良いのである。
攻撃を受けて層の薄くなった箇所に連続して当たらないように回転をする。一部の攻撃は同様に層で覆った刀で切り伏せ、手数を減らす。さらにサヤはあえて露出し、いくらかを打ち返すことで衝突させる。攻撃の最後尾を殴れば、打ち消さず敵へ向けられる可能性もある。
光の豪雨を駆け、ナツキに触れる、ミッションを達成する目的で開発した、ヒナコの突破口だ。
「認識をあらためる。ヒナコ、正直ナメてたけど、頭じゃアタシよりいいね。思い切りの良さもある。勉強になったよ」
ナツキはヒナコの一手に対して実に感心する。同時にツクヨに向けていた関心と同様の目をヒナコへの視線に加えた。
「でも、粗い。数日で、と見れば驚くが、容量不足ってな。そんなとこまで仲の良いこと」
確かに光線の雨は抜けられた。だがアーマーの維持がそこまでで終わってしまい、応戦した光球に負かされた。気力を発すると消耗が増える点はもちろん、ナツキに触れようとする意識に集中を割くので、アーマーの厚みを確保し続けるのは、今の彼女では難しい。
「刀を抜き、光線の中を走り抜き、でもまだアタシは出し抜けない。惜しいねぇ」
「ええ、本当に残念です。ここで勝負決めたかったんですけど。さすがですね、ナツキさん。やっぱりすごいですよ」
ヒナコは完敗ですよと肩をすくめ、諦めた雰囲気で手を止める。
「とりあえずありがとう。ついでにもう一個すごいとこ教えてあげるよ。アタシ――」
ナツキが親指を背後に向けた。
「光球から見える範囲は分かるんだよね」
後ろから飛びかかろうとしていたツクヨの腹部に光球が突撃する。殴り飛ばされたツクヨは地面を転げ、痛む腹を抑えて丸くなる。
「ツクヨちゃん!」
「そっかそっかぁ。ツクヨがサポートじゃなくて、ヒナコが陽動かぁ。これまた惜しい。間一髪ってねぇ」
心浮き弾み、足は浮き踊る。その場から動かないと約束していたが、楽しげな彼女の様子は今にでもそれを破りそうだ。
「エぉっ、ヴ、うぐぃ……」
「わりぃわりぃ。加減ミスったわ。無事かぁ?」
ツクヨの装甲はヒナコと違い全身をまとうものではない。いくら保護膜があっても、気力のエネルギーを含んだ速球はただの暴力だ。
「んむぁー!」
ツクヨは横倒しのまま光線を放つ。しかしそれらは狙いが定まっておらず、ナツキが撃ち落とすまでもなく直線を描いて消えた。
「もう休憩はいいのかい?」
「げほっ、あんな特訓しといて良く言いますね! そこそこ慣れました、よっ!」
今度の光線はナツキに照準を合わせて飛ぶ。予測通り相殺されるが、そのスキにヒナコが背後に回る。ナツキは射撃でこれに応戦。しかしアーマーを被覆させて無効化。あと少しで触れられる、そこを光球に阻まれはじかれた。今が好機とツクヨも畳み掛けるが、光線の扱いで上回れはせず、本人ごとはねのけられてしまう。
「ここに来て動きが良くなってきたな。いいぞ。ほらがんばれ!」
「何も良くなーい!」
地面と恋人みたく抱き合ってを繰り返すツクヨ。彼女をかばうようにヒナコが駆け寄る。立ち上がらせようとしているが、そこへナツキが光線を放った。しかし、ヒナコの背中に当たったはずの光線は、彼女に損害を与えることなく消える。
「持続二秒、インターバル三秒ってとこか。いや、後先考えなければ三、二か。一応背後への警戒していると。ふーん」
ナツキがヒナコで遊んだりしている。そんな中、二人はある作戦を編み出していた。
「わたしが合わせるけど、ほとんどツクヨちゃん任せになっちゃう」
「もっと任せて! 絶対成功させる。だってヒナコちゃんの作戦だもん!」
立て直した二人は向かい合い、同じ相手を見据える。
「次は何をしてくるのやら」
