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明殺者  作者: 卯の雛
S2. 芽吹く青、木洩れ陽の許
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S2-par.17 『芽吹きの軌跡』

 音無(おとなし)家、ツクヨの部屋。小さな机を囲んで教科書やノートが広げられている。


「ちゅ〜くぁ〜りぇ〜てぁ〜」

「まだ五分だよ」


 今日はツクヨとヒナコの二人で勉強会だ。


「なんで紙なの手がイタいー!」

「ズルする人がいるからだよ。それに前にもツクヨちゃんから同じこと聞いたよ」

「それは宿題の話でしょ〜。テスト勉強ならいいじゃん」

「前回そうやって休憩ばっかりしてたのはだぁれ? む、目をさらさない」


 ツクヨ専任の家庭教師のしごきにだらけ、お餅みたく机に伏せるツクヨ。ヒナコはツクヨのほっぺたをつつく。


「ナツキさんにも言われたでしょ。やればできるんだから」

「うぇううぇうわぁ〜」

「テストが終わったら試験勉強だよぉ〜」

「やんめぇえ〜」


 完全に力が抜けてしまい何を言っているのか分からない。ヒナコも仕方なく手を止めることにした。


「ちょっと休憩しよっか」

「いひひ、すき〜」

「はいはい」


 休むとなれば完全に休む。勉強のことは考えない、それがツクヨ流。そうすると別のことが思い浮かぶが、今回は世話になったあの人のことだった。


「それにしてもシショー、びっくりしたよねぇ」

「うん? あぁうん、本当に。全然知らなかったよね」


 思い返すのはナツキの最後のミッションを達成したときのこと――。




 疲弊しきった体を休めて、なんとか歩けるようなったツクヨとヒナコは、小屋まで移動して本格的な休息をしていた。二人は小屋の中で座り息つく。一緒に入ってきたナツキは、二人の前にホワイトボードを持ってきてペンをとった。


「いろいろ言いたいことはあるが、今は違うよな。ってなわけで、まずはこれよ!」


 書き込まれた一文字の漢字、『祝』を丸で囲む。


「おめでとさん」


 珍しくあおりではなく真に祝っているのだと感じられる。二人にもそれが本心だと伝わった。


「シショぉ〜!」

「それ使うところ初めて見ました」


 三人とも、なんだか楽しそうだ。


「どっちも陽動で、どっちも本命。やられたよ」

「そうですカンペキなのです!」


 ツクヨは特に楽しそうだ。


「でもぉ、射撃板が防がれてからはヤケでしたけどねぇ」

「もうヒナコちゃん! 結果良かったんだからいいじゃん」

「思ってたより長ーく待った気がするけどなぁ」

「いやそれはそのぉ、ちょおっと勢い余っちゃってぇ、ねっ? 遠くまで行っちゃって、で! 離れちゃったから全然操作できなくって、ね?」


 本人は仕方がないことだと言いたいらしいが、ツクヨの説明している話は自身の失態の羅列であり、ただの自白になっている。ヒナコも、じゃあしょうがないかー、とはならず、半ば呆れては、いやはやと言いたげな様子だ。

 問答和やかに言葉を投げ合う二人を横に、ナツキは『に』の口で愉快な呼気を漏らしていた。


「ま、アタシが本気なら二人が動く前に終わるけどねぃ」

「ちょっ、当たり前でしょー!」


 ナツキは笑って軽く謝る。いつもそうだ。だが、このときは違った。


「それじゃダメだろ」


 強い口調、怒っているようにも感じる。続ける瞳がいつになく本気だ。


「アタシが敵になったらどうするつもりだ」

「どぅ、どうしたんですか急に。何を言ってぇ……」


 ツクヨはおののき、ヒナコはにらみ返す。言葉に偽りがなく思える。表情が事件の日と同じ、よく知る興じるものとは異なっているから。ナツキは退き気味の二人に目を細め、若干非情なため息を吐く。