ナツキが期待のまなざしで構える。彼女に答えるようにヒナコが走り出した。ヒナコは光線をかわしつつナツキの周りをたどって背後に着く。それを見計らってツクヨが射撃。二本の発射をずらして撃つ。合わせてヒナコも跳んだ。だが、ツクヨの放ったどちらもが、ナツキにかすらない程度の場所を狙う。そこにいたのは、跳ね上がったヒナコ。
――疲労で照準が揺れたか。いや、すでに光線を認識したはずだが、ヒナコにアーマーを発するそぶりがない。
避けるか、切り落とすか。解は――左手のサヤで打ち返した。一発目を反射させナツキの方へ。しかしこれも狙いは彼女ではなくその横、二発目の光線。ナツキの目前で光線が衝突し、そのエネルギーはより強い光となってナツキの視界を覆い尽くす。
発光と同時に着地したヒナコはアーマーを発動。すぐさまナツキへと走る。しかし、目くらましを意に介さず光球がヒナコに襲いかかった。対面から来る光球を、ヒナコはとっさに刀で受ける。サヤで刀背を押し、倒されまいと力を入れる。
「戦闘中は標準でまぶしいんだよ。小細工は通用しないからねぃ」
光球で視界を確保できる。加えてナツキ本人の実力を考えても、この奇襲が成功するとはヒナコも思っていない。予想より対処早かったが、まだ続行できる。
ヒナコは武器を手離し、両手で覆うように光球をつかんだ。光球の外面にアーマーと同じエネルギーの層を作り出す。
「ツクヨちゃん!」
「届けぇー!」
ツクヨが射撃と突進を同時に繰り出す。ナツキにめがけて一直線。ヒナコも武器の維持をやめて気力を集中させる。うずくまって絶対に動かないように抑えつける。
――なるほど。光球ひとつに絞れば、厚みも濃度も上げられる。効果時間も伸ばせるだろう。おまけに光球そのものにまとわせることで、射出する前のエネルギーも消滅できる。ほんの数秒固定するのに必死だな。
ヒナコが邪魔者を捕まえている間に、ツクヨがナツキに触れる。あと少しで達成する。だが、ナツキの余裕は寸分たりとも薄れてはいなかった。
――はじき飛ばしてケガされても面倒だな。ちょいとクレバーにいこうか。
ツクヨか、彼女が放った光線がナツキに触れる直前、別の角度から飛来した光がそれらを突き放す。ヒナコは懐疑的な、もとい動揺あれど確信をもって手中の光球を確認する。慌てて見つけた光球の、寸前との相違点。エネルギーの層に極端に薄くなっている箇所、小さめの穴があった。
ナツキは光球が物理的に覆われていない部分、つまりヒナコの手の隙間から光線を放ったのだ。光線一本分の穴を開け、そこからツクヨを射撃するための光線を放つ。方法は単純、層の開通と迎撃に十分な量の光線を放出できるだけの、エネルギーを集中させて照射する。ナツキにしてみれば、たやすいことだった。
「付け焼刃にしちゃあがんばったな。ツクヨも今のでこけなかったのは褒めとくよ」
目の合ったツクヨとナツキが互いをにらむ。ツクヨは攻め手を失いたじろぐが、ナツキは上出来だとでも言いたげだ。だがツクヨは構えを解かない。
ヒナコはうずくまったままでいる。持続可能な時間は過ぎ、今は単に光球を持っているだけの状態だ。それでも彼女は手を離そうとしない。
「嫌いじゃないけどさ、もう気力ないでしょ? ヒナコも、いつまでその格好でいるわけ? とっくにアーマー保ててな――」
『動くものばかりに気を取られない方がいいぞ』
この場にいないはずの男の声がナツキの脳内に響く。ナツキは聞こえたと感じた方へ振り向く。そこはツクヨが立っている場所。当然彼女の発言ではない。男の声は気のせいかと振り払う。
だが、あらためて見合ったツクヨの表情は無視できなかった。あまりにも自信に満ちあふれている。そのときツクヨがナツキのように笑った。同時に発覚する。よく見ればツクヨの元にある射撃板は……。
――五枚⁉ もうひとつは……ッ!