「ツクヨはフォースの印象が強いみたいだけど、プレイヤーとしてなら試合で当たることもあるだろ。初めから負ける気で相手をされる身にもなれ」

「あ、あぁ、そっか」

「それにフォースだとしてもだ。アタシ以上のOACE(オーク)が現れたら、オマエは諦めるのか?」


 姉のように守ってあげられるようになりたい。大丈夫だと言ってあげられるようになりたい。だから、強くなりたい。答えは決まっている。


「それは、嫌だ!」


 ナツキに教えを願ったときから、彼女の強さを望んだときから、ツクヨの目標が小さいと言える者はいない。ヒナコも首を縦に振って同意する。ナツキは満足げに微笑んだ。


「じゃあ、超えてみな。強くなれ。アタシはいつでも受けて立つ」

「はいっ!」


 ツクヨの目標が更新された。追いつき、そして追い越すと。

 ツクヨが心持ちあらためたことを察して、ヒナコもより高みを思い浮かべる。そんな二人にナツキは最後の締めくくりの言葉をかける。


「よし! そんじゃあ、アタシが付き合うのはここまでだ。残りは自分たちで仕上げること。以上! ご苦労さん」

「ありがとうございました!」


 模忍(もにん)高校で待っているナツキとマシロに会うために、ツクヨはその思いで言葉をつなぐ。ヒナコも友とその場所を目指すために重ねた努力を、自信に変えて礼の言葉に乗せる。

 特訓が終わったことへの安心感で、ヒナコは気を落ち着かせる。だが、冷静になったことである問題に気づいた。


「ああ!」

「ど、どうしたのヒナコちゃん?」

「わたしたち、まだ推薦もらってないよ!」


 認定士から推薦をもらうことが模忍(もにん)高校への受験資格のひとつだ。しかしその条件を満たした経緯など、彼女たちの記憶にない。寝坊したほどに慌てふためくヒナコ。ツクヨもハッとするが、彼女たちに気が抜けた様子でナツキが話しかける。


「もしかして言ってなかった?」

「何がですかぁ!」

「アタシ認定士だよ」


 今度はヒナコが気抜けしてしまった。


「えぇ⁉」

「おお、こんなヒナコ初めて見たな」


 開いた口が塞がらないを体現するヒナコ。彼女を眺めて愉快に笑むナツキにツクヨがたずねる。


「シショー認定士だったんですか?」

「信じてねぇの? 確かにランクは低いが。でも資格自体は持ってんよ」

「ほへぇ。じゃあ免除とかあるんですか?」

「楽しようとしてんじゃねぇよ。つーか前のやらかしで一番下まで下がったんだっけか。推薦はできても免除はムリかもな」


 ツクヨは少々残念そうだ。反対に状況を飲み込めたヒナコは有頂天にはしゃぐ。


「全国大会にも出場したし、アスピュレータに適性があって、推薦ももらえる。あとは!」


 ヒナコの高揚が伝播し、ツクヨが言いつなげた。


「特訓して! もっと強く――」

「バーカ」


 盛り上がっているところにナツキが水を差した。ツクヨがむっとして反発する。


「バカってなんですかぁ!」

「バカだからバカって言ったんだよ」

「だからなんでバカって――」

「バカじゃなきゃアホだ。足りないもんが他にあるだろう」


 全くピンと来ていないツクヨより、ヒナコが理解してナツキと一緒に呆れる。ナツキは言い逃れのできない回答を教えてやった。


「一学期の期末テスト」

「ヴっ!」

「学力も必要なの忘れたのか?」


 暫定の成績は二学期の分も含まれる。それまでが悪いなら、最後のテストでどうにかしなければならない。

 ツクヨは花瓶を割った子どもみたいに懸命な言い訳探しを始める。別に怒る気もなく、その理由もないナツキはとっとと指摘に入る。


「免除を期待した理由がそこなら、さすがに引くぞ。いくら素行の悪さに定評のあるアタシでもやることはやるよ」

「実は二学期の中間テストもあまり」


 密告どころか、目の前で堂々と告げ口され、ツクヨでも笑ってはいられない。


「待って待ってヒナコちゃんストップ!」

「それはオマエだよ。まずは落ち着け」


 ヒナコの慣れている雰囲気と、ツクヨの焦りっぷりで、ナツキは今までとは別の面白みを感じていた。ナツキに諭され動揺は隠せずとも、とりあえずツクヨは聞く態勢になる。


「ツクヨの言ってることも正しい。本番でうまくいくためにも特訓は続けるべきだ。でもだよ。せっかくの努力が水の泡になったら悲しいってか、悔しいってか、嫌だろ? 普通」

「それはそうですけど」

「本当に強いやつは力任せじゃない。頭を使う。何よりアサシンアクターがバカとかかっこ悪いだろ。フォースなら特に、助けてくれた人がアホとかなんか違うっつーか」


 テストの結果を述べられて恥に思う感覚はある。隠そうとするのは、それではダメだと自覚しているからだ。ナツキ視点でも、指導に時間を割いた者が学力不足で落ちました、では気分が悪い。

 ナツキはヒナコと目配せして、ここは自分に任せろと合図する。珍しく拒否反応を示すツクヨに、師匠として言葉を送った。


「ツクヨの憧れはなんだ」


 ツクヨは今までの記憶にいるマシロの姿を思い浮かべる。そしてナツキの顔を見て、覚える。


「なりたいんだろ?」


 当然、彼女の心は決まっている。


「もちろん。それが夢ですから」


 来年高校生になる少女、音無(おとなし)月夜(つくよ)。彼女の憧れは優しい姉。それともう一人、とても強い師匠。ツクヨの夢は変わらない。彼女たちのような、暗殺者だ。




 ――長いようで短かった半年を振り返る。


「いろいろあったね」

「ヒナコちゃんってばおばあちゃんみたい」

「ツクヨちゃんは子どもみたい」

「なぁにをぉ〜?」


 回り込んでじゃれつくツクヨにヒナコが押さえつけられる。楽しいけど疲れるちゃうなと思うヒナコ。ツクヨはもう勉強会を忘れた様子だ。

 少し騒がしくしているとツクヨの部屋のドアか開いた。


「『ちょっとうるさい』って」


 親に頼まれたのだろう。マシロがジュースとお菓子を持ってきた。吊るし持ちができるお盆を片手に、開いている手の人差し指を口に当てている。

 連休だったり親に相談があったりが重なって家に戻ってきていた彼女も、次の年に向けて準備をする時期だ。


「お姉ちゃん!」

「ありがとうマシロねえ」


 机の上を空けて置き場所をつくる。差し入れを渡すと、マシロはそのまま座って二人に話しかけた。


「調子はどう?」


 さっきまで騒いでいたので分かりきっているが、居座る口実にはもってこいの質問。そうでなくとも二人は歓迎するだろうが、話し始めやすいのも確かか。


「まぁ、まぁ見てのとおりで」

「だいっじょーぶ! カンペキっ!」


 後の祭り極まりだが、ツクヨは元気だけはいっぱいに答える。本気でごまかせると思ってるところがすごいなぁ、と思うヒナコ。マシロも気を軽くして笑みを洩らす。


「良かった。楽しくがんばれるうちは心配いらないわね」

「う? うん!」


 まずは返事、考えるより先に気持ちで答える。マシロも喜んでいるから多分問題ないと思うツクヨ。ヒナコは苦めに、マシロは甘やかして、二人で見合ってツクヨのことで微笑む。

 まっすぐだから心配。でも、まっすぐだから安心。マシロはツクヨの頭に手を置く。なでながらヒナコを手招き、一緒にポンポンする。彼女の手が止まり、見上げる二人にマシロがひと言語りかけた。


「待ってる」


 誰のどんな応援よりも力強い言葉。受け取った二人は笑顔で目を合わせて、もっと輝く瞳でマシロに応えた。


「うん!」


 声も足並みもそろったツクヨとヒナコ。まだ青い若き芽が求める咲き場所は、姉と師が待つ学び舎――模忍(もにん)高校、暗役(あんやく)科。そこへはきっと、あと一歩。

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