ナツキが恐怖にも近い感覚で振り向く。それはこちらへ飛ばしつけられた射撃板だった。ナツキは理解した。ヒナコがいまだにうずくまっているのは、光球の動きを封じるためではない。光球からの視界を遮るためだ。ツクヨがやたらと見つめて、構えてくるのも意識を向けさせるため。
あのときの男の言葉は、動いた敵に意識をそらして、目前の敵の行動に対処できなかったことを指している。それは逆もしかり、止まっている者に集中して、動いているものを逃してもいけない。一部に目を奪われて対局を見失うなと言うことだ。
――どっちも陽動かよ!
彼女たちが作り出した死角から射撃板が迫る。ナツキは意図せず回避を試みた。しかし自らが定めたルールを思い返し、下げてしまった脚を力強く地に押し付ける。ならば光線を、とヒナコの元から光球の離脱をはかる。しかしその反応を逃さずヒナコがエネルギーの層をまとわす。ナツキは躍起になって光球のエネルギーを暴発させた。
「いっ……!」
バヂッと放電めいた鋭い爆音が響く。貫くような熱気と感覚が麻痺するほどの痛みが走り、即座にヒナコが光球を手放す。ただし、限界まで注ぎ込んだ層は薄く残っており、光線の速射を妨害する。
撃つより速いと判断し、光球を直接射撃板に叩き付けた。飛来した射撃板をはねのける。しかし追撃が待っていた。ツクヨの元にあるもうひとつの射撃板が光線を放つ。ナツキはこれを光球にまとわりつく層を利用して消滅。続いて視界をふさぐように向かってくる射撃板を、光球で叩き落とした。
復活した視野に見えるのは駆け寄ってくるツクヨ。光球の視界にはヒナコが走ってきていることも把握できる。二人に対してナツキは光線を撃ち込んだ。光球の周りの層はとうにそがれ、放たれる勢いは数分前のものに戻っている。
ツクヨは残りの体力と瞬発力でなんとか回避し、ヒナコもかろうじてアーマーを発動する。いくつかはかすり、いくつかはその身に受け、風に吹かれる草木みたく今にも倒れてしまいそうだ。それでも脚は止めない。速度を落とさないようあとちょっとの距離を走る。
ナツキが遊べば勝負は着くだろう。光線でもいい。一人ずつ光球で叩くのも間に合う。なだめるようにつつけば終わりだ。そして、何もしなくても終わりだ。
――まぁ、いっか。
ナツキの体に重りがつく。力の抜けた二人の女の子は、受け止めた少女を押し倒せず、抱きつく形で支えられる。土の冷たさでも、光の熱さでもない。人の温かさが安堵と終幕を告げる。
「触っ、た?」
「触った。触れた、よね」
「じゃあ!」
見上げられたナツキはどことなく嬉しそうに見える。二人を見下ろし、宣言する。
「ミッション、クリアだよ」
ナツキは至近距離での歓喜の叫びを覚悟して耳をふさぐ。ところがツクヨからすら大音声はなく、二人は背中合わせで座り込んでしまった。
「やっ、たぁ……」
「やっとだよぉ……」
元気が代名詞の少女も、始めは強気だった少女も、挑戦に応え続けた少女も、今はただの女の子に戻る。疲れで緩んだ表情は次第に笑顔へと変わり、弛緩の許された彼女たちにぴったりの言葉がかけられた。
「お疲れ」
「えっへへっ。ありがとうございまぁす!」
油断して顔を近づけたことを悔いるナツキ。それ以外には誰にも後悔はなかった。




